悪魔にクラスごと異世界へ叩き込まれたけど俺だけSF系最強装備な件

逢須英治

エピソード0「日本一ついていない高校生」

第1話 セレブ気取りのボンボン達

※エピソード0は冒険が始まる前の話なのでエピソード1から読んでも構いません。



 20x4年――ある学校のクラスがゲームの世界に飛ばされる、数日前の出来事。




 三田九十九は午前4時にアラームで目を覚ます。

 3時間睡眠、これで連続197日更新となる。

 47秒まどろんだ後に起き上がる。


「チッ、今日もイキリお坊ちゃま達のままごとからスタートか……日本一ついていない高校生は確定・継続か」


 一言毒づいた九十九は静かに台所に向かう。

 湯沸かしポットで2リットルのお湯を作り、6つの蓋つき保温タンブラーも用意する。

 並行してスマホを覗く。何か自分に向けてクレーム&リクエストがないかチェックする。

 2分で学校の制服に着替え、すぐに台所に降りて、コーヒーと茹で卵を作りながら、シリアルを牛乳で流し込む。


 そしてほぼ冷凍食品だけで構成されたお弁当を4つ作り、一つをのぞいて冷蔵庫に入れる。母、姉、弟、自分の分の弁当である。一つの弁当は110円以内に抑えられた質素な内容だ。

 パソコンでニュースサイトをチェックし、5分で目ぼしいものをかき集め、自分のスマホと情報を共有する。

 続いてメールをチェック。12人から来た21通のメールを、急いで目を通しながら玄関を静かに出る。

 音をたてないように外に出て、迎えを待ちながら複数の情報の精査に時間を費やす。


「遅いな……寝坊か?」


 九十九が不安に思い顔を上げると、いつものエンジン音が聞こえてくる。


「わりぃな、坊ちゃん。ちいと遅れちまって!」


 九十九の前で止まったワゴン型タクシーの運転手が顔を出してそういった。

 それを九十九はため息まじりに返す。


「一乗寺さん、私の前ではいいですけど、他の人の前ではその言葉使いはやめてくださいね」


「わかっているよ。貴族気取りのガキの自尊心を満たせばいいんだろう? はん、こんな田舎で貴族ごっことは毎度呆れるけどな」


 九十九はまたもため息をつく。タクシー運転手の一乗寺のあけすけな態度は何度言っても改まらなかった。

 ただ一乗寺の言うことは常に正確だった。

 東京から西へ、新幹線こだまで1時間――さらにそこからローカル鉄道で20分にあるここは、小さな田舎町でしかない。しかも今から一乗寺にタクシーでピックアップしてもらう学生は、無駄にプライドの高い連中ばかりである。

 だがそれでも一乗寺には態度を改めて欲しい。


「一乗寺さん、重ねて言いますがピックアップの際には言葉使いを丁寧にお願いします」


「もちろんだよ、三田の坊ちゃん。俺は今はしがないタクシー運転手だが、この町を作ったあんたのじいさんに尽くす気持ちはあるぜ。坊ちゃんの不利になるようなことはしねえよ!」


「……ありがとうございます。しかし同情は結構です。今は日本一ツイていない高校生ですが、それも18歳までですから」


「そうだったな。それまでは味方でいてやるよ。まあ金はもらうけどな」


 九十九は一乗寺の言葉に目を大きく見開く。

 自分がこの半年間、身を粉にして成し遂げようとしていることを思い出したのだ。

 九十九は自分の祖父がこの町・治路宇で作り上げた会社を、自分の一族と切り離さないために頑張ると決意していた。

 祖父・拓美が作り出した産業用ロボットメーカー「三田ロボ電機」は、今重大な局面にいた。

 拓美の死後、三田ロボ電機はライバル企業の乗っ取りにあい、現在は大きく会社の形態を変えつつあったのだ。

 拓美の娘・九十九の母である美樹が三田ロボ電機に副社長として留まっているが、追放の憂き目に何度もあっているのだ。会社の特許や権利を巡って、18の裁判を起こしており、その裁判費用で三田家の財産は現在8割消失していた。

 三田の一族と三田ロボ電機に恩義を感じている者はここ治路宇町には、一乗寺を始め、数多くいる。

 しかし乗っ取りを受け、三田一族が急速に影響力を落としていることも事実である。

 九十九はそんな現状を変えるため、母である美樹をバックアップする目的で学生でありながら奔走しているのだ。


 爺さんの会社も大事だし、母さんも好きだ。まあそれでも学生の自分じゃゴマすりと接待が関の山だよな……。 


 九十九はふと涙ぐましい努力を重ねていると自覚する。

 「忠誠を示すならば手心を加えなくはない」――そんな不確かな誘いに応じたことで始まった地獄だった。

 強い徒労感を覚えながら、ため息をつき、タクシーに乗り込んだ。

 厳しい一日を乗り越えようと気合を入れる。



 まず一番最初にタクシーでピックアップするのは藤沢虎光だ。

 現在、三田ロボ電機で常務を務める藤沢虎太郎の息子である。

 九十九は陰で人にあだ名を付けていたが、藤沢につけていたのは「アナル」だった。別に肛門に由来するものではなく、英語のスラングで「細かい奴」を「アナル」と呼うというのでピッタリだと思ったのだ。

