学園のアイドルに振られた俺は芸能界のアイドルに付き纏われるようになった

星野星野@2作品書籍化作業中!

アイドル×アイドル


『【至急】学園のアイドルに告って見事玉砕した後に、芸能界のアイドルに付き纏われた経験をお持ちの方がいたらアドバイスをください!』


 ……こんな内容、知●袋に書いたらイタい中学生か妄想癖ニートに思われるだろう。


 しかし俺は今、まさにその状況に陥っている。


「わたしの秘密を知った以上———あなたをこのまま野放しにはできない」


 黄昏時、薄暗くなってきた高校の屋上。

 俺の目の前には、女の子座りをしてる黒髪ウィッグをつけた美少女アイドルが。


 どうしてこんなことに……。


 ここまでの事象を再確認するため、今日の朝へと記憶を遡ろう——。


 ✳︎✳︎


 バイト疲れでいつも寝坊気味な俺は、何も塗ってない食パンを口にしながら、昨日リリースされたばかりの新作ソシャゲをインストールする。


 特に興味はないが、最近よくCMで流れてくるので、試しに入れてみた。


 最初の無料10連ガチャで、結構好みの金髪ツインテールのロリっ子SSRが出たので、もうリセマラする必要ないと思ったのだが、よく見るとSSRの上位互換でURのキャラがいることに気づく。


「なんだSSRより上のランクあるのかよ……」


 朝から不満を垂れながら、リセマラするのも面倒くさくなった俺は、そのゲームをアンインストールした。


 俺、今宮大貴いまみやだいきは2次と3次どちらもいける『二刀流』オタク。

 『二刀流』とはいっても某野球選手のような経済効果はなく、むしろ経済を回すために散財ばっかしてる高校一年生。


 高校・推し活・バイト、この3つを繰り返すのが俺の日常だ。


 ちなみに俺の最推しは人気急上昇中のアイドルグループ、ストロベリーラブホイップの柚木奈乃。

 明るい髪色のサイドテールに、ぱっちりと開いた大きな瞳、さらにステージの上では、その小柄な身体からは考えられないくらいの存在感を放ってファンを魅了する。そんな今話題の現役JKアイドルだ。


