第47話 魔族からしても非常識

 さて、どうやって魔界へ行こうか。


「……やはり、閉じてしまっているようですなぁ」


 いつもの洞窟。金ピカゴーレムが出るダンジョンの奥にクリスティーナたち四人はやってきた。シャルルが通って来たと考えられる魔界への道がまだ残っているのではと考えたからだ。


 しかし、すでに道は閉じてしまっているようだった。これでは魔界へ行くことができない。


「でも、なんかそこに傷? 見たいのがあるわね」

「おお、見えますかなお嬢様。確かに魔界への道があった痕跡はありますが、これでは通ることはできません。なにか広げる方法でもあればいいのですが、それには膨大な魔力が」

「うーん、広げればいいのね」


 広げる。そう簡単に言うが世界の壁に穴をあけるのだ。そんなことが普通できるわけがない。


「よい、しょっと」


 できた。


「これで通れそうね。さあ、行きましょう!」


 クリスティーナは空間にできた傷に両手を突っ込んで強引に広げたのだ。やり方が強引で脳筋すぎる。


「……こいつ、本当に人間か?」

「まあ、おそらくそうなんだろうとは俺も思う……」


 シャルルがドン引きしている。レドラックとバドラッドは苦笑いだ。


 そしてクリスティーナはそんな皆の態度も様子も気にもしない。


「なにしてるの? 早くしないと閉じちゃうわよ」


 広げられた空間の穴はゆっくりと閉じようとしている。


「なあ、じいさん。これ帰ってこれるのか?」

「閉じたら無理じゃろうなぁ」

「ほら、早く早く!」

「……まあ、行ってから考えるか」


 とにかく後のことは魔界に行ってから考えよう。


 というわけでクリスティーナたちは魔界へ続く道へと入ったのである。


 そして、すぐに出たのである。


「道、っていうか扉っていうか。まあ、どうでもいいわね!」


 空間の穴を通って出た場所はどこかの森の中だった。シャルルは森に出るとすぐにあたりを見渡して何かを探しているようだった。


 クリスティーナたちも周囲を見渡す。そこは人間界にもありそうな森の中だった。一見すると本当に魔界に来たのかと疑ってしまうぐらいだ。


 ただ自分たちが別の場所に来たのは確かだ。空を見上げると空は分厚い雲で覆われていた。もといたところは晴れていたのに今はどんよりと曇っている。


「シャルル殿下、ここは一体どこですかね?」

「王都の南にある村の森だ。ここで兄上やマニャと別れたんだ」


 シャルルは説明しながらずっと何かを探しているようだった。そして一通り周囲を見て回ると、なぜかホッと安堵したように息をついた。


「どうやら、逃げられたみたいだ」


 クリスティーナたちも周囲を観察する。周りには人の気配もなければ死体も転がっていない。


 そんな中、バドラッドは一人だけ地面に杖で何かを描いていた。どうやら何かの目印らしいが、それが何なのかを聞く前にシャルルが話し始めた。


「異界渡りには大量の魔力を使うんだ。普通なら死んでしまうぐらいの」


 シャルルが言うにはここで兄であるジーベルが異世界へ通じる道を開いたらしい。そして、それには相当な量の魔力を消費するのだという。


「よかった、まだ、生きてる」

「なら、さっさと見つけないとね」


 今にも泣きだしそうなシャルルの背中をクリスティーナはポンと叩く。


「で、お兄さんが行きそうな場所は?」

「……わからない」

「そっか。なら、まずはお城ね」

「……は?」


 城? いったいどこの城なんだ、とクリスティーナ以外の三人は頭に疑問符を浮かべる。


「おい、どこに行くつもりだ?」

「え? だってお兄さんの居場所がわからないんでしょ? なら一番わかりやすい場所に行けばもしかしたら来てくれるかもしれないじゃない」

「お嬢様、城、とはまさか」

「お城はお城よ! 魔王城!」

「馬鹿かお前は!」


 馬鹿。本当に馬鹿である。


「あのな、こっちは四人しかいないんだぞ? どう考えても戦力が足りない」

「それにですな、お嬢様。我々の目的はシャルル殿下の兄上を助け出すことで」

「じゃあ、どこに行くの?」

「村に行ってみよう。あ、でも、もしかしたらもう、敵に」

「その村ってどっち?」

「え? あっちに」

「あっちね!」

「お、おい待てお嬢ちゃん!」


 シャルルがうっかり示してしまった方向にクリスティーナはレドラックの制止も聞かずに走り出した。


「追いかけるぞ!」

「まったく、しょうがないお嬢様じゃよ」


 もう行くしかない。村の状況はわからないがクリスティーナを一人で行かせるのは危険だ。


 危険、なはずである。


「なあ、あいつはいつもこうなのか?」

「ああ、いつもこんなだ」

「……大変だな」


 大変である。魔族の王子様に同情されるぐらいに大変だ。


