第35話 騎士団長は遊びたい

 ゼル・スティングストンは報告書と退団願いを手にとある人物の執務室の前に立っていた。

 

 ゼルは執務室の分厚い木製の扉をノックする


「失礼します」

「入れ」


 部屋の主の許可を得たゼルは扉を開けて中に入ると深々と首を垂れる。


「団長、先日のダンジョン探索の報告書を持ってまいりました」

「そうか。見せろ」

「はっ」


 ゼルは頭を上げると真っ直ぐに執務室の主のほうに視線を向ける。


 ゼル・スティングストン。彼は王国騎士団の副団長である。そして王国騎士団聖騎士序列二位の聖騎士でもある。見た目は三十代半ばの背が高くガッシリとした体つきの厳しい顔立ちの男だ。


 そして、彼の視線の先にいる人物。執務室の大きな椅子に座る女性、彼女が王国騎士団団長にして王国聖騎士序列一位の聖騎士である。


 彼女の名前はシルフィス・レイ・レジェンドル。そう、彼女はこの国の第一王女でありロベルトたちの姉だった。


 そんなシルフィスの容姿はフィニルとよく似ていた。だがその顔つきにはか弱さや儚さなどはどこにもなく、歴戦の戦士のような凛々しさと力強さがあった。そして、その肉体も素晴らしく、成人男性と比べても見劣りしない背丈と筋肉、それでいて女性的な魅力を失わない完璧なスタイルを誇っていた。


「……なるほど。やはりそういうことか」


 シルフィスはゼルから受け取った報告書に一通り目を通すとそれを机のわきに置き、もう一つゼルが持ってきた退団願いを手に取る。


「これは?」

「ディートリヒトの物です」

「奴は?」

「すでに屋敷を引き払い」

「連れ戻せ。私が気合を入れなおしてやる」

「はっ」


 シルフィスはゼルに命令を出すと退団願いを破り捨てる。


「それでアルベルトの様子は?」

「特に変わった様子はありません」

「だろうな。見た目ではそう変わりはない」


 シルフィスは机に頬杖を突きスッと目を細める。


「しかし、私の予想通りなら確実に力を増している」

「それは喜ばしいことですね」

「ああ、そうだ。その通りだ」


 弟であるアルベルトが強さを求めていることをシルフィスは知っている。しかし、それよりも嬉しいことがある。


「クリスティーナ・クリスペール。面白い奴がいるじゃないか」


 報告書。それはディートリヒトが書いたものだ。先日のアルベルトたちのダンジョン探索についての報告書である。


「ロベルトに話を聞いてまさかと思ったが、大当たりだ」


 そこに記されている信じられない事実。明らかに異常な存在。


「本当に、こんなことが可能なのですか?」

「可能さ。私も同じことをしただろう」

「……ああ、そうでしたね。忘れていました」


 シルフィスはもう一度手に取った報告書をじっくりと眺めながら笑顔を浮かべている。何か新しいおもちゃを与えられた少女のような、しかしそれにしては獰猛すぎる笑みを浮かべている。


「光の力を持つ者なら可能だ。しかし、さて、自分でそれに気が付いたのか」


 光の力。その力にはいくつもの効果がある。傷や毒を癒し、闇の力を払い、そして闇の力を光の力に変換することができる。


 それ以外にもいくつかの効果がある。ただし、そのほとんどが秘匿されており、光の力に変換された闇の力が同行した仲間にも影響を与えることは公にされていないはずである。


 そもそも光の力は今でも謎が多く、ほとんど研究が進んでいない。


 研究が進んでいない理由はいくつかある。


 光の力に目覚める者は非常に貴重な存在である。今年は三人も入学してきたが、これは奇跡的なことなのだ。通常は十年に一人現れれば良いほうで、過去には六十年間一人も現れなかったこともある。


 しかも光の力は突然現れたと思えば突然消えてしまう。過去には一日で力を失ってしまった者もいたと記録されている。


 そのため貴重で不安定な人材を無駄にはできない。という理由もあるが、光の力に目覚めるのがレジェンドル王国の貴族階級の人間がほとんどだと言う理由もある。


 そして、一番の理由は光の力に目覚めた者は将来聖女になる可能性があるということだ。魔王を倒した伝説の聖女と同じ力を持つ人間を実験動物にできるわけがない。


 光の力は聖なる力。その力に目覚めた者も当然神聖な存在であり、絶対不可侵の存在なのだ。


 これが研究が進んでいない理由だ。だが、進んでいないだけで研究されていないわけではない。


 ただ、その研究で解明された成果もほとんどが秘匿されている。


 理由は混乱を避けるためだ。


 かなり昔、光の力について間違った憶測が広まったことがある。光の力には死者を復活させる効果があると言うデマである。


 このデマが世間に混乱を招いた。偽の聖女が出現し、悪質な詐欺も横行した。子供の誘拐や殺人事件も多発し、国中が大混乱に陥ったのだ。


 そのためその混乱を鎮めるために国が公式に、光の力には死者を復活させる効果はない、と声明を発表することとなったのだ。


 光の力は人々の希望だ。しかし、その力が人々に混乱をもたらすこともある。たとえ研究により新たな効果が発見されたとしても、それを迂闊に発表すれば何が起こるかわからない。万が一間違った情報が広まってしまえば、再び混乱が起こる可能性もあるのだ。


 そして、光の力が仲間を成長させると言う効果も本来なら秘密のはずである。この事実を知っているのはレジェンドル王国でもほんの一握りの人間しかいない。


 今回のアルベルトたちの行動。これは明らかに光の力の効果を知っている人間の行動としか考えられない。少なくともシルフィスはそう考えている。


 光の力の効果。それに自ら気が付いたのか、誰かに教えられたのか。


「心当たりはあるが。まあ、それはいいだろう」


 シルフィスは懐かしい顔を思い浮かべながら少し寂しそうに笑う。懐かしそうな悲しそうな笑みを浮かべる。


「団長」

「もしこれが事実だとしたら、クリスティーナ・クリスペールは私と同等かそれ以上の実力者だ」

「それは、有り得ないのでは」

「有り得るさ。聖女候補ならな」


 報告書を机に置くとシルフィスは椅子から立ち上がる。立ち上がったシルフィスにゼルが白いマントを羽織らせる。


 純白の軍服と純白のマント。それは騎士としての高潔さと、清廉潔白な心を現している。


 そして絶対的な強さの象徴でもある。王国騎士団聖騎士。別名『白い死神』。彼女たちは純白の衣装を血に染め、白い衣服が赤に変わるまで徹底的に国の敵を殲滅する。


「久しぶりに、楽しめそうじゃないか」


 シルフィスは剣を手に取る。剣を手に取り、その鞘を右手でいつくしむ様に撫でていた。

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