 愛嬌があって可愛くて……俺と同じくらいの歳で人気アイドルグループのセンターを務めてるんだから、同年代のヒロインとして推したくなるに決まっている。


「大貴ー! 早く学校行きなさい!」

「へいへい」


 キッチンにいる母親に急かされ、のんびり朝食を食べていた俺は食パンを一気に口へ押し込む。

 足元にあった鞄を手に取り、玄関先で革靴を履いて、姿見の前で制服のネクタイを締めると俺は家を出た。


 オタク気質の俺だが、一応、高校ではこのオタク趣味を隠して生きている。


『オタクを隠して生活してる俺カッコイイ』

……みたいなイタいやつではなく、単純に世間体せけんていを気にしてのことだ。


 残念ながら、この世界で【オタク】はマイナス用語になってしまっているのが現状。

 最近比較的アニオタは市民権を得てきているが、今もまだ、アニオタだのドルオタだのバカにしてくる輩は多い。

 そんなアニオタでもドルオタでもある俺は、オタクが馬鹿にされる現代社会を忌み嫌いながらも、結局はオタク趣味を隠して生きてるんだから、あまり文句は言えない……。


「はぁ……」


 俺はため息を吐きながら、イヤホンを耳に入れた。

 隠れオタの俺は、今日もこそこそと柚木奈乃のソロ曲『暇そうなキミにちゅっ♡』を聴きながら高校へ登校する———。


「だーいきっ」


 俺が脳内で一人語りをしていると、背後からスベスベの両手が俺の視界を塞いだ。


「なっ!」

「だーれだ?」


 ……当然、誰なのかは分かってる。

 そもそも声で分かるし、こんなことするのは"あいつ"しかいない。


はるかだろ」

「せーかいっ。ま、分かるよねー」


 背後から抱きつきながら俺の目を覆ってきたのは、友人の篠原遥しのはらはるか


「一緒に登校しよー?」

「お、おう」


 彼女は【SSR級】と称される、私立蒼風高校きっての美少女で、学園のアイドル的存在。

 キャラメル色のストレートヘアと、高校生にしては程よく実った胸元の果実。

 銀色のヘアピンで前髪を左に寄せており、ツルッとしたおでこと、少しタレ目で大きな瞳がよく見える。


 高校トップクラスの美少女と隠れオタクの俺がなぜ友達なのかというと、遥は同じ中学出身で3年間ずっと同じクラスであり、隣の席になる回数も多く、いつの間にか気楽に話せる仲になっていたのだ。


