第44話 妖しい少年
とりあえず洞窟の中で倒れていた少年を屋敷に連れて来た。
「確かに、普通の人間ではないようですわね」
「そうですね。人間に角は、ないですもんね」
客室のベッドに横になり少年は静かに目を閉じている。呼吸はしていることから生きてはいるようだが、目を覚ます気配はない。
「でも、どうしてダンジョンの中に?」
「さあ、わからないわ。どこから紛れ込んだのかしら」
光の力を持つ三人娘はベッドで寝ている少年を眺めながらあれやこれやと話し合う。そんな三人をエダは部屋から追い出す。
「さあさあ、お嬢様方。静かにできないのなら出て行ってください」
三人は大人しく部屋から出る。外に出るとそこにはアルベルトとレドラック、そしてバドラッドが待っていた。
「どうでしたかな?」
「怪我は無さそうね」
「大丈夫なのか、一人で」
「大丈夫じゃないかしら。特に危険な気配はなさそうだし」
クリスティーナは後ろを振り返りドアを見つめる。部屋の中にはエダとあの少年しかいないが、危険はないだろう。おそらく。
「それよりその子供には角が生えていたというのは本当なのか?」
「はい」
「褐色の肌、白い髪、そして角か。伝説に出てくる魔王、魔族の特徴に似ているな」
アルベルトもドアに目を向ける。その目は鋭く、アルベルトは明らかに中の少年を警戒しているようだった。
「まあ、そんなことはいいから」
「いいわけがないだろう。もしかしたらあいつが、魔王なのかも」
「あれが? んなわけないじゃない」
「しかしだな」
「アルベルト、心配し過ぎですよ。それに何かあってもレドラックがいます」
「なんで俺なんですかね」
「頼りにしていますよ、レドラック」
レドラックは疲れたようにため息をつく。いや、本当に疲れているのだろう、体も心も。
「とりあえずどうにかなった。ダンジョンの入り口も再封印したし、あとはあの子供が目覚めるのを待つだけじゃ」
「ありがとう、バドじい。迷惑かけるわね」
「いやいや、お嬢様も帰ってきてそうそうお疲れ様じゃよ」
「みなさーん、お茶の準備ができましたよ」
ニナが呼んでいる。到着してそうそう騒動に巻き込まれてしまったクリスティーナはここで一息つくことにした。
まだ何が起こるかわからない。これで終わりと言うわけではないかもしれないのだ。
「とりあえず休憩が済んだら交代であの子供を見張ることにするか。いいな、お嬢ちゃん」
「ふぉがもがもご」
「……飲み込んでからしゃべれ」
というわけで謎の少年を拾ったわけだが。
「ぐっすり眠ってるわね」
夜、見張りを交代したクリスティーナは少年が眠るベッドの横に椅子を置き、そこでじっと少年を観察していた。
褐色の肌、白髪、角。それは明らかに彼が人間ではないことを示している。そして、身につけている衣服からは彼が裕福な家の生まれであることもなんとなくわかる。
少年の身につけているシャツは絹だろう。履いているスラックスも良い素材を使ったているようだ。今は脱いでいるが靴も革製の上等な物だし、少年の肌つやも良くわずかにだが爽やかで甘い匂いもする。
そして、美しい。ものすごい美少年だ。そう言う趣味のない男性でも理性を失い飛びつきそうな妖しい魅力を持っている。
持っているのだが、クリスティーナにはまったく効いていなかった。
「この服、いくらするのかしら。かなり高そうね」
と少年本人ではなく彼の身につけている衣服や靴に興味津々だった。
「この靴も牛革じゃないわね。なにかしら? ウロコみたにみえるけど」
「う、ん……」
ベッドの下に置いてあった靴を手に取り眺めていたクリスティーナは慌てて靴を元の場所に戻す。
「起きた、のかしら……」
「マニャ、あに、うえ……」
起きたわけではなさそうだった。
「夢でも見ているのかしら?」
クリスティーナは少年の顔を覗き込む。
その時だった。
「マニャ! 兄うがっ!?」
「ぎょが!?」
突然少年が勢い良く起き上がり、クリスティーナと少年の頭が激突した。
