第50話 結局魔王になりました

 朝が来た。人々の悲しみはまだ癒えているわけがない。


「大丈夫か、お嬢ちゃん」


 クリスティーナは部屋の隅で膝を抱え顔を伏せていた。どうやら一晩中そうしていたようだ。


 そこは空き家だ。襲撃されていた町の空き家でクリスティーナたちは一晩を明かしていた。


「町長がお礼を言いたいそうだ。会えるか?」

「……」


 返事がない。そんなふさぎこんだ様子のクリスティーナをレドラックは見たことがなかった。


「お前はこの町を救ったんだ。胸を張れ」

「……私は、魔族じゃない」


 クリスティーナは顔を上げずに言った。自分は魔族ではない、と言ってある光景を思い出していた。


 クリスティーナが助けた女性と男の子。その二人に手を差し伸べた時の彼女たちの反応をクリスティーナは思い出していた。


 あの目は怯えていた。自分を見て怯えていた。


 あれはなぜなのか。なぜ怯えていたのか。


 肌が白かったからか、髪が白くなかったからか、角が生えていなかったからか。


 わからない。けれど拒絶された。クリスティーナはそれが怖かった。


 別に受け入れてほしいわけじゃない。感謝してほしいわけじゃない。


 でも、怖い。


「私は魔族じゃない。私の力も、あの人たちには……」


 光の力。その力は魔族にとっては害でしかない。魔王を倒した力だ。魔族は触れただけで気を失ってしまう。シャルルは違うようだが、彼は特別なのだ。


 魔界でのクリスティーナは人々を救う光の存在ではない。なら、一体何なのだろう。


「いいから、ほら」


 ふさぎこんでいるクリスティーナをレドラックは抱き上げる。そんなレドラックの行動にもクリスティーナは無抵抗だった。


「とにかく外に出てくれ。お嬢ちゃんが出てこないと収拾がつかん」

「……どういうことよ?」


 クリスティーナはレドラックの腕から降りると彼の顔を見上げて眉を顰める。レドラックの言っている意味がわからなかったからだ。


「いや、まあ、なんだ。魔界の伝承と言うか、言い伝えみたいなもんらしい」

「だからなにそれ」


 とにかく外に出ろ、とレドラックはクリスティーナの背中を押して部屋から追い出す。そして、そのまま玄関に向かわせて、レドラックが開けた玄関のドアを抜けてクリスティーナは外に出た。


「おお、魔王様だ」

「魔王様」

「救い主様」


 玄関の外。そこには町の人々が集まっていた。そして、口々に変なことを言っていた。


「言い伝えは本当だったんだ」

「おお、白き魔王様。我々をお救いください」

「……は?」


 わけがわからない。なぜ町の人々はクリスティーナを前にしてひれ伏しているのか。


「ねえ、レドラック。これって」

「クリスティーナ・クリスペール様ですね」


 戸惑っているクリスティーナに老齢の魔族が声をかける。


「私はこの町の長のガルンドと申します。このたびはこの町を助けていただき、町を代表してお礼を」

「え? ああ、うん。それはいいんだけど……」


 クリスティーナは周囲を見回す。町の住民たちがクリスティーナを拝むようにひれ伏している。


「町長さん。詳しい話は中で」


 レドラックに促されてクリスティーナと町長は家の中へと入る。


「まずは改めてお礼を」


 居間にやってきたクリスティーナと町長はテーブルを挟んで向かい合って椅子に座り、レドラックは入り口を守るようにドアの横に立つ。町長は向かいのクリスティーナにテーブルに頭をこすり付けるように深く頭を下げる。


「いいわよ、そんな。私はやれることをかっただけ」


 クリスティーナは町長に顔を上げるように促す。町長は言われた通りに顔を上げると、まじまじとクリスティーナの顔を眺めていた。


「人間、ですな」

「そう、だけど」


 クリスティーナは町長の目を見つめる。その目には敵意のようなものは見られない。


「本当にこの町をお救いいただき、まことに」

「もうお礼はいいから。それよりもあれは何? どうしてみんな私を見て」

「それは、あなた様が魔王だからでございます」


 魔王。それは魔族の王のことを指す言葉のはずだ。だが、クリスティーナは魔族ではない。人間だ。それは町長もわかっているはずだ。


 だが、町長はクリスティーナのことを魔王だという。そして、外にいる町の人々もクリスティーナを見て魔王様と言っていた。


「この国、いえ、この大陸には古い言い伝えがございます。かつていた、大魔王の伝説が」


 町長はそう言うと少し間をおいて語り始めた。


「かつて世界には二人の魔王がいました。それが闇を司る黒き魔王と光を司る白き魔王です。その二人の大魔王が世界の覇権をめぐり争い、この世界は混沌を極めておりました」


 それはよくある言い伝えだ。英雄伝説、創世記。神話の時代の物語だ。


「大魔王たちの戦いは苛烈を極め、この世界は荒れ果て、草木も生えぬ荒れ地と化してしまいました。それを見た白き魔王は嘆き悲しみ、己を恥じて身を引きました。そして、白き魔王は自らの力で世界を元の姿に戻し、この世界から消えた。と言うのが言い伝えでございます。さらにこれには続きがございます」


 白き魔王。白い魔王。光の魔王。


「世が乱れ世界に災厄が訪れる時、すべてを滅ぼし新たな救いの道を与えるために白き魔王が姿を現す」

「……つまり、それが私ってこと?」

「はい。少なくともこの町の者たちはそう考えております。まあ、私は、半信半疑ですが」

 

 村長はクリスティーナのことを魔王だとは考えていないようだ。クリスティーナが人間であると気づいるからだろう。


 だが、町の住人たちは違う。敵国軍を一人で壊滅させグールたちを太陽を落として殲滅した白い肌の少女。


「破滅と救済の白き魔王シエロ。この町の者たちはあなた様が伝説の大魔王だと、そう考えております」


 勘違いである。勘違いも甚だしい。


 ただあながち間違いでもない。


「……魔王、ね」


 クリスティーナは悪夢を思い出す。魔王に体を乗っ取られて新たな魔王になってしまった姿の自分を思い出す。


 そんな悪夢が現実にならないよに頑張って来た。なのに結局、魔王と呼ばれてしまっている。


「あなた様が魔王でないことは重々承知しております。ですが、どうか、どうか我らをお救いください」


 そう言って村長は深く深く頭を下げた。そして、それがすべてだった。


「……わかった。ただし、今だけね」


 がんばって来た。やれることやってきたし、やりたいようにやってきた。悪夢を現実にしないため、最悪の未来を回避するためにどうにかしようとしてきた。


 その結果がこれだ。魔王と呼ばれるようになってしまった。


 ただ、クリスティーナに絶望はなかった。むしろ燃えていた。


「上等よ。やってやろうじゃない」


 破滅と救済の白き魔王。そんな物が実際に存在していたかはわからない。わからないが、そんなことはどうでもいい。


「ちょっと、腹立ってたのよね……」


 クリスティーナは激怒していた。激しい怒りがグログロと体の中を渦巻いていた。


「私ね、子供に手を出す奴が一番嫌いなの」

 

 クリスティーナは立ち上がる。その脳裏にはあの赤ん坊と母親の姿があった。


「レゴッゾ、だったわね……」


 決めた。クリスティーナは決意した。


「ぶっ潰す」


 この時、レゴッゾ魔王国の滅亡が確定した。

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悪役令嬢は金策がお好き。 甘栗ののね @nononem

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