「大貴って朝はテンション低いよねぇ。エンジンがかかるのはお昼頃かな?」

「これが平常運転だ。昼にはもっと下がってる」

「あははっ、そーかもっ」


 遥は人差し指で俺の頬をグリグリしながら、笑っている。

 この距離感なら付き合っているのでは? と思われるかもしれないが、別に俺たちは付き合っているわけではない……。

 陽気で人気者の彼女にとって、この距離感は当たり前。


「あっ! 山田みっけ! だーれだっ」

「うわっ! え、えと……篠原、さん?」

「せーかいっ」


 ほら今も、クラスの陰キャメガネ男子である山田に俺と同じことをしている。


 遥は人懐っこい猫みたいなヤツで、知り合いを見かけたら、男女構わず今みたいにボディタッチをするし、推定Fカップの柔らかい胸も平気で押し付けてくる。


 わざとなのか無意識なのか。それは三年間一緒にいても分からなかった。


 でも俺は……そんな遥のことが、ずっと。


「おーい、大貴っ?」

「…………」

「大貴?」


 俺が考え込んでいると、遥が俺の顔を覗き込んできた。

 見ただけで頬が熱くなるような、彼女の可愛らしい顔が目の前に……。


「ん、あ、あぁ! すまん。どうした?」

「今日の放課後、時間ある? よければ委員会の仕事手伝って欲しくてさ」

「別にいいぞ。今日はバイトのシフト入れて無いし……それに」

「それに?」


「ちょうど俺も……お前に用あるから」


「用?」


 ずっと、今日すると決めていたんだ。

 そのためにバイトのシフトを入れなかったんだし。


 俺は今日……三年間の想いを彼女にぶつける。

 一世一代の大勝負。

 SSR級美少女で、学園のアイドル的存在——【篠原遥】に告白する。


 ✳︎✳︎



 ——放課後。


 委員会の仕事を片付け、俺は遥を屋上へ誘った。


「うっはー、やっぱうちの高校って屋上ひろーい!」


 私立蒼風高校の屋上は、背の高い金網に囲まれていることもあって安全性が高いから常に解放されている。

 この時間帯なら、誰も屋上にいない。

 今なら……告れる。


 これまで何人もの男子が、遥に告白するも撃墜されたらしいが、俺には中学三年間の付き合いという、アドバンテージがある。

 俺なら大丈夫……きっと遥も分かってくれる。


「で、用ってなに? もしかして恋の相談とかー?」


 茶化す遥に対して、真剣な眼差しを向ける俺。


 ここで遥と付き合って、推し活だけじゃなくてリアルも充実させる。


 ただの隠れオタクのままじゃ……嫌だ。

 それに『木曜恒例・柚木奈乃の星座占い!』では【射手座のあなたは超大吉!大きな出会いがあるかも?】って言ってた。


 イケる……推しを信じるんだ俺。


「は、遥……あの、さ」

「うん」


 一呼吸置いて、俺はゆっくり話し始める。


「俺、遥のことが好きだ。いつも明るい遥のことがずっと好きで……だから、付き合って欲しい」


 シンプル且つ、ストレートな告白。

 中学三年間で、ずっと言えなかった俺の気持ち。

 高校からは友達じゃなくて、恋人になりたい、そんな俺の気持ちを——。


「あー。用って、そーいうやつだったんだ」


 遥は気まずそうな顔になり、キャラメル色の長い髪を撫でながら、俺から目を逸らす。


「ごめん大貴。その気持ちには……応えられないや」

「え……」


 ふ、振られた……。

 それもこんなにあっさり。


 絶望して、そこからは全く覚えていない。

 知らない間に会話が終わり、正気を取り戻した時には、屋上に遥がいなくなっていた。


 ゲームセットだ……何もかも。


「中学の頃に告白してれば……ワンチャンあったのかな」


 でもこの関係が崩れるのが怖くて……。


「ビビリ、だよな……俺」


 こうなった以上、俺に残されたのは"推し"しかいない。

 こんな時こそ柚木奈乃の曲を聴くとしよう。


「奈乃ちゃん……俺、振られちまったよ」


 悲壮感の漂う屋上に、強い風が吹く。

 目頭に込み上げる熱を冷ますように、その風は強く、どこか涼しい風だった。


 推し活とリアルを充実させたいなんて、俺には贅沢な夢だったんだ。

 結局俺は、ただのオタクでしかない……。


「俺にはもう……奈乃ちゃんしか」


 金網に手をかけながら空を見上げた——その時だった。


「ん?」


 突然、俺の横顔に向かって"黒い物体"が飛んできたのだ。

 不意を突かれた俺は、避けることができず、その物体は俺の顔にぶつかった。


「ぶはっ⁈ な、なんだこれ!」


 風に乗って飛んできた物体を手に取ると、それはカツラ? のようなものだった。

 長い髪だし……女性モノのウィッグ?


「どうしてウィッグが……? 上の方から降ってきたみたいだが」


 屋上の出入り口は塔屋とうやになっており、その上では、日向ぼっこができそうなちょっとしたスペースがある。

 塔屋の壁に掛かった梯子を上れば、誰でも行けるが、塔屋の上からカツラ……?


 誰か、いるのか?

 俺が梯子を上ると、そこには——。


「…………いる、な」


 塔屋の上にある4畳くらいのスペースで、ショートボブの女子生徒が気持ちよさそうに、横になっている。

 目を瞑りながら塔屋の上で寝そべって——って、ちょっと待て。


 俺は梯子を上りきって、眠っている彼女にゆっくり歩み寄る。

 この容姿——っ。


「嘘……だろ」


 彼女は、俺が推してる柚木奈乃とはライバル関係に当たるアイドルグループ、

 "スターリー・スターリー"の【来栖くるすルカ】によく似ている。


 鮮やかで澄んだ髪色と肩まで伸びたショートボブ。そしてこの凛々しい顔立ち。

 背丈や胸の大きさも、来栖ルカと同じくらいで……。(間近で見ると、テレビで見るより胸は大きいような)


 本物だとしたら、どうしてあの来栖ルカがこの高校の制服を着て、よりにもよってこんなところで寝てるんだ……???


 俺が動揺を隠せないでいたら、来栖ルカ(?)が目を覚ました。

 彼女は眠い目を擦ってぱちくりさせている。


 身体を起こした時に彼女の胸がたぷんと揺れたのが目に留まったが、俺は咄嗟に目を逸らす。

 あ、あんま胸は見ちゃダメだぞ俺……っ!


「今宮、くん?」

「は……? く、来栖ルカがどうして俺の名前を⁈」

「?」


 彼女は自分の頭と目元に触れ、何かを思い出したかのように驚いた顔をする。


「……それ、わたしのウィッグ」


 来栖ルカは俺の手元を指差しながら言う。

 ウィッグ……って、さっき飛んできた?


