第37話 死合い
互いに睨み合う、ということなどはまったくなかった。
「いいなぁ、いいじゃないか」
剣を抜き、二人の視線が一瞬交わったとみるとシルフィスは怒涛の勢いでクリスティーナに斬りかかった。クリスティーナは上段からの一撃を紙一重でよけると剣で横なぎにシルフィスの胴を払う。
そのクリスティーナの攻撃をシルフィスは後ろに跳び退きかわすと、再びクリスティーナに斬りかかった。
互いに一歩も譲らない激しい攻防。お互いの攻撃を紙一重で潜り抜け、反撃を加えていく。
「やはり、光の力を持つ人間は一味も二味も違うな」
命を賭けた遊び。シルフィスは笑いながら、それに対してクリスティーナは無表情で刃を振るい、相手の命を奪おうとしている。
「貴様、その力をどうやって手に入れた?」
「あまり言うなと言われているので」
「誰にだ? そいつに教わったのか?」
「……秘密です」
攻撃を繰り返しながらシルフィスは探るようにクリスティーナに質問を繰り返す。
「お前の力は明らかに異常だ。普通のやり方ではそれほど強くなることは出来ない」
クリスティーナはシルフィスの攻撃を回避し続ける。あまりの手数にいつの間にかクリスティーナの手が止まっていた。反撃する隙間がどこにもないのだ。
「ダンジョンを単身で攻略したそうだな?」
「まあ、はい」
「私と同じだ。私も一人でやった」
シルフィスの目の輝きが強くなる。
「光の力。そのおかげで強くなった。違うか?」
違う、とも、そうだ、とも言えない。クリスティーナは光の力の効果をあまり他人に話すなとバドラッドから言われていた。
「その剣もそうだ。その剣からは光の力を感じる。光の力を武器に宿すことは不可能なはずだ」
「……そうなんですね」
「ああ、そうなんだ。で、それは誰が作った? 材質は何だ?」
「秘密です」
「やはり、力づくで聞き出すしかないな」
シルフィスの攻撃速度がさらに速くなる。さらにさらに速くなる。
そして、限界が来る。
「シィッ!」
激しい音がした。二人の剣が激突し、その衝撃が青い花の花びらを巻き上げ、二人の剣がぶつかった衝撃波が周囲の木々をなぎ倒していく。
舞い上がる青い花びらの中に銀色の破片が混じる。
「……ミスリルを砕くか」
砕け散ったシルフィスの剣。クリスティーナの剣とシルフィスの剣が激突し、シルフィスのミスリルの剣が砕けて折れたのだ。
「武器がなくなったわね。これで」
「……私はな、剣術が苦手なんだ」
剣が折れた。しかし終わらなかった。シルフィスは折れた剣を投げ捨てると歯をむき出してニンマリと笑う。そしてシルフィスは拳を握り、それをクリスティーナの顔面に叩き込んだ。
クリスティーナはその拳を何とか片手で受け止める。その衝撃でクリスティーナの足元の地面に無数の地割れが起きる。
シルフィスの拳を受け止めたクリスティーナは反対の手で剣を持ったままシルフィスに殴りかかる。斬りかかるのではなく剣を握った手で殴ったのだ。
しかしクリスティーナの拳は空を切る。軽やかなステップで後ろへかわしたシルフィスは拳を握ったまま構えをとらずにクリスティーナを見据える。
「武器は使わないのか?」
「そう言えば、どうして私の武器を持ってきてくれたのですか?」
「ん? 私だけ武器を持っているのは不公平だろう」
「なら、同じです。不公平なので」
クリスティーナは剣を鞘に納めると地面に突き立てて、拳を握る。
「殴り合ったことは?」
「いいえ」
「楽しいぞ?」
シルフィスはクリスティーナに殴りかかる。だが、クリスティーナは避けなかった。
シルフィスの拳がクリスティーナの顔面に突き刺ささり、衝撃で周囲の木々が根っこから吹き飛ばされる。だがクリスティーナは彼女の拳を受けても微動だにしなかった。体格で劣るクリスティーナだったが、シルフィスの攻撃を正面から受け止めて一歩も引かなかったのである。
