第40話 シルフィスとロベルト

 ロベルトの部屋にシルフィスがやってきた。そして、開口一番こう言った。


「クリスティーナ・クリスペールは私が預かる。手出しは無用だ」

「……姉上、勝手なことをされては困る」


 この人はいつもこうだな、とロベルトは苛立ちと呆れの混じったため息をつく。


「彼女は何かを隠してる。もしかしたらこの国にとって彼女は」

「負けた」

「なんのことですか?」

「クリスティーナ・クリスペールに負けた」

「……誰がですか?」

「私だ」

「…………冗談はやめてくれ」


 冗談だ。悪い冗談だ。それが本当だったら冗談ではない。


「もしそれが真実なら、彼女は姉上と同じ化け物」

「ああん?」

「……姉上と同じ人間を超えた力を持っているということになる」


 シルフィスは史上最年少で王国騎士団騎士団長の座を実力で奪い取った女だ。他にもたくさんの伝説を残してきた、言ってしまえば化け物だ。


 そんな化け物を倒す化け物が現れた。そんなこと信じられるはずがない。と言うか信じたくない。


「私が負けたのは事実だ。疑うならゼルに聞け。あいつはそばで見ていたからな」

「そこまで言うのなら、本当なんでしょうね」


 嫌だ。頭が痛い。信じたくない。信じたくはないが、そんな嘘をシルフィスがつくとも思えない。


 なにか、なにか考えがるのか。意図があるのか。シルフィスは何を考えているのか。


 と必死に思考を巡らしているロベルトなどは完全に無視してシルフィスは勝手に話を続ける。


「伝説の聖女様は魔王の復活を予言していた」


 魔王。それは遥か昔、この世界を我が物にしようと現れた魔族の王である。魔界と呼ばれる世界から世界をまたいで侵攻してきた侵略者だ。


 その魔王を倒したのが伝説の光の聖女とその仲間たちだ。彼女たちは魔王を滅ぼし、世界に平和が訪れた。


 はずだった。


「正確な日時は示されていない。しかし、聖女の言葉を信じるのならば、今から五年以内には魔王が復活する」

「姉上は、それを信じている、と?」

「さあな。信じるも信じないも自由だが、来るとわかっているのに対策を練らないのは馬鹿のすることだ」

「その対策が、クリスペールの娘だと?」

「あいつだけじゃないさ。他に二人もいる」


 他の二人。それはフィニルとアンナだ。この時代、この瞬間に三人もの光の力に目覚めた聖女候補が存在している。


 光の力に目覚める人間は本当に希少だ。それが同じ時期に三人もいる。そして、伝説の聖女が予言した魔王の復活はその予言を信じるならば今から大体五年以内だろうと予測されている。


 まるで復活する魔王に対抗するように現れた三人の聖女候補。


「三人の聖女の出現は吉兆なのか凶兆なのか」

「偶然、と言いたいですね」

「私は良い兆しだと考えている。光の聖女は戦力になる」

「あなたは、あの子たちを戦争の道具か何かだと」

「戦争をしないための道具さ。私のように強い人間が増えれば、他国も迂闊に手を出し難くなるだろう?」

「あなただけでも十分だと思いますよ。姉上」


 シルフィスはたった一人でダンジョンを踏破し、モンスターの大群を一人で殲滅し、かつてはドラゴンも単独で倒したことがある。一人師団、人間災害、生きた悪夢と呼ばれるほどである。


 正直、シルフィス一人がレジェンドル王国にいるだけで他国は攻めてこないだろう。それに加えてシルフィスと比べれば実力は劣るが、王国には騎士団があり聖騎士もいる。レジェンドル王国は軍事面だけ見れば大陸一と言えるはずだ。


 ただ、それでも魔王は脅威となりうる。そうシルフィスは考えているのだ。


「同時期に三人もいるんだ。利用しない手はない」

「私は反対です。彼女たちは物じゃない」

「お前の意見など聞く気はない」

「姉上」

「父上にも口出しはさせない。私の好きにさせてもらう」

「それが許されると?」

「止めたければ私を殺せ。まあ、この国で私を殺せるとしたらクリスティーナ・クリスペールだけだろうな。今のところは」


 シルフィスは楽しそうだった。なぜ楽しそうなのかロベルトには理解できなかった。


「ロベルト。お前が何を考えているかは知らん。興味もない。だが、あの娘を、クリスティーナ・クリスペールをあまり刺激するな。もしこの国を出て他国に協力するようなことになってみろ。それこそ大惨事だ」


 それは最悪の事態だろう。シルフィスと互角の力を持つ人間が流出すれば大変なことになる。今まで保ってきた他国との微妙なバランスが崩れることになる。


 そうなれば戦争となるかもしれない。それは避けなければならない。


「平和を望むなら黙っていることだな」


 そう言うとシルフィスはロベルトに背を向ける。


「姉上、まだ話は」

「私の話は終わった」

「これ以上私と話す必要はない、と」

「ない」


 本当に勝手な人間だ。ロベルトはそんな自分勝手なシルフィスが大嫌いだった。


「あなたは、本当に」

「お前はクリスティーナ・クリスペールをその目で見たことがあるのか?」

「何を」

「ないんだろう? なら一度会ってみるといい。会って、もう一度考えろ」


 シルフィスはロベルトのほうへ振り返る。振り返り、少しだけ微笑む。


「面白い奴だ。お前が気に入るかは知らんがな」


 それだけ言い残しシルフィスはロベルトの部屋を出ていった。


 そして、残されたロベルトはしばらくシルフィスが出ていった扉を眺めていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る