第46話 魔界へGO!!

 シャルル・ルルエンス・バルディオン。それが洞窟の奥で倒れていた少年の名前である。


「ボクはバルディオン魔王国の第三王子だ。わかったか、人間」

「なによ、こっちはレジェンドル王国第二王子よ」

「変なことで張り合うな。恥ずかしい」


 どうやらシャルル少年は魔王の血を引く王族様のようだ。確かにどことなく高貴な感じはするような気がしないでもない。


「ついでに第二王女もいるのよ。こっちの勝ちね」

「だから変なことで張り合うなよ、お嬢ちゃん」


 クリスティーナとシャルルはバチバチと火花を散らしている。


「その辺にしておきなさい。で、シャルル殿下。あなたの望みはなんですかな?」


 無駄な争いをしている二人を遮り、バドラッドが話を進める。


「ボクは、元の世界に帰りたい。一刻も早く戻らないといけないんだ」


 魔界。シャルルはそこから来たらしい。そこはかつてこちらの世界に破壊と混乱をもたらした魔王がいた世界だ。


 どうやらシャルルはその魔王の血筋のようだった。過去にさかのぼるとレジェンドル王国があるこちらの世界に侵攻してきた魔王に行き当たるらしい。


「早く戻らないと、兄上やマニャが……」


 兄上とマニャ。それはシャルルの兄のジーベルと、シャルルを赤ん坊のころから世話をしている乳母のマニャのことだ。どうやらシャルルの説明では二人の命が危ないらしい。


 事態は急を有する。そして、危険だ。


「本当なら、お前ら人間の力を借りるのは嫌だが」

「じゃあ貸さない」

「な!? こっちが下手に出れば」

「まあまあ。お嬢様、ここは抑えてくだされ」

「嫌よ。助けられてもお礼も言えない、人に物を頼む態度も知らない。そんな相手のお願いなんて聞きたくないわ」

「昨日殺しかけたくせによく言うねぇ」

「なっ!? それは言わない約束よ」

「殺し? なんのことだ人間」

「なんでもないわ! とにかく私は聞く気はないから」


 クリスティーナは不機嫌そうに顔をそむける。そんな態度のクリスティーナに皆は呆れる。


「クリスティーナ。話を聞いてあげましょう」

「そうです、クリスティーナさん。困っているのですから」

「別に助けないとは言ってないわよ。ただ、頼み方ってものがあるでしょうって話」 


 頼み方。さて、それはどう言うことだろうか。


「……どうすればいい?」

「そうね。土下座でもしてもらいましょうか」

「なっ! 魔王の息子であるこのボクが人間如きに頭を下げろと?」

「そうよ」


 クリスティーナとシャルルは睨み合う。


「別にあんたを侮辱したいわけじゃないわ。ただ、覚悟を見せてほしいって言ってるの」

「覚悟、だと?」


 クリスティーナは椅子から立ち上がり、椅子に座るシャルルの前に立つ。


「あなたは魔族。それも魔王の息子。そんな相手に力を貸すのよ。こっちも覚悟しなくちゃならない。だから、そっちも覚悟してもらわないと釣り合わないでしょう?」


 さあ、どうするんだ。と言うようにクリスティーナはシャルルを見下ろす。シャルルはそんなクリスティーナの視線を真正面から受け止め、まっすぐクリスティーナの目を見上げていた。


「……わかった」


 そう言うとシャルルは椅子から立ち上がり、その場に片膝をつく。そして。


「……頼む。助けてほしい」


 そう言って深々と頭を下げた。


「何してるの? 私は土下座って言ったのよ」

「な、貴様」

「冗談冗談。レドラック」

「はいはい、なんですかね」

「すぐに準備して。バドラッド」

「なんですかな、お嬢様」

「魔界に行くにはどうすればいいかわかる?」

「そうですなぁ。おそらくシャルル様が通って来た『道』があるかと思われますが」

「それ、どうにかできる?」

「やってみましょう」

「ありがとう。エダ、ニナ」

「はい」

「なんでしょう、クリスティーナ様」

「後のことは頼むわね。それじゃあ、さっさと魔界に」

「おい、俺たちはどうすればいい」


 一通り指示を出し終えたクリスティーナにアルベルトが問いかける。


「みんなは待機してて。もしかしたら、ほかにも魔界から何か来るかもしれないし」

「わかりましたわ」

「が、がんばります」

「……俺も」

「アルベルト」

「……わかったよ、姉上」


 どうやら居残ることにアルベルトは不満があるらしい。だが、仕方がない。なんと言ってもアルベルトは王族なのだ。そんな人間を魔界などと言う危険な場所に連れていけるはずがない。


「レドラック、バドラッド。準備が整い次第出発するわよ。シャルル、それでいい?」

「……ああ」

「よし。それじゃあ気合入れていくわよ!」


 こうしてクリスティーナたちの魔界行きが決まったのである。


 まずはその準備としてクリスティーナはバドラッドの工房へ走った。


「ゴンドルド!」

「おう、久しぶりだな、嬢ちゃん。元気そうじゃねえか」

「ええ、元気元気! それより急なんだけど」

「ははは、問題ねえぜ。何が欲しい?」

「一番いい装備をちょうだい!」

「おうよ。任せな」


 久しぶりに顔を見たゴンドルドは相変わらず毛もくじゃらで力に漲っていた。


「そういえばエルクスとハリーは元気? ちゃんとやってる?」

「ああ、元気にしてるぜ。今日も張り切ってたよ」


 エルクスとハリー。それは孤児院にいた孤児のことだ。二人は現在ゴンドルドの工房で修行中である。


 ほかにも孤児院を離れて働いている者たちがいる。バドラッドのところで魔法使いを目指している者や、ハインツのところで商人としての道を歩み始めている者もいる。衛兵隊に入った者もいればクリスティーナの屋敷で働いている者もいる。


