第2話 恋愛ゴシップ中毒レディース

 始業が9時から――九十九は1時間自由になるかと言えば、まったくそうではない。

 社長派の接待が終わると、三田ロボ電機元会長派の子息の世話が待っているのだ。

 元会長派は負けた派閥であるが、全員が苦境に立っているのかと言えばそうではない。

 会長派であったとしても、ここ治路宇町の名士の一族の者となると、雲雀丘社長もむげにはできないからだ。

 三田ロボ電機周辺の土地を所有する会長派は、今もなお、強い権力を有している。

 現に益唐学院側も、ある種の特権を与えていた。

 食堂の横に会長派専用のカフェテリアを作り、自由に使う許可を出しているのだ。

 BB会議が終わると、九十九は急ぎカフェテリア「ゲルボワ」に移動する

 「ゲルボワ」に来ると、九十九は今日発売の新聞とファッション誌を手にし、一定間隔で配置する。

 その脇に、まるで無料の試供品のようにハンドクリームやリップクリーム、スキンミルクも配置する。


「おはようございます。赤羽さん」


「おはようございます、三田さん。ご健勝のようでなによりでございます」


 8時5分にいつものように姿を現したのは赤毛の少女赤羽みちるである。

 赤羽が席に着くと同時に、すぐ横のテーブルにレモンティーのホットと爪とぎヤスリを置く。

 次に姿を現したのは、胸の豊かな長髪の少女・小杉菜奈緒だった。


「おはようございます、小杉さん」


「みちる、おは! ちょと聞いて。今朝、いきなし箪笥で足の小指ぶつけちゃってさ~」


 小杉はいつものように九十九を無視して赤羽に語り掛ける。

 小杉は九十九に好物のカモミールティーとおからクッキーなどで接待されても、徹底的に九十九を無視していく。


 さらに3分経過したところで、銀髪の小柄な少女が入ってくる。


「これ以上、暑くなったら登校は無理――そしたら代返よろしく……」


「吉祥寺さん、おはようございます。今日はホットチョコにしました!」


 銀髪の少女・吉祥寺ミラナに九十九は黒い液で満ちたカップを渡す。

 赤羽・小杉・吉祥寺の三人が談笑して8分したところで九十九はテンションが高い声を出す。


「ご歓談のところ、すいませ~ん! 今日も私のレポートを勝手に発表しちゃってよろしいですか? はい、よろしいですね!」


 九十九が口角を限界まで吊り上げにやつくと、赤羽・小杉・吉祥寺は呆れたように嘆息をつき、嘲笑する。

 九十九はニタニタと笑いながら、タブレットPCでこの学校の生徒の写真を表示しながら語り出す。


「まずは昨日大きく動きがあったのは2年C組の向田さん! 1年A組の桜井八重子さんに交際を断られたのが確定しました。3日前から一切行動を共にしておりません。暫定情報ですが、桜井さんが勉学に専念するためという噂をキャッチしています。こちらが昨日の向田さんの表情です」


 そういい九十九はタブレットPCに、虚ろな表情の向田を表示する。

 それを見て赤羽みちるは鼻で笑う。


「相変わらず三田くんは地獄耳でございますね。しかしそんなことをよくもいちいち気に留めておりますね?」


 九十九は赤羽に会釈し、ある男女の生徒の画像を続けて表示する。


「続けてSNSの裏垢からの情報です。1年B組の佐々木雄二さんと三枝唐華さんが次の日曜日、豊橋でデートするのがほぼ確定です。私がチェックしたところ、昨日も校舎裏で2人で会っていました」