 来栖ルカは俺からそれを奪い取ると、近くに引っかかっていたネットを見つけて髪をまとめると、上から黒髪ウィッグを着ける。

 さらに、ポケットから出した丸メガネを掛けると——。


「え……ま、まさか、お前っ!!」


 メガネとウィッグを着けた来栖ルカは、一瞬でよく知る人物に変わった。


 澄川流歌すみかわるか

 同じクラスの女子生徒で、いつも自分の机で本を読んでいる、大人しめな女子生徒。

 周りからは"根暗陰キャ"と呼ばれている。


 あの来栖ルカと澄川流歌が、同一人物?


「わたしは澄川流歌すみかわるか……あなたが言う、来栖ルカって一体誰のこと?」

「そ、そのとぼけ方は無理があるだろ!」


 彼女は間違いなく来栖ルカだ。

 寝起きの来栖ルカは、その場に女の子座りをしながら不機嫌そうに、こちらをギロッと睨む。

 生で見る来栖ルカはテレビで見るより、顔は小さく、胸は大きい。

 少しつり目のその瞳でこちらに睨みを利かせながら、全くブレないその表情はアイドルの時と同様に、クールな印象がある。


「わたしの秘密を知った以上———あなたをこのまま野放しにはできない」


 夕焼け空の下、塔屋の上で来栖ルカは俺に向かって言い放った。

 ……ん、ちょっと待て。


「"秘密を知った以上"ってことは、とりあえず自分が来栖ルカってことは認めるんだな?」

「…………」

「ここまで来て黙んないでくれよ」

「……と、とりあえず、あなたもそこに座って」


 ここに上がってきてからずっと立ち膝だった俺は、来栖ルカから座るように言われ、正座で座り直す。


 遥に振られて傷心してる最中に、ホンモノの現役JKアイドルに会えるという僥倖……悲しみと歓喜が入り混じって、感情がぐちゃぐちゃだ。

 そういや朝の占いで奈乃ちゃんが言ってた「大きな出会い」ってこの事だったりするのかな。


 もちろん俺の最推しは柚木奈乃だけど……ドルオタとして、生でアイドルとおしゃべりできるとか最上級の幸せだろ。


 こんな感じでテンションが爆上がりする俺とは対照的に、来栖ルカは穏やかじゃない様子だった。

 そりゃ身バレしたんだから無理もないか。


「そもそも今宮くんは……どうしてわたしのことを知ってるの?」


 やっぱそれ、聞かれるよな……。


「クラスカーストトップのといつも一緒にいるあなたが、なぜわたしのことを知ってるのか、とても気になる……」


 来栖ルカはアイドルオタクなら誰でも知ってる名前だが、アイドルに興味のない人間が見てすぐに分かるかと言われると……微妙なラインなのが本音。

 彼女は、柚木奈乃みたいにバラエティ番組とかにバンバン出るようなキャラじゃないし、一般人への知名度が低いのも仕方ない。

 つまり一目見て分かるのは、自分からオタクってことをバラしたのと同義なのだ。


「あなた……もしかして、隠れオタク?」

「そっ、それは」


 ここまで来たら隠しても仕方ないか。

 クラスで陰キャしてる来栖に教えたところで、何か害が及ぶわけでもないしな。


「ああ……その通りだ。俺、本当はアイドルとか好きで」


 俺がそう答えると、来栖は突然、目の前に座る俺の方へと身を乗り出し、興奮気味に俺の両肩を掴んできた。


 な、なんだなんだ? 何が始まるんだ⁈


「もっ!」

「も?」


「もしや今宮くんは"わたし推し"だったり?」


 ……は?


