第3話 いかれたファイトクラブ
当然、就業中も九十九は休み時間の度に、社長派・元会長派の子息のご機嫌取りから解放されない。
さらには放課後からは別の勢力との付き合いを、九十九は強いられている。
授業終了の鐘が鳴ると同時に、髪の毛を細かく後方に向け編みこんだ、中肉中背の男が机の前に立つ。
「今日はマジで逃がさんぞ。おめえはなんとも逃げ足が速いから油断ならんからな」
「誤解だよ、中山さん。昨日は雲雀丘さんとの要件で時間がかかっただけさ」
そう目の前の中山に云った九十九は、思わず椅子を後ろに下げた。
その椅子をガチリと握りしめる男がいた。
「今日はスパーリングをやんぞ? ガチでな」
九十九の椅子を掴んだのは2メートルを超す男だった。顔は洋風だがいかつく、精悍な少年だった。
「やあ蓮見さん。わ、わかりました。スパーリングをしましょう。部室の掃除を済ませた後で!」
長身の蓮見にそう言った九十九の肩を、また別の男性が掴む。
「よう、三田ちゃんよぉ! 昨日はまんまと逃げられたけどぉ、今日はそうはいかんぜぇ?」
そう言ったのは髪をオールバックにしたワイルドな風貌の男であった。
「もちろんだよ、巣文字さん! 全員とスパーリングをするつもりさ!」
中山・蓮見・巣文字の三人に囲まれると、九十九は改めて異質な人物達だと感じた。少なくとも田舎の私立にはいない人種であった。3人とも体から発するオーラが常人とは違う。
中山と蓮見は巣文字の父が見出し、息子の側近に当てがった経歴がある。巣文字自身も幼い時から格闘技などの鍛錬を叩き込まれており、大型肉食獣のようなたたずまいがあった。
実際、3人とも凶暴な側面を持っており、九十九は常に虎の尾を踏むようなことはすまいと決めていた。
当然のように九十九の3人に対するあだ名は悪いものになる。中山につけたのは「ラートル」だった。ラートルは中型犬サイズのアフリカに棲むイタチの仲間だが、ライオンさえ恐れない凶暴でタフな動物である。
蓮見に付けたあだ名は「トロール」だ。凶悪で怪力で大喰らいでデカい――北欧のモンスターを彷彿とさせる蓮見は「トロール」そのものだった。
巣文字には強い敵意しかなかったので単純に「ヴィラン」と呼んでいた。
巣文字は愛想のいい九十九に向け、長い犬歯を見せてワイルドにほほ笑む。
「ほほぅ! 抜かすじゃねえか! 言葉通り部員10人とスパーリングをしてもらうぜぇ~?」
中山・蓮見・巣文字は同じクラスであり、同じボクシング部に所属する同級生である。
もちろん九十九は進んでボクシング部に入ったわけではなく、巣文字に強引に強要されてのことであった。
巣文字はこの学院一の不良であり、好き放題しているが教師たちでさえ手が出せずにいた。
それは巣文字の父が、日本でも指折りのビジネスコンサルタントであるからだ。九十九の母に言わせれば巣文字の父である巣文字相模は、昔で言うところの総会屋であるということだった。
「巣文字は狡猾なダニよ! 息子もきっとそう! 油断したら利用された上にすべてを失うよ!」
九十九は今は母の言うことをしっかり理解できていた。
会社の弱みを握り多方面から揺さぶりをかける、情報を使うヤクザだと九十九は理解している。
そんな巣文字相模が息子・侑真を益唐学院に通わせるのは三田ロボ電機の混乱につけ込むためであった。
現在、三田ロボ電機は巣文字のようなアウトローからも狙われているのだ。
そんな事情を知る者は巣文字侑真の粗暴な立ち振る舞いを諫めることができない。
もちろん社長派の雲雀丘、元会長派の赤羽も巣文字をスルーしていた。それどころか九十九のボクシング部での活動時間がさけるように譲歩するのだ。
おいおい、そこは俺の所有権を主張しろよ!
