第42話 夏休みになりました

 クリスティーナの学校生活は彼女の思った通りにはならなかった。


「もうイヤあの人! 私を殺す気なの!?」


 クリスティーナはベッドの上で手足をバタバタさせて暴れている。その様子をニナとエダが呆れた様子で眺めている。


「いつもいつも自分の都合ばっかりでこっちのことなんてなんにも考えてない! 自分勝手! 傍若無人! 自己中心的にもほどがあるわ!」

「それはお嬢様もなのでは?」

「私はアレよりはマシよ!」

「あー、自覚はあるのですね」


 アレとはシルフィスのことだ。クリスティーナは自分以上のワガママ勝手な自己中人間に出会い、それに嫌と言うほど振り回されていた。


 シルフィスとの殴り合いの後、いろいろとあった。エダが戻って来て、許可を得たのでダンジョンに潜って、魔石を換金してお金を稼いで、シルフィスのワガママに付き合ってきた。


 シルフィスは本当にワガママで自己中心的だった。突然現れて無理矢理連れ出され稽古に付き合わされたり、凶暴なモンスターの討伐にかり出されたり、時にはクリスティーナのダンジョン探索にも付いてきた。授業があろうがなかろうが、朝昼晩深夜早朝お構いなしなのだ。


 一度、校長に助けを求めたこともあった。シルフィスは部外者なんだからどうにかしてくれ、と願い出たのだ。


 しかし、うまく行かなかった。校長はクリスティーナの願いを受け入れず、震えながらこう言った。


「わ、私を巻き込まないでくれ。あ、あの方には、あの方には……」


 何かトラウマでもあるのか、校長は青い顔で震えるだけで話にならなかった。


 ならばとクリスティーナは諦めずになんとかしようと頑張ったが、誰にもどうにもできなかった。そもそも誰もシルフィスには関わりたくはないようで、名前を言っただけで悲鳴を上げて逃げ出す者もいた。


 シルフィスはかなり恐れられているらしい。そんな奴にクリスティーナは目を付けられ苦労していた。


 ただ、多少は良いこともあるにはあった。


「でも、良かったじゃないですか。販路が見つかって。しかもかなり良い値段で取引できたと聞いていますが」


 取引。そう取引だ。シルフィスはクリスティーナとある取引を行った。


 それは魔法金だ。シルフィスは魔法金製の剣をクリスティーナから譲り受けた。その剣が大層気に入ったのか、正式に騎士団の装備に加えたいと言い出したのだ。


 しかし、クリスティーナが使っていた剣は純魔法金一体成型の特別製だ。刃の部分だけでなくツバや柄もすべて魔法金でできており、それを納める鞘も魔法金で作られている。


 魔法金の加工には高度な技術と設備が必要だ。さすがのゴンドルドでも騎士団全員に行き渡らせるほどの数をすぐには揃えられない。


 なのでとりあえず剣は聖騎士の分のみを納品することになった。それ以外の騎士団員たちには魔法金製の指輪やブレスレットなど別の装備を納品することとなった。


 しかもかなりいい値段でだ。騎士団の予算が潤沢なのか、それともシルフィスが無理矢理お金をどこかから引っ張って来たのかわからないが、とにかく高く売れたのだ。


 しかも取引は今回だけではない。今後も取引は継続し騎士団の装備品のさらなる充実をはかるらしい。


 これで町は潤うだろう。王国騎士団という安定した大口の取引先ができたのだ。


「あー、早く帰りたい。みんなに会いたい」


 もうすぐ夏休みだ。クリスティーナはもちろん帰郷する予定だ。町のことも気になるし屋敷で療養している父のことも気になる。


 それに魔法金の確保もしなくてはならない。ダンジョンを見つけてからこれまでの数年間で魔法金はそれなりの量を確保してあるが、もしかしたら足りなくなるもしれない。在庫はいくらあってもいいのだ。


 と言っても夏休みの一カ月では確保できる量は限られている。どうにか魔法金の確保を安定させなくてはならない。


 今のところ魔法金が獲れるダンジョンにはクリスティーナとレドラックぐらいしか入っていない。以前、何人か衛兵を連れて入ったがひどいことになった。


 どうやらあの金ピカゴーレムは光の力が弱点らしいのだが、それ以外は全く通用しなかった。物理攻撃なんかはすべて弾いてしまう。


 まあ、レドラックぐらいになれば問題ないのだが、町の衛兵では全く歯が立たなかった。


 この夏休みにその問題を解決できれば、とクリスティーナは考えているのだが。


「そもそも学校にこなければこんなことにならなかったのに」

「それはどうしようもありません、お嬢様。光の力を持つ者の入学は義務なのですから」


 クリスティーナの言う通り学校に入学しなければシルフィスに出会わなくて済んだのだ。しかし、入学しなかったらみんなには出会えなかった。


 フィニル、アンナ、アルベルト。みんなとは仲良くなることができた。悪夢の中では敵同士だったけれど、今は友達と言ってもいいだろう。


「そういえば、みんな私の故郷に行ってみたいって言ってたわね」


 少し前に夏休みはどうするのか、という話になったときだ。クリスティーナが故郷に帰ると言った時、故郷を見てみたいと皆が言ったのだ。


 ただし、全員理由は違っている。


 フィニルはレドラックが住んでいたところに行ってみたい、という理由からだ。どうもフィニルのレドラックに対する執着はだんだんと悪化しているようで、最近ではお風呂にまでついて来ようとしているらしい。と、レドラックが嘆いていた。


 アルベルトはクリスティーナがどうやってその力を得たのかが気になったからだ。もしかしたら自分も強くなれるかもしれないと考えたからである。


 と言うのもアルベルトは最近ある悩みを抱えていた。それはアンナのことだ。


 出会った頃、アルベルトはアンナを守ると宣言した。しかし今はアンナと互角ぐらいになってしまっている。どうやら光の力を持つ人間の成長速度と言うものは異常なようで、一緒にモンスターを倒したりダンジョンに潜ったりしても、アンナのほうが成長がかなり早いのだ。


 守ると宣言したのにこのままでは守られる側になってしまう。それが情けなくて悔しくて恥ずかしくて、アルベルトはどうにかして強くなりたいと考えていた。そのヒントがクリスティーナの故郷にあるかもしれない、とそう考えたのだ。


 ではアンナはと言うと、どうやらアンナの故郷がクリスティーナの故郷と近いらしく、家に帰る途中に寄ってみようかというそんな気楽な理由からだった。


 というわけでこの夏休みはみんなでクリスティーナの故郷に行ってみようということになったのである。


 なったのであるが。


「話は聞いた。私も同行しよう」


 とどこから聞きつけたのかシルフィスまでついてくることになった。


「あ、あのう。騎士団のお仕事は」

「大丈夫だ。ゼルに任せておけばいい」


 ゼル、とは王国騎士団の副団長のことである。つまりは苦労人ということだ。


「なんだ? 私と一緒はイヤか?」

「はい」

「ははは! 正直で結構。ますます行きたくなった」


 というわけで、クリスティーナは皆と里帰りすることとなったのである。


「なにもないといいんだけど……」

 

 嫌な予感がする。トラブルの予感だ。


 その予感が当たらないことを祈りながらクリスティーナは里帰りの準備をするのだった。

 

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