「殴り合いを楽しむ趣味はないんだけど」
クリスティーナはシルフィスに殴りかかる。その拳がシルフィスの脇腹に突き刺さる。拳が脇腹に激突すると同時に爆音のような打撃音があたりに響き渡り、衝撃波で森の木々がまた吹き飛んだ。
「……なかなかいいじゃないか」
殴り合いが始まる。本当にただの殴り合いだ。
全力だ。防御なんて一切考えていない。乙女の拳と拳がぶつかり合い、血と汗がまき散らされる。
そして二人の拳が互いの体にぶつかるたびに火山が噴火したような爆音が周囲に響き、衝撃が地面を割り、花をまき散らし、木々をなぎ倒し、空を覆っていた雲を吹き飛ばした。
まさに人外同士の殴り合いである。
「楽しいなぁ、そう思うだろう?」
「全然」
「なら、楽しくなるまでやろう」
クリスティーナが一撃を入れればシルフィスが一撃を返す。シルフィスが一撃を入れればクリスティーナが一撃を返す。
互いに譲らない。一歩も引かない。拳が相手の顔面を叩き伏せ、肉を潰し、骨を折る。
力はシルフィスのほうが上だった。おそらくすべての面でシルフィスのほうがクリスティーナを上回っていた。
戦闘の経験、技術、力、スピード。シルフィスはクリスティーナよりも確実に強かった。
だが、一つだけシルフィスが持っていないものがあった。
「……やはり、光の力か」
シルフィスがクリスティーナの頬を殴りつける。クリスティーナは血を吐き、頬の皮膚が弾けて切れる。
しかし次の瞬間には傷がなくなっていた。そう、光の力の治癒効果によりクリスティーナのダメージはほとんど残っていなかったのだ。
対してシルフィスは満身創痍だった。クリスティーナから受けたダメージは回復せず蓄積し続け、見るからにボロボロになっていた。
「……私も昔は持っていたんだ、その力を」
半分つぶれた右目を開きシルフィスはクリスティーナを見つめる。左目はすでに潰れて開かなくなっていた。
「私もな、聖女候補だったんだ。もう、十年も前の話だ」
そう言うとシルフィスはクリスティーナに殴りかかる。その拳をクリスティーナは片手で受け止める。
「聖女選定の儀の前日に力を失ったんだ」
シルフィスはもう片方の手で殴りかかるが、その手をクリスティーナはガッシリと掴む。
「光の力は突然現れ、当然消える。そういうものだ」
両手のふさがったシルフィスは思い切り頭を後方に逸らすと勢いよくクリスティーナの額に頭突きを食らわせる。クリスティーナはそれを真正面からそれを受け止め、二人は至近距離で睨み合い、頭突きの衝撃で大地がめくれ上がり、空気が歪んだ。
「今でも考えてしまうんだ。もし、今もあの力を持っていたら、私は今頃どれほど強くなっていたんだろう、とな」
両手を離した二人は互いに距離を取る。その二人の間に強い風が通り抜ける。
「さて、見ての通り、私はそろそろ、限界だ」
そう言うとアザだらけの顔でシルフィスは笑う。
シルフィスは限界だった。両の拳はとっくに潰れていて手の形を失っていた。右腕は折れ曲がり、左腕は力なく肩からぶらりと垂れ下がっていた。右目も半分しか開いていない。左目はすでに潰れて何も見えていない。
呼吸をするたびに激痛が走る。シルフィスは血を吐き、そして笑う。
「やっぱり、不公平よ」
そう呟きクリスティーナは拳を握る。
「違うさ。お前は、自分の持てる力を、正しく使った。それだけだ」
そう言うとシルフィスは折れ曲がった右腕に力を籠め拳を握る。
踏み込む。シルフィスは無言で一歩を踏み出す。
「が、はっ……」
クリスティーナの拳がシルフィスのみぞおちに叩き込まれる。シルフィスは盛大に吐血し、そのまま前のめり崩れ落ち、地面にうつぶせに倒れこんだ。
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