と九十九は思うがクラス内の不文律はすでに画一されていた。
巣文字も実力者の子息には露骨なちょっかいを出さない分別はあるのだ。
だが巣文字は九十九には容赦のない干渉を行う。社長派と元会長派とつながりを持つ九十九は巣文字の格好の標的であった。
そんなわけで、巣文字がこの学院で派閥を拡大させるために作ったボクシング部に強制的に入れられたのだ。
しかも61キロ・ライトウェルターの九十九はボクシング部の中で一番体重が軽い。にもかかわらず、ライトヘビー級の巣文字やスーパーヘビー級の蓮見まで相手をさせられていたのだ。
三日に一度は言い訳を見つけ、逃げ出していた九十九だったが、今日はそうはいかなかった。
「ぐはっ!!」
巣文字にレバーブロウを打ち込まれ、九十九がリング・キャンバスの上でのたうち回る。
「さすがです、巣文字さん! なんとも見事なボディフックでしたね!」
放課後開始17分で、九十九と巣文字のスパーリングがボクシング部の部室で開始されていた。試合に使える本格的なリングの上で、九十九はダウンしていた。
九十九を見下ろす巣文字は不機嫌な顔でマウスピースを外す。
「ぶっ倒すのに7分も掛かっちまったぜぇ……。こいつ、どんどんしぶとくなっていきやがるぜぇ」
「確かに……なんとか俺もダウンを奪いましたが、ほとんどスリップダウンでしたし」
中山が巣文字に同意してそういった。巣文字の前に九十九とスパーリングをした中山も、九十九がボクシングに適用していっているのを覚えた。
強くなっているというわけではないが、相手のパンチを捌き、無効化するスキルを急速に高めているように巣文字達は肌で感じ取った。
「まあ、いい汗かいたぜぇ! よし、今日はここまでにするかぁ」
巣文字がリングから降りてそう言ったが、不満な者が一人いた。トロール蓮見である。
「俺はまだ九十九とやってねえ! 仲間外れはガチで勘弁だぞ!!」
リングに上がろうとする蓮見を見ても九十九は慌てない。
最近は巣文字は九十九と蓮見のスパーリングを禁じていたのだ。それは蓮見の身体的成長が著しいからである。
おまけに抜群に運動神経がいい巣文字・中山よりも、蓮見は頭二つほど抜けて秀でている。
「お、落ち着け、ハスぅ。おまえ、体重が昨日100キロ超えたって言っただろう。さすがに40キロ差はやべぇ。本当に三田が死んじまうぜぇ!」
「チェッ、ガチでわかったよ! じゃあ1分だけでいいよ」
「えっ! 嘘でしょう?」
横になっている九十九に蓮見は襲い掛かる。
これに慌てた中山が蓮見に飛び掛かる。
「なんとも聞き分けがねえ男だ! マジで殺す気か!」
が、千葉最強のヤンキーだったと噂される中山は蓮見にあっさり振り払われる。馬力の差が圧倒的だった。
「こ、殺される~!」
息も整わない九十九だったが、飛び起きて、すぐさま後ろに飛びのいた。そして蓮見に備えてクロスアームブロックのディフェンスを取る。
クロスアームブロック――別名・十字ブロックは顎の前あたりで腕を交差させてガードをする防御テクニックである。
このクロスアームブロックに関しては、九十九はこの部で追随を許さないほどの応用技術を持っていた。
これだけで九十九はこの陰湿な部活動を生き抜いてきたといっても過言ではない。
巣文字達は九十九のクロスアームブロックを見て、何とか死亡事故だけは発生しないだろうと予想した。
直後、恐ろしい音がリングに響く。
ボキッ!!
生木が砕けるような音がしたのは九十九の腕であった。
「うぎゃぁああぁ~!!」
九十九は蓮見の一撃を受けた直後に激痛でまたもリングをのたうち回った。
蓮見のジャブが九十九のクロスアームブロックを一撃で文字通りに粉砕したのだ。
「ん? えっ? もう終わり? ……ガチで?」
蓮見は九十九の尋常ではない痛がり方でハッと我に返ってそういった。
九十九の左腕の橈骨・尺骨がポッキリと折れてしまったのだった。
「〈
九十九はベッド上で一人叫んだ。
現在平日の午前10時――左腕にギプスをした九十九はパソコンを駆使していた。
九十九は益唐学院の校医に一週間自宅で安静にするように言われていたのだ。
九十九のボクシング部での骨折はそれなりに重症だった。骨折に加え、上半身に無数の痣があることが発覚し、一週間安静が確定したのだ。
またボクシング部でのいじめを疑われたが、そこは九十九はキッパリと否定しておいた。
巣文字の暴虐無道の振る舞いを是正することは九十九の狙いにはない。巣文字にある程度媚を売ることは、赤羽ら元会長派や雲雀丘ら社長派へのけん制になるからだ。
現に雲雀丘と赤羽は骨がくっつくまで、安静にしてくれと九十九に告げている。
九十九はこの休養に狂喜していた。
今回の休養がやろうと思っていたゲームのイベント開始にピッタリとあっていたからである。
骨折は九十九のゲームをするのにあまりにも好都合であったのだ。
左手はギプスでガチガチだったが、元々PCゲームはキーボードとマウス派だったので特に影響はない。〈
「さてと――装備もそろったし、〈
VRCゴーグルをオンにして九十九はオンラインの宇宙空間に、意識と精神を没入させた。
敬愛する兄の友達から教えられたゲームを、わずかな睡眠時間を削って没頭していたのだ。
それは九十九が雲雀丘らに教えた〈ライト&ライオット〉ではない。〈テラープラネット〉とという、非合法に作られたゲームである。
もちろん休養時間の9割もゲームに費やす予定だ。
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