第34話 不器用な少年
アルベルトは決闘に負けた。それは悔しくもあり、同時に心躍ることでもあった。
強い奴がいる。自分より強い者がいる。
アルベルトは強い男だった。十四歳と言う若さで自分のことをよく理解していた。
自分は弱い。そして才能がない。努力に努力を重ねなければ、王家の人間としての責務を果たすことができない。
それでもアルベルトは諦めずに努力してきた。それしか方法がないからだ。
決闘に負けた。それは悔しいが恥ではない。この世の中には自分より強い人間がいる。それがたまたま近くにいただけで、今回は敵わなかっただけだ。
そう、今回はだ。
生きてる。生きていればいつかは勝てるかもしれない。自分に才能がなくても、努力がすべて無駄に終わったとしても、諦めればそこで終わりだ。
それに、希望はある。その希望をレドラックが教えてくれた。
光の力。それが今のアルベルトの希望だ。
「あ、あつい、ですわ……」
「く、苦しい……」
「大丈夫! それが強くなってるってことだから!」
「お二人とも、今は耐えてください。すぐに楽になりますから」
アルベルトはダンジョンに来ていた。クリスティーナたち三人の聖女候補と、レドラックと一緒に。
「ほ、本当です。楽になってきました」
「で、でも、本当にこれで強くなっているのですか?」
「なってるわ! 私も同じだったもの!」
「効果は俺が保証します。さあ、どんどんいきましょう」
クリスティーナたちはダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。アルベルトもそのあとについていく。
そして、次々とモンスターを倒していく。そのたびにフィニルとアンナは、熱い熱い、と言って騒いでいた。
アルベルトはレドラックから教えてもらっていた。光の力には闇の力を浄化する効果があり、その浄化された闇の力はモンスターを倒した人間に吸収され、その人間の力となる。さらにその効果は同行している仲間にも影響を与える。
つまり光の力を持つ者の仲間も同じように強くなると言うことだ。
と、話を聞いていたのだが。
「おい」
「なんですか?」
「熱くならないぞ。どうなっている」
モンスターを倒してもアルベルトの体は一向に熱くならなかったのである。
「お前は嘘をついたのか?」
「いいえ、滅相もない。事実、フィニル様とアンナはあのように」
「あついですわぁ」
「ひ、姫様。そんなはしたない」
「いいからいいから、アンナも脱いじゃいなさい。まだまだ熱くなると思うから」
アルベルトはクリスティーナたちから目をそらす。レドラックはクリスティーナたちを見て苦笑いを浮かべる。
「お三方、淑女の恥じらいを忘れずに」
「そ、そうです姫様。だから、お召し物を」
「大丈夫よ、アンナ。ここにはレドラックとアルベルト様しかいないし恥ずかしがることなんてないわよ」
「ああ、本当にあついですわ」
「姫様、わざと脱いでますね?」
「何をおかしなことを言っているのですか、レドラック。わたくしがそんなことをすると思っているのですか?」
「……とにかく服を着てください」
常識外れのクリスティーナに、なぜだか妙に脱ぎたがるフィニル。その二人を連れてさらにダンジョンの奥へと行くのかと思うと、レドラックは少々頭が痛かった。
「おい」
「なんですか、アルベルト様」
「なぜ俺の体は熱くならない」
そして、アルベルトだ。どういうわけだかアルベルトの体は熱くなっていないらしい。
「ともに戦えば力を得られるんじゃなかったのか?」
「うーん、どうしてでしょうねえ」
さて、どういうことなのか。レドラックにはさっぱりである。
「そう言えば、決闘の後、アンナとは仲良くしていますか?」
「……それは」
アルベルトはなぜかレドラックから視線を逸らす。
「してるんですよね?」
「声は、かけている」
「それだけですか?」
「……ああ」
なんとなくレドラックは理解した。
「おそらく、まだアンナとちゃんと関係が築けてないんでしょう」
「それは」
「友達と思われていない、といことです」
「う……」
アルベルトの視線が揺れる。どうやら動揺しているようだ。
「……レドラック」
「なんですか?」
「友達には、どうすればなれるんだ?」
「……深刻ですね、それは」
