第41話 最悪のルートを回避せよ!
夜、魔石を利用した照明器具である『マジックランタン』の明かりの下で、クリスティーナは悪夢が満載の日記帳を読んでいた。
「……やっぱり、出てきてないのよね」
五歳の時に見たたくさんの悪夢を一つ一つ思い出しながら記録した悪夢の日記帳。そこには様々な悪夢が記され、そのほとんどが処刑か追放で終わる。
クリスティーナはその悪夢の中に出てくる登場人物をリストアップし、その危険度をランク付けしている。
まず危険なのはニナだ。彼女はクリスティーナを悪夢の中で何回も殺している。原因はクリスティーナの長年にわたるひどいイジメだ。ニナには刺殺、撲殺、絞殺といろいろな方法で殺されてきた。
しかし、今のニナの危険度はかなり低い。ニナとクリスティーナはとても良好な関係にあり、このまま何もなければ彼女に殺されることはないだろう。
次に危険なのはフィニルとアンナだ。
クリスティーナは悪夢の中で彼女たちに執拗なイジメや嫌がらせをしてきた。挙句の果てには殺害計画まで立てたぐらいだ。そのせいで追放されたり処刑されたりしたのだが、まあそうなったのも自業自得だろう。
悪夢の中のクリスティーナは聖女になるために必死だった。だからと言ってやって良いことと悪いことがあるのだが、それが判断できないほどに追い詰められていたのかもしれない。
「何度も読み返したけど、ひどいわね、私」
本当にひどい。悪夢の中のクリスティーナは本当に最低の人間だ。最悪の結末を迎える原因が自分にあるのは明らかだ。
そして、それが理解できるぐらいにはクリスティーナも成長していた。以前のクリスティーナなら、どうして自分がこんなひどい目にあわないとならないのか、と考えていただろう。自分のせいじゃないみんな周りの奴らが悪い、と自分の非を認めようとはしなかっただろう。
ずいぶんとまともになったものである。まだまだワガママ勝手な部分はあるが、それでも悪夢の中のクリスティーナと比べたら天と地ほどの差がある。
それにおそらくではあるがこのままいけば少なくとも処刑されることはないだろう。危険と思われる人物とは良好な関係を築いている。
しかし、そんなことなどすべて無視するほどの危険人物が現れた。
それはシルフィスだ。彼女は、ヤバい。
「あの人は本当にヤバいのよねぇ。人としても、いろいろと……」
クリスティーナが見た悪夢にはいろいろなパターンがあり、何度も登場する人物もいる。ニナやアンナはすべての悪夢に登場しているし、フィニルもほとんどの悪夢に出て来た。
アルベルトやロベルトが登場する悪夢もある。それ以外にも同じように悪夢に何度も登場する人物がいる。
その中でもシルフィスは特別だ。いくつもある悪夢の中で一度しか登場していない。
それは悪夢の中でもひときわ異彩を放つ悪夢だ。
その悪夢ではクリスティーナは数々の悪事が暴かれ投獄されていた。牢の中で処刑を待っていた。
クリスティーナは牢の中で世界のあらゆるものを憎んでいた。すべてを恨み、呪っていた。
そこに魔王が現れた。正確には魔王の魂の残りカスだ。復活した魔王はすでに倒されており、その残骸が現れたのだ。
そして、クリスティーナにその魔王の残骸が乗り移った。クリスティーナは魔王になったのだ。
魔王となったクリスティーナは牢獄を破壊し、暴れ始めた。そんなクリスティーナを倒したのがアンナとその仲間たちだった。
魔王となったクリスティーナはアンナたちに倒され、消滅した。この世界からチリも残さずに消え去った。
そのアンナの仲間の中にシルフィスがいた。悪夢の中にシルフィスが出てきたのはそれ一度きりだ。
クリスティーナが魔王に取り憑かれた悪夢に登場したシルフィスが再び現れた。一度だけしか登場しなかった彼女が、悪夢ではなく現実に現れた。
さて、それが何を意味するのか。
「……また魔王になるとかじゃないわよね」
もしかしたら自分が魔王に体を乗っ取られてアンナたちに倒されるルートに入ったのでは、とクリスティーナは不安になる。せっかく悪夢の中で敵対していた人たちと仲良くなれたのに、これではすべてが台無しだ。
「冗談じゃないわよ。せっかく、みんなと仲良くなれたのに」
友達。悪夢の中のクリスティーナには友達と呼べる人間はひとりもいなかった。取り巻きの連中はいたが、あれは友達ではなかった。心を許せる人間は一人もいなかった。
孤独だった。辛かった。苦しかった。
けれど今は違う。たくさんの仲間がいる。
悪夢に登場していない仲間もいる。
「大丈夫。だって、これは悪夢じゃないもの」
そうだ。悪夢じゃない。これは現実だ。
今、クリスティーナは現実を生きてる。悪夢とは違う現実だ。
「そもそも私が見たどの悪夢とも状況が違うわ。私も強くなってるし」
違う。まったくと言っていいほど違う。
悪夢にレドラックは出てこなかった。バドラッドもゴンドルドもいなかった。金ピカゴーレムのダンジョンもなかったし、そのほかの部分もまるで違う。
それにクリスティーナは確実に強くなっている。明らかにどの悪夢のクリスティーナと比べても今のクリスティーナのほうが圧倒的に強い。
もし今誰かに襲われたとしても返り討ちにできるだろう。おそらく危ないのはシルフィスだけだ。たぶん、いや確実に次に戦ったら殺される。
シルフィスは自分より強いとクリスティーナは感じていた。何とか勝つことは出来たが、二度はないだろう。
「とにかく、今は魔王ね。あれが出てきたらどうするかよ」
魔王が出てきたらどうするか。最悪の結末を回避するためには魔王が復活した時の対処方法も考えておかねばならないだろう。
さて、どうするか。
「……ぶちのめせばいいわね」
クリスティーナは考えた。だが、すぐに考えるのをやめた。
「今の私ならなんとかなるでしょ。うん」
もし魔王が復活したら真っ先に顔面をぶん殴って光の力で消し飛ばせばいい。そうすれば体を乗っ取られて魔王化することもない。
単純明快である。というかこの方法しか思いつかない。
魔王が復活する前に倒すことができればそれが一番なのだが。
「とにかくやるのよ、クリスティーナ。もっともっと強くなって、魔王なんて一撃で倒せるぐらいに」
クリスティーナは決意した。魔王を一瞬でこの世からチリも残さず滅ぼせるくらいに強くなる。
「がんばるわよ、おー!」
そう言うとクリスティーナは拳を握り天高く突き上げた。
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