第16話 愉快極まりない一つの終わりであり始まり

その日、街では大騒ぎが起きていた。


この街、ノースウッドが誕生してからずっと、町民を悩ませて来た厄災の獣『極雷狼王』が討伐されたからである。


狼王の遺骸が、石の板に載せられた状態で、角の生えた馬に牽かれて、街の大通りを練り歩くのだ。


しかもどういう訳か、狼王の身体には傷ひとつない状態。


更に言えば、これを仕留めたのはたった一人の冒険者だと言うのだから、街中の誰もが度肝を抜かれた。


領主の軍勢、数百名で掛かって歯が立たなかった存在を、一人で。


念の為に宣言しておくが、冒険者など、兵士と比べれば単なるチンピラである。


貴族の率いる専業の兵士は、練度の平均レベル自体が凡そ、冒険者で言う銅盾位ほど。レベルで言えば20程度。


騎士クラスともなれば、銀剣位クラスが基本である。レベルで言えば30程度だ。


まあ当たり前だ、国家の指揮下にない武装勢力である冒険者ギルドが、国家より大きな力を持てる訳がない。


あくまでも冒険者ギルドは、魔物退治の任務を国家や貴族から委任されている下請けに過ぎないのだから……。


そんな、精鋭である騎士兵士が百を超えるほどに集まって、それでも倒せなかった魔獣を、あっさりと一人の術師が倒した……。


地球で例えるなら、猟師が特撮怪獣を倒したようなものだ。あり得ていいことではない。


そしてその猟師、否、冒険者は。


「おー、良いね。目立ってる目立ってる。これで女の子にモテモテだよな!」


「相変わらず、師匠はイカれてるでやんすねえ」


死せる狼王の背中に座り、人々に手を振っていた……。




「「「「ドーマ!」」」」


冒険者ギルドに帰還した、その冒険者、ドーマは。


四人もの女性に囲まれて、抱きつかれていた。


彼の子を孕んだ四人の女にだ。


「どうして、こんな無茶をしたんですか?!」


特に金髪の美女、三十手前ほどの優しげな女は、大声で泣きながら抱きついていた。


少なく見積もっても十歳は歳下の、まだ少年の面影を残す男に、本気で懸念しているようだった。


「子供、できたんだろ?金を作ろうと思ってな……」


「お金なんかよりあなたの方が大事ですっ!!!」


「分かった分かった。だがこれで、お前ら全員の子供を育てられるだけの金になるのは事実だ。お前達も、子供も、金に困ることはない」


冒険者の青年、ドーマは。


つまりこう言ったのだ。


愛する女の為に、英雄になって帰って来たのだ、と……。


その言葉を聞くや否や、聴衆は大きな雄叫びを上げた!


この愛なき暗黒の世界において、わざわざ女なんぞの為に、男が命をかけて英雄になってきたのだ。


まるで、お伽話のような話だった。


これには堪えきれず、ドーマの子を孕んだ女達四人は、感極まって泣き出してしまう。


我が子を顧みる、女の為に殉じる、何不自由ない生活を家族にさせる。


この世界においては、どれも難しいことだ。


それを自慢する訳でもなく、さも当然と言わんばかりに言ってのけて、実現までする男は、そうはいない。


「これで、俺がいなくなっても大丈夫だろ?」


「「「「はあ????」」」」


そして、ここまでアホなのも、そうはいない……。




ドーマは、女達に泣かれて叱られて、三時間ほど怒られた。


ドーマの主張としてはこう。


「いや、だからさ、俺は結婚とかできるタイプじゃないんだよ!平穏な暮らしとか、子供の面倒を見るとか、できる気がしない!」


そして、対する女達の主張はこう。


「何言ってるんですか????結婚なんて、わざわざ宣言をするのは貴族くらいのものでしょう?子供ができたんだから、これからも一緒に生きますよ!!!!」


「別に、この街を出るならそれで良いんですけど?何で私達を置いてこうとするんです?女なんですから、男の言うことを聞くに決まっているじゃないですか」


「子供の面倒?何で男親のお前が見るんだ?子供の面倒を見るのは女親だろうに。……イクメン?何を言ってるのか、本気で分からんぞ?」


「というか、アンタなら別に、アタシらも子供も飢えさせるようなことはしないでしょ?なら、別にどこに行くことになろうと構わないわよ。畑がなきゃ生きていけない農民じゃあるまいし……」


つまるところの完全敗北であった。


そうなると、切り替えの異様に速いドーマはこう返した。


「んじゃ、弟子二人にも手ェ出す予定だけど、文句はねぇよな?」


「それはザニーさんとシアンさんの気持ち次第では?」


「……嫉妬とかないん?」


「それはまあ、ありますけど……。でもそれは、二度目の子を仕込んでもらえないくらいに飽きられる女が悪いじゃないですか?」


「あー……、この世界はそんな感じだもんな。OK、分かった、じゃあこうしよう……」


痴話喧嘩の末に決まったのは……。


「『王都フローラン』に行くぞ。大教会で回復術師を雇い、安全に出産して、家を買う。お前らはそこで暮らしてくれ」


「私達を、捨てるのですか……?」


「そうじゃない、赤子に旅は辛いだろう?これからは王都を拠点として活動していく。どこかへ行っても、王都の家に帰ってくる」


「はい!それなら……!」


「もっと稼いでデカい屋敷を買って、たくさんの使用人を雇って、何不自由なく暮らせるようにしてやる。冒険についてきたけりゃ好きにすれば良い、子供は使用人に預けていこう。……これで良いな」


「はい!はいっ……!嬉しいです、ドーマさん!いえ……、あなた♡」




かくして、王都フローランを目指すこととなったドーマ一行。


花の都のフローラン、そこでドーマは何をするのか?


……また、地獄のような女癖の悪さが祟るであろうことは、想像に難くない話だった。

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