「いや……俺はストラブの柚木奈乃推しで」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 またしても強い風が吹き、来栖の黒髪ロングのウィッグが激しく揺れた。

 夕日は、だんだんと雲の奥に顔を隠そうとしている。


「確認しておくけど………あなたってスターリー・スターリーのファンなのよね?」

「そんなこと一言も言ってないだろ。俺はラズベリーラブホイップの柚木奈乃一筋だから」


 俺がそう告げた途端、女の子座りをしていた来栖ルカが立ち上がって、急に俺の手を掴むと、相撲のように押しながら塔屋の隅にまで追いやってくる。


「な、なにすんだよ来栖っ!」

「わたしの純情をもてあそんだ罰よ。ここから落ちなさい」

「おい! やめろ!」

「スタスタのオタクのフリをして、わたしを騙した上に……こ、こんなに、わたしを良い気にさせてっ!」

「良い気になってたのかよ⁈ チョロすぎんだろっ」

「チョロっ⁈」


 来栖は突然、自分から手を離す。

 危うく塔屋から落ちそうになっていた俺だったが、ギリギリのところで解放された。

 もう少し強く押されてたら完全に終わってたな、俺。

 それにしても……。

 来栖は急に黙りを決め込んでしまい、無言で俯いている。


「来栖ルカって、アイドルの時はもっと大人しいキャラだろ? それなのに、こんなとこで寝てたり、急に俺をここから落とそうとしたり、あと……意外とチョロかったり」

「チョロくて……何が悪いの?」

「え?」

「ぬか喜びだったとはいえ、本当に嬉しかったんだから、いいじゃない……」

「く、来栖……?」


 俯いていた顔を上げると、来栖は鋭い目つきに変わっていた。


「あなたみたいな、ライバルの推しオタクにわたしの素性がバレて、弱みを握られてしまったのは最悪ね」

「よ、弱みって、俺は何もしねーよっ!」

「オタクが言う事なんて、わたしは信用できないから」


 信用できない、か。

 そりゃラズラブとスタスタはライバルだから無理もないか。


「こうなった以上……あなたと取り引きする必要があるわね」

「取り引き……?」

「さっきも言ったでしょ。このままあなたを逃すわけにはいかないって」

「まさか……ここで俺を消すのか? 取り引きって、秘密を黙ってないと●すって意味なんじゃ」

「そんなことしないわ。でも」


 来栖は俺と向かい合うと、人差し指をこちらに突き立てた。


「一つだけ、あなたのになってあげる」


「い、言いなり?」

「例えば、わたしのサインが欲しければ書いてあげるし、わたしとデートをしたいならしてあげる」

「は?」

「ただその代わり……澄川流歌が来栖ルカだってことは口外しないこと。分かった?」


 来栖の顔は至って真面目で、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。

 あの来栖ルカに何でも一つ言う事を聞かせられるだと……。

 ごくり、と唾を飲み込んだ。


「そ、そうだな」


 遥に振られた腹いせに来栖ルカと付き合うってのは……?

 いやいや! 最推しのライバルと付き合うとかありえないだろっ!


 なら、どうする……?


 さっき来栖が目を覚ました時の、たぷんと揺れた胸が想起される。


 む、胸を……触らせて欲しいとか?


 がぁぁ! 童貞の欲望丸出しじゃねえか!

 そんなんだから遥にも振られるんだよっ!


「さっきからわたしの身体を舐めるように見ているようだけど……卑猥なお願いは、できるだけやめて欲しい……」


 来栖は頬を真っ赤に染め、モジモジしながら胸元を手で隠す。

 その仕草がちょっぴりエロくて、さらに欲情を掻き立てるが、俺はグッとその気持ちを抑える。


 そうだな……それならこれしかないか。


「じゃあ、俺についてきてもらえるか」


 ✳︎✳︎


 高校を出た頃には、すっかり夕日が落ちていた。

 来栖の秘密と引き換えに、なんでも一つお願いをできるとのことで、俺は来栖ルカを連れて、とある場所へと向かう。


「…………」

「…………」


 お互いに今日初めて話したから会話が弾むわけもなく、無言の時間が続く。


 まさか俺の人生でアイドルと並んで歩く日が来るとはな……。


 隣を歩く来栖ルカの身長は、俺の肩くらいで、こうして隣に並んでみると意外と小柄に見える。(胸以外は)