 そして、もっと大変だ。


「誰だ貴さぐわあああああ!!」

「どこからきぐぼおおおおおおお!!?」

「な、なんなんだお前は!」


 村の方向から激しい閃光が見える。どうやら始まってしまったようだ。最悪だ。本当に何も考えていない。


「ぎゃあああああああああ!!!」

「た、助けてくれ!」

「ホーリーバスター!」

「ひぎいいいいいいいいいいいい!!」


 村には敵がいた。いたのだが、その敵らしき兵隊が逃げまどっている。


「こらー! 逃げるなー!」

「助け、たすけてくれえええええ!!!」


 兵士が宙を舞う。クリスティーナが兵士たちを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、光の力で吹き飛ばしている。


「な、何事だこれは!」


 クリスティーナが暴れているとなんだか偉そうな人間が出て来た。どうやらこの場所を仕切っている司令官か何かだろう。


 さっさと逃げればよかったのに、哀れな司令官はクリスティーナに目をつけられてしまった。


「おりゃああああ!!」

「ぎゃふうううううううう!!?」

 

 あっという間に制圧完了である。


「……おい」

「言わないでくれ」

「頭が痛いのう……」


 バドラッドの考えではもっと静かに行動して敵にバレないようにシャルルの兄を探し出す予定だった。予定だったのだが、まさかいきなりこんな行動をとるとは予想できなかった。


 できなかった?


「予想は、できたな」

「そうじゃな。事前に打ち合わせをせなんだわしらが悪い」


 昔はもう少し思慮深かったような気もするが、最近は考えなしの行動がひどくなっているような気がする。


 いや、にしても今回はひどい。おそらく魔界や魔王と言う言葉に興奮してはしゃいでいるのかもしれない。


 と、そんなテンション高めのクリスティーナは兵士たちを一か所に投げて集めると彼らに尋問を始めた。


「ねえ、お兄さんはどこ?」

「お、お兄さん?」

「素直に言わないとどうなるかわかる?」

「いや、だからお兄さんというのは」

「そう。あくまでシラを切るつもりなのね」

「いや、だからそのお兄さんは一体誰ぬがふっ!?」

「よし、次」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 兵士たちの悲鳴が聞こえる。だが、誰もその場から動けない。


「あなたは素直に教えてくれるわよね?」

「や、やめてくれ、殺さないで」

「殺さないわよ。大人しく吐いたらね」


 尋問のやり方が無茶苦茶だ。そもそも質問が不親切すぎる。


「お嬢ちゃん、誰のお兄さんか言わなきゃわからねえだろうが」

「ん? ああ、そう言えばそうね」

「最初に気が付け」

「だって、尋問なんて初めてだし」

「もういい、代われ。俺がやるから」


 クリスティーナに代わりレドラックが兵士たちへの尋問を始める。レドラックは怯え切った兵士たちを一度見渡すと、大きなため息をついた。


「一応、殺してはいないんだな」

「なによ、私を殺人鬼か何かだとでも?」

「違う違う、ちゃんと手加減してるんだな、と思っただけだ」

「そう? もっと褒めてもいいのよ」

「ああ、えらいえらい」


 ふふん、とクリスティーナは胸を張っている。今年で十五歳になるはずなのだが、どうも精神年齢は幼くなっている気がしてならない。


「さてと、始めますかね」


 レドラックはもう一度一か所に固まってブルブル震えている兵士たちを見渡して、こう言った。


「本当に魔族だな……」


 魔族だ。褐色の肌、白い髪、赤い目、そして角。明らかに人間とは違う容姿をしている。


 正直、レドラックは実感がなかった。道を通って魔界に来たが、それほど人間界と景色が変わったわけではなく、本当に魔界に来たのかと少し疑っていたぐらいだ。


 だが、目の前にいる集団を見て、ここは魔界なのだとレドラックは実感していた。


 人間にとって恐怖の対象である魔族。のはずなのだが、兵士たちはすっかり戦意を喪失している。装備からして正規兵のようだが、なんというか運が悪いというか憐れである。


「あー、なんだ。大人しく全部吐いてくれ」

「そうよ! 大人しく吐いたほうが身のためよ!」

「……本当に吐いたほうがいいぞ。本当に」

「は、話す。話しますぅぅぅぅぅぅぅ!」


 こうしてどうにかこうにか尋問できたのである。


「さあ! どんどんぶっ飛ばすわよ!」


 そして、クリスティーナはさらに張り切るのだった。


「なあ、こいつ本当に人間なのか?」


 そんな非常識な行動ばかりとるクリスティーナを見てシャルルは真剣な表情でそう言った。

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