第50話 砂漠の国のこれから
砂漠の秘宝、発見。
その噂は、即座にジャムール中を駆け巡り、人々を震撼させた。
実際に王都へ近付けば、嫌でもその「秘宝」が目に映るのだから、この噂が広まるのに時間はそれほどかからなかった。
秘宝。
それは、空に浮かぶ黄金の都市。
『浮遊黄金都市』である。
『ゴルドランド』と名付けられたそこは、コレオ第二王子に全ての権限があり……。
その権限は、たとえ、王子の父親にして国王である「デニテス王」その人にも侵すことができない、絶対のものとなっていた。
それにより、コレオ王子を王族の分家として新たな公爵に任命。
初代コレオ・アディオ・ゴルドランド公爵が生まれた……。
無論、この形に収まるまでに様々な議論がなされて、ジャムールが騒乱していたのは確かである。
貴族らが集まっての議会は糾弾し、足を引っ張り合い、コレオ公爵に対するハニートラップや暗殺なども考えられた。無論、コレオ公爵は、相変わらず侍らせている亜人護衛達に返り討ちにさせていたが……。
それでも一時は、この絢爛な古代都市に首都機能を移行する……『遷都』の案すら、議題に上がった事もあったほどである。
しかしそれは、ゴルドランドの機能の殆どが未解析でどんな危険があるか分からないことや、何かのきっかけで墜落すれば全滅する空中都市などに首都機能を移設するのは保安上容認できないことなど、様々な反対意見があり立ち消えとなった。
だがそんな意見が出てしまうほどには、このゴルドランドは美しく、夢に溢れた新天地であるのは確かで。
少なくとも、今発覚している機能だけでも……。
大型のエレベーターで都市と地面を行き来する機能。
水道という、滞空魔力から水を生成して都市内に張り巡らせる機能。
温度調節結界、昼は灼熱夜は極寒の砂漠でも快適な温度を保てる機能。
黄金飛行機械、指定した敵対者に攻撃するドローンを操作する機能。
これらの、学術的にも実務的にも非常に興味深いものが、この古代の都市には存在していた。
技術一つとっても、現代では成し得ない古代文明の遺産は、人々を魅了して止まない。
よって今後は、『学術都市』から誘致した魔導師達に都市の解析を依頼しつつ、ゴルドランド公爵家の立ち上げに関する事務的な手続きに、この国ジャムールは追われることとなる……。
また、それだけではなく、このゴルドランドを発見した冒険者達にも報いる必要があった。
信賞必罰を怠った国は碌なことにはならないと、この世界においても歴史が証明している。
故に、流離の冒険者が相手でも、国家の威信をかけて報いなくては、国の名が落ちるというものだった。
ジャムール王は、しっかりと冒険者達に賞金を与えようとしたのだが……、ここで面倒になってくるのは。
隣国、リーフェンハイムから道楽で物見遊山に来たと嘯く冒険者兼辺境伯、ドーマ・アッシャーの存在であった……。
国の英雄として称賛すべきが、よりにもよって隣国の貴族。
それも、位の高い辺境伯ときたものだから、ジャムール王の困惑と苦悩は相当のものだ。
他国の貴族が、自国の無二の英雄となってしまったのだから。
特に、ドーマが主導で探索をしたという事実が拙い。
金冠位の冒険者であるガラシャとメンシアは、ドーマの部下として雇われていたというのも良くなかった。
これでは、浮遊黄金都市発見の最大の功労者は、間違いなくドーマとなってしまうのだ。
故に、王がドーマに与えたものは、冒険者等級の王認による金冠位へのランクアップ。
そして更に、ジャムール王国貴族としての席、伯爵位の授与。
賞金の授与の三つ。
王権の及ぶ領域、つまりは国境。国同士の繋がりも何もかもが曖昧なこの時代の文化の社会では、一つの領地一人の貴族が複数の国家に領属していたり、複数の爵位を持っていたりすることはおかしな話ではなかった。
何せ、「国家」というネイション、帰属意識というものがまだ曖昧な世の中。
例えばドイツ。
彼らは、世界が生まれて人類が産声を上げたその時から、ヨーロッパの特定地域の人間が「我々はドイツ人です」などといきなり言い始めた訳ではない。
まずバイエルン族やらザクセン族やらと部族がおり、それがバイエルン公やザクセン公と貴族になったのだが、その時点ではそれぞれバイエルン人とザクセン人……。それどころか、世界の広さを知らぬ人々は「おらが村の村人」としか思わなかった。
それが、外国であるイタリア人から、「民衆の言葉を話す者達」という意味である「ドイツ人」と他称され、それが広まりやっと「ドイツ人」というまとまりができたのだ。
日本も同じだろう。
戦国時代の人間を捕まえて「お前は何人だ?」と聞いて、「日本人です」と返答される確率はゼロだ。「〇〇村の者だ」と返されるのがオチだ。
つまり、そのように。
国という言葉が曖昧なこの世界では、両属も許されてしまうのだ。
もちろん、あまり好ましい状態ではないとされているが、それはそれ。
歴史の話をすれば、百年戦争の原因の一つが両属なのでは?とは思うかもしれないが、現役で中世をやっているこの国の人々にそれを言ったところで無駄なのだ。
……そもそも、ドーマを制御できる存在がいないので、名誉称号を与えて敵対の意思がないことを示すしか国家にできることはない、というのもあるのだが。
「それで、御友人?この船は?」
「エンタープライズだ、カッコいいだろ誉めてくれて構わないぞ、やはり空を飛ぶタイプの船にはエンタープライズの名を与えなきゃいけないみたいなテンプレがあるからな」
「へえ、良い名前じゃないか素敵な感性だ。意味はわからないが何というかこう響きがいいね、歴戦の勇士が乗っていそうな雰囲気がするよ」
「はいはい、旦那と公爵サマが話してると永遠に終わらなそうだから、話をまとめるよ」
飛空艇……。
リーフェンハイムとジャムール、双方共に飛行する都市を持つ二国は、当然のようにその空飛ぶ都市へ出入りする為の手段を求めた。
転移門や巨大エレベーターでも良いが、やはり都市の外から外にいるものの意思で侵入できる手段がないのは困る。
その為の飛空艇だった。
飛空艇のビジュアルは、飛行船が如くガスの入った気球の下に木造の船体がくっ付き、プロペラで推進するタイプの……、ファンタジー作品の世界でよく見るタイプのものだ。スチームパンクらしさも少々ある。
そしてそのエンタープライズ号の船長は、秘宝発見の功労者の一人、ガラシャ。
ガラシャは、ドーマの愛人兼雇われ船長となり、ドーマの飛空艇に乗り様々な活動を行っていた。
今回は、コレオ公爵との条約締結の為、ドーマの正式な部下としてやってきたことになる。
「はいはい、条約締結ね!コレオ公爵サマは、これから世の中に増えていく飛空艇の補給拠点を設置すること!旦那は、飛空艇五隻の譲渡と技術を教える!これでいいね?」
「「いいよ」」
「はい、じゃあ、締結だよ!」
飛空艇に始まり、通商条約や関税権の相互保証など、飛行都市同士の条約が結ばれる。
飛空艇が飛んでいるとして、その地面にある領地に関税が取れるか?と言えば否であった。
矢玉も魔術も届かぬ遠い上空を行き来する飛空艇に、地表の貴族は全く手出しできないからだ。
故にこそ、飛行都市は、余計な税金を取られないために流通が活発化するであろう「神立地」であり……。
コレオ公爵は、この極大の利権に初期段階から一枚噛めたのに、酷く嬉しそうであったという……。
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