第38話 幼い日

 シルフィスが光の力に目覚めたのは八歳の頃だった。そして、彼女は光の力に目覚めてすぐに戦いの場に送り込まれた。


 当時、原因不明のモンスターの大量発生がレジェンドル王国の東の国境付近で起こっていた。シルフィスはその戦いの場の最前線で戦った。


 戦う、と言ってもとどめを刺すだけだ。光の力でモンスターにとどめを刺し、復活しないように息の根を止めることがシルフィスの仕事だった。


 それでも戦場に出るのは危険だった。しかもシルフィスはまだ八歳と幼く、戦う力などもちろん備えていなかった。


「王家の者として、次代の聖女として、その責務を果たすのだ」

「はい、おじい様」


 シルフィスは先代の国王、つまりはシルフィスの祖父の命令で戦場に送り込まれた。先代国王は父である今の国王や周囲の言葉を無視して、幼い彼女を危険な場所へと向かわせた。


 怖かった。目の前に現れる異形の怪物にシルフィスは震えあがった。


 それでもやるしかなかった。そして、やった。


 シルフィスはモンスターを殺した。すると不思議なことが起こった。


 モンスターにとどめを刺すたびにシルフィスの体が熱くなった。そして体が軽くなり、どんどん力も強くなっていった。


 それを聞いた魔法使いの一人がシルフィスの症状に興味を示した。その魔法使いは国立魔導院から来た魔法使いで、主に特殊金属や魔石の研究、そして魔法の力を武器などに付与する魔道具開発の専門家でもあった。


 シルフィスは魔法使いと共に光の力のことを調べ始めた。そのおかげで停滞していた光の力の研究が進み、新たな効果が次々と見つかった。


 さらにシルフィスはその魔法使いやお付きの護衛と共にダンジョンに潜るようになった。国が保有する訓練用のダンジョンに潜り、モンスターを倒して様々な実験を行った。


 モンスターを倒すたびにシルフィスは強くなっていった。そして彼女の護衛の剣士も光の力の恩恵を受けて力を増していった。


 どんどんとシルフィスは強くなっていった。単身でダンジョンを攻略するほどにである。


 シルフィスはその力を存分に使った。九歳になる頃には一人でモンスターの大群を全滅させるほどに成長していた。


 だが、戦っても戦ってもモンスターは減らなかった。最初は東の国境付近だけだったモンスターの大量発生が周囲に拡大して行き、それに対処するために次々と軍の兵士たちが動員され、ハンターも大勢集められた。


 シルフィスは戦場を駆け回り、モンスターを倒して回った。その姿は戦場を掛ける天使のように美しかった。


 人々は強く美しいシルフィスを崇めるようになっていった。聖女の再来、彼女がきっとこの国を救ってくれると誰もがそう期待した。


 その期待に応えようとシルフィスは必死に頑張った。頑張って頑張って、自らのことを省みず戦い続けた。


 そんなシルフィスを父や母は心配していた。幼い娘が戦場に向かうのだ。両親が心配しないわけがない。


 だが、シルフィスの努力もむなしくモンスターの数は全く減らなかった。国土は荒れ果て、兵士たちは疲弊し、戦費を賄うため国費が次々と投入された。


 しかし、人間も資金も無限ではない。死者や負傷者の数は増え続け、次第に戦線を維持し続けることが難しくなっていった。戦費が国庫を圧迫し、それを補うために国民に重い税が課せられるようになった。


 当時の国王、シルフィスの祖父に当たる先代国王はあまり良い王とは言えなかった。無能とは言えないが賢くもない、そんな王だった。


 モンスターとの長きにわたる激しい戦い。国民に課せられる重い税。増え続ける犠牲者。当時のレジェンドル王国には暗雲が立ち込め、人々の心に暗い影を落としていった。


 そんな人々の希望がシルフィスだった。彼女だけが人々の希望だった。


 けれど、一人ではどうしようもない。たった一人で広い戦線をカバーできるわけもなく、犠牲者は増え続けるばかりだった。


「父上、騎士団の動員をお許しください。彼らが加われば、きっとこの戦いを制することができます」


 王国軍だけでは戦力が不足していた。それを補うためにシルフィスの父は騎士団の動員を先代国王に進言した。


 だが、それが受け入れられることはなかった。


「ダメだ! 万が一王都にモンスターが襲ってきたらどうする! 誰が私を守ると言うのだ!」


 本当に愚かな王だった。


「近衛隊がいるではありませんか!」

「ダメなダメだ! 絶対に許さんぞ!」


 すでにモンスターとの戦いは六年以上続いていた。シルフィスも十四歳となり、最初の聖女選定の儀の時期も近づいていた。


「お願いです、父上! どうか、どうか騎士団動員の許可を!」


 シルフィスの父である現国王は何度も何度も訴え続けた。しかし、先代国王は断固として騎士団の出動を許さなかった。


 先代国王は本当に愚かだった。いや、愚かを通り越して害悪だった。事態を正確に把握することができず、間違った判断を繰り返し、損害だけが積み重なっていった。

 

 限界が近づいていた。早くどうにかしないと取り返しのつかないところにまでレジェンドル王国は来ていた。


 そんな時だ。先代国王が崩御したのは。


 突然のことだった。それはシルフィスの聖女選定の儀の前日だった。


 そして、先代国王がこの世を去ったのと同じ日にシルフィスは光の力を失った。


 先代国王が亡くなってすぐにシルフィスの父が国王となった。彼はすぐさま騎士団や王都を守っていた兵士たちを戦場に向かわせ、そのおかげでモンスターたちを何とか鎮静化させることができた。


 それが十年前のことだ。


 シルフィスは光の力を失った。それでも彼女は戦った。強さを追い求め、前に進んだ。


 前進し続けた。シルフィスは己を磨き続け、ついには王国騎士団騎士団長の座に上り詰めたのだ。


 幼い頃から戦い続け、今でも彼女は戦い続けている。


 彼女は前に進み続ける。迷いなく、覚悟を持ち、前に進み続ける。

 

 進み続けると、決めたから。


 

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