 孤児院にいた子供たちも成長しそれぞれの道を歩み始めていた。


「いやしかし、読み書きができるから重宝してるよ」

「でしょう? みんな優秀なんだから」


 この町の孤児院では子供たちに読み書きや簡単な算数を教えている。それは独り立ちした後でも困らないようにするためだ。


 文字が読める計算ができる。それだけで人生が、生活が変わる。文字が読めれば騙されることも減るし、計算ができればお金を誤魔化されることも少なくなる。


「いつかこの町に大きな学校を作りたいのよ。っと、そういう話はまた今度」


 クリスティーナには目標がいくつもある。町に学校を作るというのもその一つだ。そのためにはお金と人がいる。つまりは設備と教師だ。今はクリスティーナの元家庭教師が孤児院で先生をしているが、やはり一人だけではまったく足りていない。


「そうだ嬢ちゃん。二人に挨拶してくかい?」

「んー、また今度にする」

「そうだな。今度ゆっくり会うといい」


 とそんな会話をしながらクリスティーナは装備を整えていく。ついでにレドラックとバドラッドの装備も受け取ると、クリスティーナは急いで屋敷へと戻った。


「じゃあ、とりあえず状況を整理するわよ。まず、魔界の現状から」


 クリスティーナたちは魔界へ出発する準備をしながら、現在の状況について改めて確認していく。


 魔界。それは魔族が住む世界だ。正確には魔人族が住む世界のことである。


 その魔界には魔人族の他にもいくつかの種族が存在している。それが獣人族と妖人族だ。


 魔界ではその三種族が常に覇権を争い戦いを繰り広げている。少なくともシャルルの生まれた国であるバルディオン魔王国が存在する大陸ではそうだった。


 そんな三種族をかつてまとめ上げた者がいた。それがシャルルの先祖でありクリスティーナたちの世界に攻め込んで来た魔王バルディオン三世だ。バルディオン三世はその強大な力により魔界の大陸全土をほぼ手中に収めた。


 そして、さらなる領土獲得のためにバルディオン三世はクリスティーナたちの世界である人間界に戦争を仕掛けたのだ。


 だが、結果は惨敗。バルディオン三世は伝説の光の聖女とその仲間に打倒され、二度と魔界に戻ることは無かった。


 そんな偉大で強大な指導者を失い国は分裂。最終的には獣人族と妖人族はそれぞれの国を築き、魔人族は三つの大国と複数の小国に分かれ現在に至る。


 その大国の一つがバルディオン魔王国である。


 現在、バルディオン魔王国は混乱の最中だ。シャルルの話によると同じ魔人族の大国である『レゴッゾ魔王国』と『フーラル魔王国』が同時にバルディオンに侵攻を開始し、それと時を同じくしてバルディオンの宰相であるバガンと第二王子であるフラグルが父である現魔王を裏切り、魔王は殺害されてしまった。


 シャルルはその混乱の中、第一王子であるジーベルにより城から乳母のマニャと共に脱出。そしてその逃亡の途中に追手に見つかり、シャルルたちは追手から逃れるためにある魔法を使った。


 その『異界渡りの法』と呼ばれる魔法だ。


 それはかつてバルディオン三世が人間界に侵攻する際に使用したものだった。


 ただし今回は追手から逃げるためだ。人間界にまで逃亡すれば当分の間は追跡して来れないだろう、というジーベルの判断だった。


 だが、全員で逃げることは出来なかった。人間界に来られたのはシャルルだけだった。


 そして偶然なのかなんなのか、シャルルは金ピカゴーレムのダンジョンの中に転移して今に至る。


「つまり全員ぶっ飛ばせば万事解決ってことね」

「なんでそうなるんだよ」

「短絡的じゃのう」

「じゃあどうすればいいのよ! 全部倒せば終わりでしょ」


 状況をまとめてこれからどうしようと考えた結果がこれである。クリスティーナはやはりいつまで経ってもクリスティーナのようだ。


「とにかくじゃ。シャルル殿下を魔界へ送り届け、第一王子のジーベル殿下と合流することを考えよう。まあ、生きていればじゃがな」

「生きているに決まってるだろう! 兄上はそう簡単には」

「わかっておる。じゃが、そういう状況も想定して動かなければならんぞ」

「そ、それは……」


 バドラッドの言う通りだ。常に最悪の状況も視野に入れて判断しなければならない。


「というかそもそもよ。本当に行けるのか、魔界に」


 そう、そもそもそれが問題だ。魔界に行けるかどうかそれが問題なのだ。


「まずは洞窟に行ってみましょう。あそこにこいつがいたんだから」

「こ、こいつ? こいつとはなんだ、ボクにはちゃんと名前が」

「うるさいわねぇ。名前で呼ばれたかったらちゃんとやりなさい。ほら、荷物持って」


 クリスティーナはシャルルの荷物を彼に渡す。


「こっちもできるだけのことはやる。全力を尽くす。だから、あんたもしっかりしなさいね」

「……わかった」


 シャルルは荷物を受け取りギュッと胸に抱く。


「さあ、行くわよ! 魔界へ!」


 準備は整った。万全ではないが、どうにか出発はできる。


 あとは魔界へ行って生きて戻ってくるだけである。


「待っててよ、兄上、マニャ」


 シャルルは荷物を背負う。その顔には悲壮な決意と強い覚悟が見て取れた。

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