第33話 国有ダンジョン
ディートリヒト・エッケル。王国騎士団聖騎士序列第九位。王国騎士団の中でも最精鋭である十人の聖騎士の一人である。年齢は二十二歳。この年で聖騎士に選ばれることは非常に稀であり、それが彼の実力を示している。
そして、そんな天才と言ってもいい実力者であるディートリヒトはその日、信じられない物を見ていた。
「お金よお金よ大量よおおおおおお!!」
それは数時間前のことだった。
「ここが我が国が保有するダンジョンの一つです。ランクは三。中級上位から上級下位のモンスターが出現するダンジョンです」
その日、クリスティーナたちは休日を利用して国が保有するダンジョンの一つにやって来た。ディートリヒトはその案内役兼お目付け役、何かあった時の護衛として同行していた。
「かっこいいですね、その服」
「聖騎士の正装です。白は清廉潔白、騎士として常に高潔であれという戒めの意味もあります」
ディートリヒトは柔和で人の良さそうな顔をしている。だがその実力は本物で、四年前に最年少で聖騎士となった実力者である。
そんな優しそうなディートリヒトであるが、その内には野望を秘めていた。いつか王国騎士団の騎士団長、つまりは聖騎士序列第一位になるという野望を抱いていた。
そう、ディートリヒトは温和で礼儀正しく優しそうな笑顔と態度で激しい内面を覆い隠すタイプの男だった。
だから、その時も笑顔だった。内心では、なんでガキの世話なんざしなきゃならないんだ、と不満を抱きながらもそれを表に出さず、礼儀正しくニコニコと笑っていた。
しかし、その笑顔も今は崩れ去っている。
「なかなか面白いダンジョンだったわね! 魔石もこんなにたくさん獲れたし!」
「あー、残念なんだが、お嬢ちゃん。これは持ち出し禁止だ。換金できない」
「えーーーーーーー!?」
「ったく、やっぱり聞いてなかったな。何度も説明されただろうが」
ディートリヒトの案内でクリスティーナたちはダンジョンにやって来た。その日の参加者はクリスティーナとレドラック、アルベルトにアンナにフィニルだった。
厳重な警備に守られた国有ダンジョン。そのダンジョンの入り口には結界が張られ、入り口の周囲には高く頑丈な壁が外部からの侵入者を阻んでいた。その周りをさらに警備兵が巡回し、二十四時間ダンジョンに異変がないか監視していた。
厳重に警備されたダンジョンの門をくぐり、クリスティーナたちはダンジョンの入り口の前に立った。そこで再度、ディートリヒトはクリスティーナたちに忠告し、絶対に勝手な行動をとるなと警告しておいた。
おいたのだが、クリスティーナはそれを守らなかった。金策よー! と言って一人でダンジョンの奥へと駆け込んで行ったのである。
ディートリヒトは焦った。まさか貴族のお嬢様がそんな突飛な行動をとるとは思わなかったからだ。
もしここでクリスティーナが死んだら自分の責任になる。そう思ったディートリヒトはすぐさまクリスティーナの後を追った。
そして、そこで見た光景にディートリヒトは言葉を失った。
クリスティーナたちが訪れたダンジョンはダンジョンの危険度を示す五段階評価の中の三番目。ランク三のダンジョンである。そこにはそれなりに強力な魔物が生息しており、一人で乗り込んだら普通ならば命を落とす確率がかなり高い。
だが、クリスティーナは違っていた。単身乗り込んだクリスティーナは一人でダンジョン内のモンスターをなぎ倒し、最初の勢いのままダンジョンの奥へ奥へと突撃していったのである。
ディートリヒトは必死にクリスティーナの後を追った。だが、そのスピードはあまりにも速く、聖騎士であるディートリヒトでも追いつくだけで精一杯だった。
それだけでも信じられないことなのだが、さらに信じられないことが起こった。クリスティーナがそのダンジョンの最深部に到達してしまったのである。
一人で、である。一人でランク三のダンジョンの最深部に到達したのだ。そして、そこにいたダンジョンの主を一撃で仕留めてしまったのである。
有り得なかった。信じられなかった。ディートリヒトは自分の目にした光景が現実なのかと我が目を疑った。
そして、さらにクリスティーナは信じられない行動をとった。ダンジョン内の魔物が再出現し始めたのを確認したクリスティーナは急いで入り口に戻ってこう言ったのだ。
「よし、もう一周よ!」
と、そう言ってクリスティーナは二週目を始めたのである。
そんなクリスティーナを見てディートリヒトは思った。こいつ、頭がおかしいんじゃないか、と。
「うーーーー! こんなに頑張ったのに骨折り損じゃない!」
「ちゃんと話を聞かないお嬢ちゃんが悪い」
「お金お金お金お金お金ーーーーー!!」
ダンジョンに到着してから二時間。すでにクリスティーナは五回目のダンジョン攻略を終わらせていた。
「有り得ない。単身で攻略できたのは、団長しかいないんだぞ……」
通常、ダンジョンの攻略は複数の人間で行う。一人でダンジョンに潜る馬鹿は普通はいない。
その馬鹿が目の前にいる。しかもすでに五回最深部に行ってボスを倒している。
「は、ははは。冗談じゃない、冗談じゃないぞ……」
こんな人間がいるわけがない、とディートリヒトは思った。こいつは人間じゃない、とクリスティーナを見てディートリヒトはそう思った。
そうだ、こいつは人間じゃない。と言うかそもそもそんな奴がいるわけがない。
ああ、これは夢なんだ、とディートリヒトは考えた。きっとこれは夢なんだと。
そうでなければなんなんだ。必死に努力して聖騎士にまで上り詰めた自分が目の前の少女より弱いわけがない。自分ができないことをあっさりとやってのけられるはずがない。
夢だ、きっと夢なんだ。
「まあいいわ。それじゃあもう一周行きましょうか」
本当に、本当に頭がイカレている。そうでなければなんなんだ。
「おい、お嬢ちゃん。忘れちゃいないだろうな?」
「ん? ああそうだったわね。今日はみんながいたんだった」
「今頃思い出したのか?」
「だって、久しぶりのダンジョンで楽しくなっちゃって」
「た、楽しい、だと……?」
ダンジョンが楽しい。そんなことを言う人間をディートリヒトは見たことがなかった。と言うかその場にいるレドラック以外の全員見たことも聞いたこともないだろう。
「それじゃあ今度はみんなで潜るわよ! 大丈夫! 中は何度も確認済みだから!」
その日、ディートリヒトは自分の常識の範疇を超えた存在と出会った。
そして、決意した。
「やめよう、聖騎士……」
帰ったらすぐに辞表を出そう、騎士団を辞めて田舎に帰ろう。と六回目のダンジョン攻略へ行こうとするクリスティーナを眺めながら、ディートリヒトはぼんやりとそんなことを考えていた。
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