第48話 闇の力
村には三十人ほどの兵士がいた。おそらくは魔王軍の兵士たちだろう。
「で、どうするんだよこいつら」
「全員埋めちゃう? 首が出てれば死なないでしょ」
「お前、どっからそんな考えが出てくるんだ」
とりあえず兵士たちは全員縛って一か所に集めているが、おそらく誰も逃げようとはしないだろう。というかクリスティーナからは逃げられないだろう。
兵士たちから情報は得られなかった。シャルルの兄であるジーベルと乳母のマニャのがどこにいるのかはわからないままだ。そのためシャルルは村人たちに話を聞きに行っている。
「お、お前ら、こんなことをしてただで済むと」
「うるさいわね」
「がぼっ!?」
「た、隊長!」
「き、貴様、隊長に」
「だからうるさいって言ってるの」
「びぎゃぶっ!?」
クリスティーナは口を開いた兵士たちを黙らせていく。
「無駄口叩くんなら二度としゃべれないようにするわよ?」
悪役である。悪者が言うセリフだ。
「なんかシルフィス様に似てきたな、お嬢ちゃん」
「え!? 嫌よそんなの!」
「シルフィス様か。確かに似ているかもしれんのう」
「バドじいまでそんなこと言わないでよ。私はあの人よりまだまともよ」
「そうですなぁ。あの方ならここにいる全員物言わぬ肉の塊になっているでしょうなあ」
バドラッドはどこか懐かしそうに微笑んでいる。
「そう言えばシルフィス様と知り合いなの?」
「ん? まあ、そうじゃな。いろいろあったのう」
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろう。騒ぎを聞きつけて敵の応援が来る前にここを離れたほうが」
「おーい、わかったぞ!」
シャルルがこちらへ走ってくるのが見えた。
「兄上たちはさらに南に逃げたらしい」
「そう、南ね」
南。そちらには深い森が広がっている。
「とにかく行くわよ」
「いや待て、ここはいったん戻ろう」
「なんでよ?」
「どう考えてもここは敵陣の中だ。正直、装備が心もとない」
「そんなの最初からわかってたことでしょ。何をいまさら」
「まあ、確かにそうなんだが」
レドラックはこれ以上進むことを渋っていた。
「正直、わしも同じ意見じゃ」
「どうしてよ?」
「呼吸だよ。お嬢ちゃんは何も感じないのか?」
「呼吸? まあ、確かに喉がヒリヒリするわね」
「ちょっと、ねえ……」
「やはり、光の力ですかのう」
「どういうことよ?」
クリスティーナはレドラックとバドラッドの顔を見比べる。二人の顔はなんだか少し顔色が悪いような気がする。
「どうやら魔界には闇の力が充満してるらしい」
「瘴気とまではいかないまでも、少々苦しいですな、これは」
瘴気とは闇の力によって空気が毒性を持ったものである。どうやら魔界の空気には闇の力が含まれているらしく、弱い毒性を持っているようだった。
「すまない。ボクの説明不足だ」
「いや、こっちも確認しとくんだった」
「お嬢様。ここはひとまず撤退を」
「大丈夫、任せて!」
大丈夫。クリスティーナがそういう時は絶対に大丈夫じゃない。
「ホーリーバーン!」
爆発した。クリスティーナが爆発した。激しい閃光がすべてを飲み込み、白い光で何も見えなくなってしまった。
「め、目が……!」
「やるならやるって先に言え!」
光が晴れる。しかしクリスティーナ以外の者たちは光に目がやられて何も見えなかった。
「どう? 呼吸は楽になった?」
「……まあ、楽にはなった」
「しかしなあ、お嬢様。毎回こんなことをしていては敵に見つかるのでは」
「んー、そうね。ならぶっ飛ばせばいいんじゃない?」
「無茶苦茶だな、お前」
だんだんと目が見えるようになってくる。
目が見えるようになってきたレドラックたちの視界には泡を吹いて倒れる兵隊たちがいた。
「気絶してるみたいね」
「やはり、魔族にとって光の力の効力は抜群のようじゃな」
「おい、どうすんだよ。村の奴らまで倒れてるぞ」
レドラックの言う通り拘束した兵士たちだけでなく様子を見に来ていた村の者たちも泡を吹いて倒れている。どうやらクリスティーナの光に当てられて気を失ってしまったようだ。
「……なるほど!」
「変なことを思いつきやがったな」
「変じゃないわよ、名案よ」
どうやらクリスティーナは何かを閃いてしまったらしい。
「魔族は光の力に弱い。なら、私が敵の中に突っ込んで今みたいに爆発すれば一発で全員やっつけられるってことでしょ?」
「お前……」
まあ、確かにその通りだ。その通りなのだが、それでいいのだろうか。
「一応、みんなの装備に光の力を補給しておくわね。そうすれば呼吸も楽になるんじゃない?」
そう言うとクリスティーナはレドラックとバドラットの装備に光を注ぎ込む。