 屋上でウィッグとメガネを外している来栖ルカの姿を見てしまっただけに、今の彼女にはどこか物足りなさを感じるんだよな……。


 外してた方が絶対可愛い……変装だから仕方ないのも分かるが。

 そんなことを考えながら来栖の方を見ていると、来栖は俺の方を横目で見て、睨みを利かせる。


「ど、どうした来栖? お手洗いに行きたいとかなら遠慮するなよ」

「ち、違う……から」


 気を遣ったつもりだったが、かえって空気が悪くなる。

 当然だが、俺は彼女のことを全然知らないので、何を話したらいいのか、皆目見当もつかない。

 そうだ、ここはアイドルの話でも……っ、いや、今はそんな空気じゃないな。

 全く会話がないまま、俺は来栖を目的の場所へと連れてきた。


「ここって……」


 俺たちがやって来たのは、高校の近くにあるそこそこ広い書店。

 俺はのために、帰り道にこの書店に寄ろうと思っていた。

 そのまま店内へ入ろうとすると、来栖が俺の制服の袖をグイグイ引っ張ってくる。


「まさかわたしに、卑猥な本を買わせて恥ずかしい思いをさせようとしてるんじゃ……」

「そんなガキが思いつくような罰ゲームしないって」

「いいえ、それしか考えられないわ」

「そ、想像力が乏しすぎる……」


 事前に話すと断られそうだったから、ここまに来るまで黙ってたんだけど……もう書店に着いたし、そろそろ話すか。


「ここに来た目的なんだが……真剣に聞いて欲しい」

「な、何か訳アリなのね……分かったわ」

「ありがとう」


 俺は真面目な顔で、目的の説明を始める。


「実は——今爆売れ中の柚木奈乃の写真集がこの書店だと転売対策で一人一冊しか買えないルールになってて」

「は?」

「俺、鑑賞用と保存用でどうしても二冊欲しいんだ! だからお前が来てくれてマジで助かる!」

「……ど、どうしてこのわたしが、ライバルの写真集を買わないといけないのかしらっ」

「何でもしてくれるって言ったのはお前の方だろ?」

「それは、そうだけど……あなた、本当にそんなつまらない事でいいの?」

「つまらない?」

「何でも言うことを聞いてあげるって言ってるのよ? こんな買い物の付き添いとかじゃなくて、もっとこう……色々あるじゃない」


 来栖は屋上の時と同じように、恥ずかしそうな顔でモジモジしながら言う。

 察するに、色々、というのはエロいことを指しているのだろうか。

 卑猥なのはやめろ、って言ったのはそっちなのに……。


「そりゃ少し攻めたお願いをするかどうか迷ったけど……そんなことしても、お互いに嫌な思い出になるだけだろ?」

「お、思い出……?」


 来栖は「理解不能」とでも言いたげに眉を顰めながら、メガネ越しに俺の方を見た。

 どう説明すればいいか……。


「俺、お前と会う前にちょっと嫌な事があってさ……これ以上嫌な思い出を増やしたくないっていうか。それにこうやってアイドルと買い物できるってだけでも、ドルオタからしたら、めっちゃ良い思い出だし」

