第45話 魔界から来たシャルルくん

 翌朝、無事に少年は目を覚ました。


「離せ! 兄さんたちのところへ行くんだ!」


 目を覚ました少年は最初はぼんやりとしていたが、次第に意識がはっきりしてくると自分が知らない場所にいることに気が付き騒ぎ出した。


 部屋を飛び出そうとする少年と、それを引き留めるレドラックとエダ。しかし、少年は暴れて言うことを聞いてくれない。


「ボクの言うことが聞けないのか! ボクを誰だと」

「うるさい!」

「んなっ!?」


 部屋を飛び出そうとする少年をクリスティーナは一喝する。


「あんたが誰だかなんて知らないわよ! それよりも先にお礼を言いなさい! せっかく拾ってあげたのに!」

「誰が助けてくれなんて!」

「ああ、そう。なら捨てましょうか」


 クリスティーナは暴れる少年の襟首をつかみ、窓のほうへと歩く。


「は、はが、ぜ。ぐ、ぐるじ」


 少年はクリスティーナの手を掴み引き離そうとするがまったくビクともしない。そんな少年を引きずるように窓のところまで来たクリスティーナは窓を開けて、投げ飛ばした。


「せー、の!」

「うわあああああああああああああああああ!!?!!?」


 クリスティーナは片手で窓から少年を放り投げた。


「これでよし!」

「よかねえ!」


 レドラックは窓から飛び出す。そのスピードはクリスティーナの全力には劣るが、投げ飛ばされた少年に追いつくぐらいはできるだろう。


 そして、十数分後。


「こ、殺す気か!」


 何とか落下して大けがをする前にレドラックに助けられた少年は、戻ってくると涙目になりながらクリスティーナに抗議の声を上げた。


「お前は少しは考えて行動しろ!」

「考えてるわよ。この程度じゃ死なないって」

「死ぬんだよ普通は!」


 やはりクリスティーナの感覚はどこかおかしい。というか以前よりもさらにひどくなっているような気がする。


「あの姫様のせいだな。ちくしょうが……」


 おそらくシルフィスと関わるようになって感覚がさらにおかしくなっているのだろう。とはいえ、あのお姫様を止められる力は誰も持っていない。関わるなと口で言ったとしても、力で押さえ込まれるだろう。


「で、あんた誰なの?」

「ぶ、無礼者。ぼ、ボクをだ、だれ」

「名前は?」

「……シャルル」


 クリスティーナに詰め寄られた少年、シャルルはやっと自分の名を名乗った。どうやら力では勝てないと悟ったのだろう。先ほどよりもだいぶ大人しくなっている。


「私はクリスティーナ。この地域を治める領主よ」

「領主? お前みたいな変な女が?」

「よーし、もう一度空を飛びたいみたいね」

「ひぃっ」


 襟首をつかまれそうになったシャルルは慌ててそれを手で払いのけ、体を縮めて震え出す。


「なんだか、姉上に似始めているような……」


 暴力でねじ伏せようとするクリスティーナの姿にアルベルトは自分の姉の姿を重ねる。おそらく、似てきているのは本当だろう。


「で、なんで洞窟にいたの?」

「洞窟? なんのことだ」

「嘘ついたらまた投げ飛ばすわよ?」

「う、嘘じゃない! 本当に知らない!」

「お嬢様。ここは少し落ち着いて話を聞いたほうがいいかと思うがのう」


 再び窓から投げ飛ばそうとするクリスティーナをバドラッドは制すると、怯えるシャルルの前に立ち穏やかな目でバドラッドはシャルルを見つめる。


「赤い目。お前さん、魔族じゃな?」


 バドラッドはシャルルの目を見つめる。その宝石のように鮮やかな赤い色の大きな瞳をのぞき込む。


「そ、そうだ。ボクは魔族だ。というか、お前たち、何者だ?」

「何者って、人間よ」

「人間!? じゃあ、ここは、人間界……」


 シャルルは慌てた様子で部屋の隅に行くと身を守るように両手を前に出し、部屋にいる者たちを威嚇し始める。


「な、何を企んでいる! ボクをどうするつもりだ!」

「何言ってるのよ。何もしないわ」

「嘘つけ! さっき投げ飛ばしただろ!」


 確かにその通り。警戒されて当然である。


「ほら見ろ、変に疑われたじゃねえか」

「なによ。私が悪いの?」

「お嬢様が悪いですね」

「ごめんなさい、私でも擁護できません」

「エダはニナまで」


 全会一致。その場にいる全員が賛成。


 クリスティーナが悪い。以上。


「わかったわよ! 謝るわよ!」


 そう言うとクリスティーナはシャルルの前に立ち、深く深く頭を下げる。


「悪かったわ。私が軽率だった」

「……ふん、わかればいいんだ」

「よーし、また投げ飛ばされたいのね」


 クリスティーナはシャルルの首を掴む。


「わ、悪かった!」

「わかればよろしい」

「……何やってんだよ、ったく」


 二人のやり取りにレドラックは呆れ顔でため息をつく。

 

「と、とりあえず話が進まないですし、いったん落ち着きましょう」


 と言うアンナの提案によりいったん落ち着くために少し時間を置くことにした。


「な、なんなんだあいつは」


 クリスティーナたちは部屋から出ていく。部屋に残ったのはシャルルとレドラックの二人。 


「あー、悪いね。うちのお嬢様が」

「ふ、ふん。べ、別に怖くなんて」

「何も言ってないぞ?」

「う……」


 どうやら投げ飛ばされたのが相当怖かったようだ。


「悪い人間じゃないんだ。お前さんをどうこうするつもりもない。それは理解してほしい」


 レドラックは近くの椅子を引き寄せるとその椅子に腰かけ、シャルルにも近くの椅子に座るように促す。


「こっちとしても事情が知りたいんだ。領地の異変が気になるのは領主として当然だろう?」

「あ、あの女は本当に領主なのか?」

「そうだ。最近なったばかりでいろいろとな」


 シャルルはレドラックと向い合せるように椅子に座る。


「……ここは、どこなんだ?」

「レジェンドル王国」

「レジェンドル、王国」

「知ってるか?」

「ああ、大昔の国王が攻め込んだ国だ」

「……なるほどね」


 レドラックは椅子に深く腰掛けると腕を組む。


「とにかく俺たちはお前さんに危害を加えるつもりはない。話によっては協力するつもりだ」

「本当か!?」

「内容次第だ」


 そう、本当に内容次第だ。この国に攻め込むなどと言う話ならばお断りだが。


「話はみんなにしてくれ。今は落ち着いて、話す内容でもまとめておけ」

「……わかった」


 シャルルは静かに黙り込む。レドラックはそれを黙って眺めている。


「話がまとまったら部屋を出るぞ」


 それからしばらく沈黙の時間が流れる。しかし、それほど長くはなかった。


「……お前の名前は?」

「レドラックだ。出るのか?」

「ああ、いろいろと、説明したいことがある」


 二人は椅子から立ち上がる。そして、シャルルを前にして部屋を出ていった。

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