 藤沢虎光が家の前ですでに立っており、その前にタクシーを止める。

 藤沢は大振りで太い眉以外は日本男子然とした美男子であったが、九十九と会うなり貌を歪める。


「41点――2分の遅れに、未だに車内の空調を動かしていないのが減点の理由だ。当方は気温は27度を好むと言っただろう」


 パシンッ!!


 直後、藤沢は九十九の頬を平手打ちしていた。

 閃光のような暴力だったが九十九は動揺せず、平静に口を開く。


「大変申し訳ございません」


「もてなすと決めたのなら徹頭徹尾尽くすべきだと思わんか?」


「重く受け止めます。申し訳ないですが、こちらが本日の資料です」


 九十九は藤沢にコピー紙をホッチキスで止めた5ページの資料を渡した後に、藤沢のシートベルトを締めて、発信の合図を一乗寺に出す。

 資料を読む藤沢が無言で手を前に突き出すと、九十九から蓋つきタンブラーを受け取り、口に運ぶ。中身はほうじ茶ラテである。

 資料から目を離さず、藤沢はほうじ茶ラテを休まず舐める。


「香ばしい良いほうじ茶が使っているな。ほうじ茶ラテは76点を挙げられる」


「ありがとうございます。静岡県で一番評判のいい店から取り寄せました」


 藤沢に九十九は満面の笑みで言った。藤沢はチラりとそんな九十九を一瞥する。


「どうやら、精いっぱい我々に本気で尽くすようだな。結果をあてにせずに――心意気だけは81点をやろう」

 

 九十九は頭を下げるが何も言わない。

 藤沢が今言ったことは社長派の本音なのであろう。九十九のしていることを露骨なゴマすりと受け止めながらもそれを利用しようという意思表示だと理解した。

 九十九は藤沢が自分が好んで、望んで藤沢達に忠誠を示していると勘違いをしていることを再認識した。

 8分後、ワゴン型タクシーはある新築の一軒家の前に止まる。

 止まって間もなく、緑に髪を染めた少年が現れる。


「どもども、ハバナイスディ~!」


「おはようございます。神保町くん」


 緑髪のタレ目の少年・神保町が九十九にバックパックを投げつける。


「おは、ナインティナイン~! 今日も下僕プレイを満喫する気か~い?」


「ははは、今日も率直なお言葉、胸にしみます」


「でもナインティナインがぼくらに良くしてくれているのはファーザーとかにはちゃんと言っているよ?」


 神保町はいつもの通り、九十九をナインティナインと呼びながらタクシーに乗り込む。

 その神保町を4人のメイドが頭を下げて見送っている。

 タクシーに乗った神保町に九十九は黙って、5ページの資料と、蓋つきタンブラーに入れたソトアヤムを出す。ソトアヤムとは東南アジアで良く飲まれているチキンスープである。


「うん、ルークワームでベリーグッド!」


 神保町の飲み物のこだわりはぬるいことだと理解し、気を遣った結果だった。

 陽キャ然とした神保町はあまりうるさいことを言わないので、九十九も助かっている。

 神保町の父は乗っ取り派の切り込み隊長ともいえる人物で、九十九としては油断できない存在であった。

 また神保町は藤沢と違い、九十九がほぼ圧力に屈して献身的な行動に出ていると知っているのだ。

 九十九が神保町につけたあだ名は「ジョーカー」であった。まだ九十九にとって神保町が道化か切り札か判断がついていない。


 さらに5分後、治路宇町の唯一の駅、治路宇駅に泊まる。

 ほぼ同時に電車が到着し、間もなく2メートルの金髪の少年・雲雀丘が姿を現す。

 雲雀丘は外見が派手なだけでなく、内面からあふれ出るカリスマ性も備えていた。全国模試では常に100位におり、中学時代には剣道で県代表にもなった、まさに文武両道を地で行く優秀な人材である。


「おはようございます、九十九くん。さて、今日は一日快晴らしいが、快適かというとそうでもない。しかるに、何故だかわかるかね?」


「……え~とアメリカFOMCの金利下げのニュースでしょうか? または原油の短観予測でしょうか?」

 