レドラックたちの装備には魔法金が使用されている。すでにその中に光の力は注入されているのだが、追加でさらに足しておく。
「にしても、やっぱり装備がよう」
「何ぐずぐず言ってるの! 十分でしょう十分!」
装備。一応はゴンドルドの工房からいい物を持ってきてはいる。魔法金の胸当て、魔法金の剣に杖。それ以外にも指輪や腕輪なども装備している。
それに対してクリスティーナのほうはと言うとガントレットと短剣だけだ。両手には光の力により白に変色した魔法金のガントレットと、腰に下げた白い魔法金の短剣。それがクリスティーナの装備のすべてである。
確かに装備が足りていないように思える。けれどクリスティーナにとってはこれで十分なのだ。
なぜなら、強いから。このパーティーの中で一番強いのがクリスティーナだ。
「とにかく前進あるのみよ!」
「どうする、バドラッド」
「進みたくはないが、仕方ないのう……」
クリスティーナはやる気満々である。正直、レドラックもバドラッドも先には進みたくはないのだが、クリスティーナを止められそうもない。
「そういえば、あんたは大丈夫なの?」
「あんたじゃない、シャルルだ」
「はいはい、シャルル。で、大丈夫なの? 浴びたけど」
「なんだその態度は……。まあ、いい。ボクはなんともない」
不思議だった。シャルルは魔族のはずなのに光の力を浴びても気を失っていないどころか何も影響がなさそうだ。
「……ボクが、弱いからかもしれないな」
そう言うとシャルルは視線を逸らす。
「魔族は、ほぼ全員が闇の力を持っている。特にボクたち王家の血を引く者は強い力を持って生まれるんだ。その中でもジーベル兄様は、お前たちの世界に攻め込んだ魔王に匹敵するぐらいの力を持ってる」
「そうなの? じゃあ、早く倒さなきゃ」
「馬鹿。その兄様を助けに行くんだろうが」
「あ、そうだったわね」
「ったく、どうしようもねえお嬢ちゃんだな」
「……おい、ボクの話を聞いてるのか?」
真剣な話をしていたシャルルは大きなため息をついて頭をかく。
「ボクには闇の力がないんだ」
「なるほど、だから光の力を受けても平気だったのですな」
「たぶんな」
魔族はほぼ全員が闇の力を持って生まれる。その力には個人差があるが、ほとんど例外は無く、特に王家の血を引く者は強い力を持って生まれる。
だが、王家の血を引くシャルルには闇の力がまったくなかった。そして、そのことでシャルルは幼少期から辛い思いをしてきた。
「ボクは、出来損ないなんだ。王家の恥さらし、なんて言われてる。でも、そんな僕を兄上は、ジーベル兄様は見捨てなかった」
王家の血を引きながら闇の力を持たずに生まれたシャルル。そのことで周囲に蔑まれ、馬鹿にされ、見下されてきた。王族に対して面と向かって何かを言うわけではないが、それは言葉の端々や態度でシャルルは感じ取っていた。
その中でも特にひどかったのはシャルルのもう一人の兄である第二王子のフラグルだ。シャルルと同じ王族であり兄弟でもあるフラグルはシャルルを露骨に嫌い、その態度を隠そうともしなかった。フラグルは散々シャルルにひどいことを言い、見下していた。
しかし、長兄であるジーベルは違った。王族の中でも群を抜いて強い力を持ちながら、シャルルを邪険に扱うことなく、むしろシャルルに対して一番優しかった。
ジーベルは魔界でも伝説となっている魔王と同等の力を持ちながら、暴力や争いごとを嫌う心優しい青年だった。
「優しい人なんだ、兄様は。本当に虫も殺せないぐらいに」
強い力と優しい心を持った魔族の王子様。そんなジーベルをフラグルは憎んでいた。力を持っているのにそれを使わず、平和だの安定だのと世迷い言ばかりのたまう兄を疎ましく思っていた。腑抜けた軟弱者だとフラグルは思っていた。
だが、そんな腑抜けの軟弱者にフラグルは遠く及ばない。好戦的で嫉妬深く野心家のフラグルはそれほど強い闇の力を持っていなかった。
「でも、今の兄上は力を失ってる。ボクをなんかを逃がすために力を使って」
シャルルはどこか悔しそうに唇を噛む。弱い自分を不甲斐なく感じているのかもしれない。
だか、そんなシャルルのことなどクリスティーナはまったく気にしていなかった。
「そうなのね。なら急がないとね」
そう言うとクリスティーナはシャルルを抱き上げる。勇者がお姫様を抱き上げるよにだ。
「な、なにするんだ!」
「レドラック、バドじいをお願い」
「あー、わかったよ」
レドラックはクリスティーナに言われた通りバドラッドを背負う。
「は、離せ!」
「ちゃんと掴まってないと落ちるわよ!」
「おわっ!?」
走り出した。クリスティーナはシャルルを抱きかかえ、レドラックはバドラッドを背負って南へと走り出した。
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