 小杉は九十九を視界に入れず、そっぽを向きながらつぶやく。


「完全にストーカーじゃないの……。ちょっとこんなのが一緒の学校に通っているとか最悪なんだけど」


 九十九は笑みを絶やさずに、今度は巻き毛の少年を表示する。


「最後に、我が弟の一二三の情報です。明日、麻生美恵子さんと一緒に小峠沙苗さんの家で勉強会を開く予定です。後日、その模様も詳しく皆さんにご報告しま~す!」


 その報告に赤羽・小杉・吉祥寺は目を見開く。中でも吉祥寺ミラナが顔を上気させ、身を乗り出す。


「ええ? 一二三くんを中心とした三角関係の面々が一緒に勉強? これは波乱の予感……」


 九十九は大きく頷くと報告を続ける。


「それでわたくしごとですが、来月仙川玲菜さんの誕生日なので、何をプレゼントすべきか探るべくアプローチを続けております!」


 その言葉に赤羽・小杉・吉祥寺らはそれぞれ口元に笑みを浮かべる。

 そこから女子三人は九十九が披露した情報をもとに妄想を披露、意見交換を開始する。


「向田さんは残念でございますね。桜井さんは向田さんの将来性を考慮したのでございましょうか?」


「そういう可能性ちょとあるね~。それよか何気に三枝唐華さんみたいな美人がデートする、佐々木さんて気になるかな」


「自分的には一二三くんが激熱。幼馴染と相棒、どっちを選ぶか超気になる!」



 この間も九十九は噂話が楽しくてしょうがない体を崩さない。

 だが内心は氷山のように凍てついていた。

 全ては校内ゴシップが大好きな赤羽達を歓待するための演技である。

 学校内の恋愛話も金を出してかき集めたものである。

 金欠の者に声を掛け、確かな情報につき1ネタ500円で買い上げているのだ。

 だが、実の弟である一二三に関する恋愛ネタは身を削ってのものであった。

 美少年で知られる一二三に赤羽達が関心があると知り、弟の赤裸々なプライベートを切り売りすることにしたのだ。

 現に赤羽たちはオンライン体感ゲーム「ライト&ライオット」で一二三とパーティを組むほど執着を見せていた。

 九十九が赤羽達と弟の間を取り持ったわけではない。弟が率先して赤羽たちとの交流を行い、それを兄に知らせていたのだ。

 これは九十九は常に精神的な苦痛を覚えた。

 一二三はとても恋愛には向かない繊細な性格だったのだ。人の感情を操ったり、駆け引きができるような気質ではない。

 それでも母・一族に貢献したいということから率先して動いているのだ。これ以上、元会長派が分裂し、弱体化する事態を招いてはならないと理解の上だった。

 とはいえ同級生の女子は甘いマスクで翻弄しているわけではなく、事情を話し、協力してくれる女子と恋愛の真似事をしているだけである。

 それでも一二三と女子の疑似交際していることは、一部の女子を強く刺激し、一二三にアプローチする女性の数が増す事態を招いていた。

 ただ九十九も自らの身を切っていないわけではない。


「三田さんはそろそろ仙川玲菜さんときちんとデートをなさるのはいかがでございます? そう、東京までお出かけし、デートすることをお勧めするでございます」


 赤羽は九十九にそう提言する。

 二か月前、九十九は赤羽たちの勧めで、クラスメイトの仙川玲菜と交際することになった。赤羽たちの信頼する占星術師がそう告げたからという理由で。

 当然、九十九は拒絶したが赤羽たちは引かなかった。仕方がなく、九十九は仙川に相談した。すると仙川は付き合っている体にしてくれると言い出してくれた。完全に同情してくれた仙川の協力によってまとめあげた仮初めの恋愛関係である。

 赤羽たちは九十九と仙川の仲を深めることに関心を切らさない。

 九十九はニッコリと微笑む。


「承知しました。仙川さんと東京デート、必ず実現するつもりです」

  

 今日にでも仙川との打ち合わせが必要だと九十九は考える。

 精神的に九十九は雲雀丘たちより、赤羽たちの相手をする方がしんどかった。

 恋愛に関心があるフリをすることも苦痛だが、弟や仙川玲菜を巻き込んでいることが心底嫌である。

 赤羽たちは嫌がるそぶりをしながら恋愛ゴシップの要求をエスカレートし続ける。赤羽は九十九と幼稚園と小学校は同じで幼馴染であるのだが、一切の妥協を示さない。

 九十九はただただ赤羽たちと交流する時間が減る様に、祈り続けた。

 赤羽・小杉・吉祥寺は3人とも益唐学院内でトップ10に入る美貌を持っていることも増長する一因となっていると九十九は思っている。

 お嬢さまを気取りながら恋愛ゴシップにどん欲な赤羽に、「お局様」というあだ名をつけていた。

 恋愛に興味のない振りをしながら執着を見せる小杉には〝腹が黒い〟という意味を込めて「レッサーパンダ」と呼んだ。糞ガキな吉祥寺にはそのままに「インプ(悪小鬼)」というあだ名を付けていた。

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