 その九十九の言葉に雲雀丘は精悍な顔に笑みを浮かべる。顔立ちは北欧風だが、眼差しはアジア然として九十九に映る。


「私の望んだ回答ではないが悪くない答えだよ。私の言いたかったことは日本の出生率がまた少し下がったという報を懸念してのことだったんだよ」


「なるほど。確かに学生であってもそれは見逃せない事象ですね」


「君もそう思うか? でも九十九くんの考えも悪くない。しかるに会議でFOMCについて検討できるよう調整してくれたまえ」


「承知しました」


タクシーに向かう雲雀丘が不意に足を止める。


「それと――『ライト&ライオット』を紹介してくれてありがとう。知って、体感したことで父たちや恩師に『視野が広い』と褒められたよ」


「そうですか、それはよかった」


 「ライト&ライオット」とはファンタジー世界を舞台にしたオンラインVR体感ゲームである。2040年から流行し始めた、脳波リンクシステムで操作するキャラクターと五感を連動するタイプのゲームだ。過去のゲームと一線を画す、リアリティとディティールが世界中で話題になっていた。

 それをサービス開始初日から九十九が雲雀丘達に紹介していたのだ。

 雲雀丘一派は「ライト&ライオット」にはまり、その影響はクラス中に伝播していた。

 ここ一か月で九十九は雲雀丘が喜ぶツボが分かって来ていた。最新の世界の経済情報や若者にブームが起きつつある商品やエンタテインメントに触れると上機嫌になるのだ。

 九十九は満面の笑みを浮かべながら、今日のお坊ちゃんグループのコントロールは上手くいきそうだと思った。

 ホッとすると同時に、九十九は雲雀丘の邪悪さを思い知る。


 こいつ、俺に奴隷になる様に強要しておきながら、それを忘れて話しかけてきやがる。



 九十九は雲雀丘に脅迫されて、雲雀丘ら社長派を接待しているのだ。


 土日祝日を除いた平日の99%、雲雀丘を中心にしたビジネスレビューミーティング〈BB会議〉を開催している。

 〈BB会議〉は学生でありながら、世界の動向や三田ロボ電機の未来を語り合う集まりであるが、実際は三田ロボ電機の社長派閥の子息が結束を高め合う集会である。

 雲雀丘・藤沢・神保町の父はいずれも、三田ロボ電機の社長派閥のトップ3である。〈BB会議〉の他の出席者はいずれも三田ロボ電機乗っ取りを後押しする、外資会社に勤める者を父に持っている。

 つまり〈BB会議〉は会長派閥の母を持つ九十九の敵ばかりで構成されているのだ。それになぜ九十九が参加しているといえば、ゴマすり目的である。

 雲雀丘達に好印象を得るためにを九十九は全力をもって〈BB会議〉運営に務めているのだ。


「三田九十九くん、君さえよければ我々の〈BB会議〉の裏方をやってくれないか? そうすれば私たちは父に君たち家族が三田ロボ電機に今後とも関われるように具申しようではないか?」


 会社のパワーバランスを、学校生活に持ち込む強欲ともいえる提案を九十九は一度は拒否した。

 だが、自分が拒否すれば、九十九の姉や弟に矛先が向かうかもしれないと雲雀丘に脅されて、しぶしぶ承諾したのだ。

 こんなことで三田ロボ電機を救えるとは考えてはいないが、今はこれしかないと九十九は自分に言い聞かせていた。

 裏方に徹した九十九の頑張りで、今日も無事に〈BB会議〉が行われるのであった。


 〈BB会議〉は益唐学院の会議室で7時半から8時まで行われる。

 出席者それぞれの前に4つの新聞が置かれ、朝食を取り損ねた者のためにクラブハウスサンドウィッチとスコーンが必ず用意されている。

 躍進目覚ましい会社の子息が、結束を固めるために行われるだけあって士気は高く、出席率も良い。

 会議は時間厳守で8時ぴったりに終了し、解散する。

 解散と同時に、九十九は今日の出費を脳内で計測する。

 タクシー代に1万2千円、新聞代3千円、食費が4千円――単純に1日2万円、一週間で10万円、一か月で50万円。

 他にも雑費は発生し、すでに360万円、九十九は出費しているのだ。

 無論、九十九の家からの持ち出しである。

 雲雀丘らは一度たりとも金を出すそぶりを見せてこない。敗残者に最後のチャンスを与えているという態度を隠す気がないのだ。

 非情なビジネスに生きる者の子息は、同級生であっても容赦しないことを九十九も思い知った。

 それ故に、雲雀丘が九十九が自らの意志で〈BB会議〉に出ていると錯覚する厚かましさに怖気を覚えるのだった。

 九十九が雲雀丘に付けたあだ名はずばり「サイコパス」であった。

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