「…………」

「わ、悪りぃ、キモかったか?」

「いいえ……あなたって意外と——」


 その時だった。


「これ、スターリー・スターリーのアイドルじゃね?」


 突然聞こえたその声に、俺と来栖はビクッと肩を反応させる。

 来栖が身バレした——かと思われたが、どうやらその声は、曲がってすぐの写真集の本棚の方から聞こえた声だった。


「びっくりした……身バレしたのかと思ったぞ」

「え、ええ」


 曲がり角から少し顔を出して見てみると、他校の男子高校生二人組が写真集の本棚の前で、べちゃくちゃ会話しているようだった。


 俺たちもそこにある柚木奈乃の写真集が欲しいから、早く退いて欲しいのだが……。


「この子、来栖ルカ、だっけ? 柚木奈乃の写真集の隣ってのは可哀想だよなぁ」


 ピンポイントで来栖のことを話しているようだが、聞く限り良い話には聞こえない。

 よく見ると、残りわずかとなっている柚木奈乃の写真集の隣に、来栖ルカの写真集が積まれて置いてあった。


「こんな隣同士にされたら、どっちが売れてるか一目瞭然だしっ」

「スタスタってラズラブと比較されること多いけど、マジで勝ち目0だよな。人気も可愛さも柚木奈乃一人にすら勝てないんじゃね?」

「だよなー!」


 ゲラゲラと、汚い笑いを漏らす二人組。

 大声で他のグループを馬鹿にして、こいつら、ラズラブオタクの風上にも置けないな。

 

 俺は我慢できなくなって、彼らを注意しに行こうとしたが、隣にいる来栖が俺の腕を掴んで引き留めた。


「今宮くん……いいから」

「でも」

「わたしたちがラズラブに負けてることも、わたしたちの人気が落ちてることも、全部、周知の事実だから……」


 来栖はそのメガネで隠してるつもりなのかもしれないが——彼女の目には、じんわりと涙が浮かんでいた。


 ……行くか。


「来栖、お前はここにいろ」

「え……?」


 俺は来栖を置いて、彼らの元へ歩み寄る。

 マナーの悪い同族のオタクがいて、それを聞いて悲しむ人間がいるなら、注意してやるべきだ。


「おい、お前ら」


 俺が話しかけると、その二人は会話をやめて、俺にガン飛ばしてくる。


「なんだよ?」

「推しのこと褒めたいなら、他のグループを蔑むんじゃなくて、推しへの愛を語れよ」

「あ? 別に批評すんのは個人の勝手だろ。なに? 君ってもしやスタスタのオタク?」

「うわ、スタスタオタク、イテえ! 頭沸いてんじゃねーの?」


 ゲラゲラと、またしても大きな笑い声を上げる二人組。


「お前らが好きな柚木奈乃は」

「あ?」


「お前らが好きな柚木奈乃は、他人を馬鹿にするようなヤツに褒められて喜ぶようなアイドルじゃないだろ」


 俺がそう言うと、二人は罰が悪そうな顔をしながら互いに目を見合わせた。


「な、なんだこいつ……」

「もう行こうぜ」


 彼らは写真集を手に取り、俺を無視してレジの方へ行ってしまった。

 ついカッとなって、衝動的にこんな事をしまうのは俺の悪い癖なのかもしれない。

 告白の時もそうだ、いつだって俺は身の程知らずで……。


「……今宮、くん」


 彼らが消えると、来栖が心配そうな顔で、近づいてきた。


「き、気分悪くさせちまってごめんな」

「あなたが謝ることじゃ……ないと思う」


 もう、来栖の瞳に涙は無かった。

 ……良かった。


「これ」


 来栖は柚木奈乃の写真集を一冊手に取って俺に手渡す。


「あなたはラズラブオタクなのに……どうしてスタスタを庇うようなことを」

「俺は、悪口とか批判とかが大嫌いなんだ。推しの奈乃ちゃんも、人を馬鹿にするのは嫌いだと思うし」


 俺はさっき来栖から受け取った写真集の表紙に写る柚木奈乃を見つめながら呟く。

 奈乃ちゃんが今の光景を見たら、間違いなく同じことをしたはず。

 間違ってなかったと、思いたいが……冷静になってみると、ちょっとイタかったかもな。


「今宮くん……その」

「ん?」

「ありがと」

「へ?」


「……ちょっとだけ、カッコよかったわ」


 お、俺が……カッコいい?


「え、マジ? 自分でも結構、イタいこと言ったと思ったんだが」

「あなたのこと……ずっと陽キャ寄りでただのウザい男子だと思っていたから……少し見直した」

「来栖……」


 俺、ウザい男子って思われてたのかよ。


 こうして、俺と来栖ルカの物語は始まったのだ。

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