レドラックは頭を抱える。アルベルトは冗談で言っているわけではなく、本気でわからない様子だった。
アルベルトは努力してきた。自分に力が、才能がないから努力して補うしかなかった。
努力して、努力して、努力して。強くなるためにあらゆる努力をしてきた。
ただ、努力ではどうしようもないことが一つあった。
それはアルベルトの目つきだ。アルベルトは兄であるロベルトに似て美しく整った顔立ちをしているのだが、目つきだけはまるで悪人のような鋭さを持っていた。その目つきと不器用な性格のおかげで、アルベルトは友人がほとんどいなかったのだ。
しかし、それでもよかった。いてもいなくてもやることは変わらない。
努力、努力、努力だ。強くなるための努力をしていれば、友人がいないことなど気にならなかった。
だが、ここにきてそれが仇となってしまった。
「俺は、どうすればいいんだ」
アルベルトはうつむいて絞り出すようにそう言った。本当に心の底から悩み困り果てているようだった。
そんなアルベルトにレドラックは気楽にこう答えた。
「とりあえず手でも握ればいいんじゃないですか?」
「な、女の手を握るなど、そんな軟弱なことは」
「強くなりたいんですよね、王子様」
「……クッ」
アルベルトは苦々し気に奥歯を噛みしめる。
「アルベルト様。アンナは嫌いですか?」
「嫌いもなにも、別に」
「友達になりたいのでしたら、まずはあなたが好きにならなくては」
「そ、そんな。婦女子に軽々しく好きだのなんだのと」
「強くなりたいんですよね?」
強くなりたい。確かに強くなりたい。
強くなりたいのだが。
「……恥ずかしいんだ」
「それでもです」
「それでもか?」
「はい、それでもです」
「うう……」
恥ずかしかった。とても恥ずかしかった。
アルベルトが触れ合ってきた女性と言うのは母親か一番上の姉か身の回りの世話をするメイドぐらいなものだ。同年代の女の子に関わった経験はほとんどない。
「アンナ、ちょっと来てくれ」
「はい、なんでしょうか?」
「お、おい」
レドラックはアンナを呼び寄せる。そして、アルベルトの隣に立たせる。
「今回のダンジョン探索は皆の成長を促進するためのものです。ですが、どうやらアルベルト様は全く成長していないようで」
「そ、そうなのですか?」
「う、うるさい」
「ほら、王子様。そんな態度を取ったら嫌われますよ」
「う、くっ」
アルベルトはレドラックを睨みつける。しかし、その目はいつも通り鋭いのだが、その顔は真っ赤で、鋭い目も涙目になっていた。
「アンナ」
「はい」
「アルベルト様をどう思いますか?」
「へえっ!?」
「そ、そんなに驚くことではないだろう」
「ご、ごめんなさい」
アンナは慌てた様子で謝罪するが、どうやらそんな態度もアルベルトの心を傷つけてしまったようで、アルベルトはうつむいてこぶしを握りぷるぷると震え出してしまった。
「どうせ俺は、女の扱いも知らんダメな男だ」
「そ、そんなことはありません。教室で一人の時、私に声をかけてくれるじゃないですか」
「それだけだろう?」
「え、えっと……」
「……もういい」
アルベルトはアンナに背を向ける。その背に向かってレドラックは大きなため息をついた。
「めんどくせえなあ」
「お、おい!」
レドラックはアルベルトとアンナの手を取り無理矢理手をつながせた。
「アンナ。アルベルト様はキミと仲良くなりたいらしい」
「お、俺はそんな」
「なりたいんでしょう?」
「……うう」
「というわけで、アンナ。仲良くしてやってくれ」
「そ、それはもちろん」
レドラックは二人から手を離す。それでも二人は手をつないでいたが、お互いの顔を見ないようにしていた。
「あ、あの」
「なんだ?」
「手が、ちょっと痛いです」
「す、すまん」
「あ、離さなくても、大丈夫です」
「すまん……」
アルベルトは今までたくさんの努力をしてきた。それは優秀な姉や兄に後れを取らないように、王家の人間として恥ずかしくないように、その一心で頑張って来た。
「さあさあ、行きましょう。ダンジョン探索はまだまだこれからですよ」
レドラックは手をつないだまま動かない二人の背中を押して前に進ませる。
こうしてやっとアルベルトのダンジョン探索がやっと始まったのである。
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