第6話 ふたたび緑山公園前駅
その時、ちょうど駅に見たことのない緑色の電車が停まった。
金色の窓枠に赤い天鵞絨の座席がみえた。各駅停車しか停まらない駅に超豪華急行電車が停まっている。
ヒナタのおばあちゃんはあれに乗る約束をしていたんだな。そんな特別感があった。
「あっ、おばあちゃん!もう来てますよ。早く乗らないと!」
私はあくまで上品に歩くおばあさんの背中を、こころもちを押し気味に駅の改札に押し込んだ。
「本当にありがとうね。きっぷを失くして、もう乗れないと思っていたの。本当にありがとう」
ヒナタのおばあちゃんはやっと乗り込ん電車の扉から私に手を振る。
「いいんです!わたしは自転車がありますから!」
私が言うのと同時にドアが閉まり、急行電車は動き出した。
ホームには私ひとりが残った。
駅員さんは、わたしを振り返りもせずにさっさと駅長室に消えていった。
わたしがきっぷを人に譲ってしまったこと、駅長さんにばれたら大目玉なのかもしれない。
さぁ。わたしも、行くか。自転車置き場に行って鍵をカチャリと外す。
三駅先のショッピングモールまで。
「ミサト!」母の呼ぶ声がしてふりかえった。
と思ったら、目の前に母がいた。
泣きそうな顔の母がいた。
「ミサトが目を覚ました!」
白い病室に母の声が響いて看護婦さんが飛んできた。
あの土曜日、わたしは駅に行くために自転車で走っていた。
ショーウィンドウに映るモスグリーンの自転車に見惚れながら。
横から出て来た乗用車にぶつかった。
自転車ごと空中をきれいに一回転したとは目撃した近所のおばちゃんの談。
そのまま数メートル先の道路に投げ出された私は、意識不明のまま病院に搬送された。
手は尽くしましたが。と、手術室から出て来た医師が深刻な声で告げ、母は泣き崩れ、父は唇を噛んだ。
というが、わたしは無事に生き返った。
三途の川から戻って来た。いや、三途の駅だったんだけど。
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