「い、たた……」
「んぎいいいいい!!」
クリスティーナは額をさする。それに対して少年は頭を抱えてベッドをのたうち回っていた。
「どうしたお嬢ちゃん!」
「なにかあったのですか!?」
騒ぎを聞きつけたレドラックとエダが部屋に飛び込んでくる。
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと頭がぶつかっただけだから」
「ちょっと?」
「お嬢様、痙攣しているようですが……」
「う、ぎゅぎゅ……」
クリスティーナは少年に目を向ける。先ほどまでのたうち回っていた少年はベッドの上で泡を吹いて痙攣していた。
「大丈夫ですか!? しっかり!」
「頭がぶつかっただけでこんなになる?」
「肉体の強度を考えろ。お嬢ちゃんは普通じゃねえんだから」
レドラックの言う通り。クリスティーナはものすごく防御力が高い。つまりは無茶苦茶固いのである。おそらく少年は鉄の塊に全力で頭をぶつけたのと同じ状態だ。泡を吹いて失神しても無理はない。
「頭ってこんなに凹むのね」
「何をのん気なことを言っているのですか!」
「大丈夫よ。これくらいなら私の力で」
少年の頭が凹んでいる。どうやら頭蓋骨が陥没しているようだ。
だがしかし、それぐらいならクリスティーナの光の力でどうとでもなる。ということでいつも通りクリスティーナは光の力で少年の治療を試みた。
と、そこである疑問を抱いた。
そう言えば、バドラッドやアルベルトがこの少年のことを気にしていた。伝説に出てくる魔王の姿に似ていると。
確かに普通の人間には角なんか生えていない。となると、もしこの子が魔王だとしたら、光の力で治療をして大丈夫だろうか。
魔王に対して光の力は弱点だったはずで、その力をこの子に使ったら……。
とクリスティーナは気が付いた。
気が付いたが、遅かった。
「キョーーーーーーーー!!!」
クリスティーナは少年に光の力を浴びせた。すると少年は両目をカッと見開き珍妙な声を上げてブルブルと震え始めたのだ。
「何やってんだ!」
「わ、私は治療をしようとしただけで」
「すぐにバドラッド様を呼んでまいります!」
少年の異変を見たエダは急いでバドラッドを呼びに部屋を飛び出した。残された二人はというと、どうすることもできずアワアワするしかなかった。
本当に大変なことになってしまった。ただ凹んだ頭を元に戻してあげようと思っただけなのに。
「そうよ! もしかしたら力が足りないのかも!」
「なんでそうな、おい待てやめろ!」
クリスティーナはさらに光の力を少年に流し込む。レドラックがそれを止めようとしたが、もう遅い。
クリスティーナは少年にさらに光の力を注ぎこんだ。
「バルバルバルバルバルバルバルバル――」
「どうすんだ! 壊れちまったじゃねえか!」
「だ、だだ、大丈夫よきっと!」
「バルバルバルバルピーーーーー……」
止まった。
「……止まったわね」
「止まったな」
レドラックは恐る恐る動かなくなった少年の心臓に耳を当てる。
「……とりあえず、生きてる」
「き、傷も治ってるみたいね。ほら見なさい、大丈夫だったじゃない」
「よかねえよ。ったく、死んだらどうするつもりだったんだ」
「そ、それは……」
クリスティーナはしょんぼりと肩を落とす。さすがに混乱していたとは言えやり過ぎたかもしれない。
「とにかくバドラッドが来るのを待とう」
「こんなことなら屋敷に泊まってもらえばよかったわね」
バドラッドはいろいろと確かめたいことがある、と自分の工房に戻っていた。何かあった時のために近くにいてほしかったのだが、いないものは仕方がない。
「もう何もすんじゃねえぞ」
「わかってるわよ」
二人は大人しく静かに寝息を立てている少年を見守りながらバドラッドの到着を待つのだった。
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