第3話 喫茶コスモス

喫茶コスモスはわたしが生まれる前から駅前にある、かなりレトロな喫茶店だ。

色褪せたトリコロールのテントにペンキのはげ掛けた白い木の扉。

開けるたびに扉の上のほうでちりんちりんと鈴が鳴る。

そんなことをしなくても、誰が入って来たかすぐわかるくらい狭い喫茶店。

駅前にあるのは知っていたけど、入るのは今日が初めて。

窓際のテーブルにおばあさんは座った。席から駅までの通りがよく見える。


「この席にね座って紅茶をいただいたの。実はね、亡くなった主人とよくこのお店に来たのよ。もうずっと前のこと。先代のマスターの頃ね」


「へー、そうなんですね。思い出の喫茶店なんですね」

おばあさんの話を聞きながら、テーブルの隅に置かれたメニュー表をひっくり返したり、椅子の下を覗いたりする。

だって、おばあさんは座ったきり、落ち着いちゃってきっぷを探しもしないんだもの。

落ちていない。どこにも落ちてない。

念のためにマスターに聞いても、落ちてない、と。


「ここじゃないみたいですね」

おばあさんはのんびり窓から道行く人を眺めている。


「えっと!ここじゃないみたいだから次を探してみましょう。次の電車まであと30分くらいだと思うんで、急ぎましょうか」

聞こえてないみたいなので、ちよっと声のボリュームをあげてみる。

おかげで店中の人がわたしを見た。ちよっと焦る。


「そうね。ついついぼんやり眺めてしまったわ。この席でよく主人を待っていたの。窓の外を歩いていく人を眺めながら、次の電車で降りてくるかなってね」


「それって恋人同士だった時ってことですか?」


「ふふ、そうね。今みたいにスマホもなにもない時代のことよ。すれ違って会えないこともよくあったの。ここが一番見逃さない場所だったのよ」


「へ~、、、すれ違って会えないなんて、悲しいですね」

おばあさんも若いころがあったんだ。当たり前だけど。歳とってもロマンチックに思い出せるって、旦那さんのこと好きだったんだなぁ。


「でもね、だからよかったのかもしれないわね。簡単に会えないのが」


「え~、でも、何時間も待ってるのに結局会えなかったら、待ってる時間が無駄だったって思わないですか?」

わたしだったら絶対無理だ。スマホもないのにいつ来るかわからない人を待ってるなんて、絶対無理。


「思わなかったわねぇ。若いときは、時間なんて無限にあると思ってた。お金も自信もなかったけど、時間だけはいっぱいあったわね」


「そんなもんですかね、、、わたしは若いけど、時間がもったいないって思っちゃいますね」


「あらあら、今からそんなんじゃ、これから大変ね、今の若い人はかわいそう」

えええ?逆でしょ、それ。スマホもなかった昔のほうが絶対かわいそうなこといっぱいあったって!


「でも、昔より便利なこと、多いですからね」

今の世代代表みたいになっちゃったけど、わたしはちよっとムキになった。


「便利さより、トキメキよ」


「と、ときめき~~~?」


おばあさんの口から「トキメキ」なんて言葉がでてびっくりした。ちよっと意表をつかれた。

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