第32話 ロベルトとアルベルト

 ロベルトに呼び出されたアルベルトは無言でソファーに腰を下ろし腕を組んで座っていた。


「さて、どういうことかな?」

「決闘した。負けた。以上だ」


 短く答えたアルベルトは再び押し黙り、そんな態度の弟にロベルトは深いため息をつく。


「確かに見張れとは言った。接触するのは仕方ない。だが、決闘しろとは言っていないんだが?」

「一つ確かめたいことがある」

「話を聞いているのかい?」

「小言は好かん」

「言われるようなことをしているんだよ、キミは」

「すまん」

「……そういうところは素直だね」


 ロベルトはまた深いため息をつく。


「私はキミがわからないよ」

「兄上にもわからないことがあるんだな」

「皮肉かい?」

「俺が皮肉を言えるような人間だと思うか?」

「そうだね。その通りだ」


 ロベルトはアルベルトを良く知っている。嘘をつくのが苦手で隠し事ができず小細工が大嫌いで、馬鹿だ。真面目で頑固な軍人気質と言ってもいいが、どちらにしろ馬鹿である。


「うらやましいよ、キミが」

「嫌味か?」

「いいや、本心だよ。キミみたいに真っ直ぐに生きられたら、どんなにいいか」


 またロベルトは深いため息をつく。深い悩みの混じったため息だ。


「それで、確かめたいこととは?」

「決闘した相手はレドラックと言う男だ」

「ああ、例の彼だね。グリフォンを一人で倒したと言う」

「あれは事実だ。対峙して理解した。あの男は王国騎士団の聖騎士に匹敵する強さだ」

「……なるほど。それで?」

「その男よりクリスティーナ・クリスペールは強いらしい」

「……冗談だろう?」

「それを確かめたい」


 アルベルトは報告を聞いていた。決闘騒ぎを聞きつけた教師たちやその様子を遠くから見ていた学生たちからの証言だ。


 おそらくアルベルトが言うようにレドラックの強さは本物だろう。聖騎士に匹敵するかはわからないが、強いというのは本当だろうなとロベルトは考えている。


 だが、そのレドラックと言う男よりクリスティーナが、十四歳の貴族のお嬢様が強いと言うのは信じられない。信じろと言うほうが無茶である。


「兄上、この国はダンジョンをいくつか所有していたな?」

「公にしてはいないがね。それが?」

「潜る」

「誰と?」

「クリスティーナ・クリスペールたちとだ」


 レジェンドル王国はダンジョンを所有している。一般には知られていない秘密のダンジョンだ。


 その用途は兵士の訓練や素材の採取、魔導院によるダンジョンの研究のために使用されている。


「そのダンジョンであの女の実力を確かめる」

「なるほど。で、それ以外には?」

「……ない」

「そうかい。相変わらず嘘をつくのが下手だね。顔に出ているよ」

「そんなことはない」

「隠してもわかる。キミは、嘘をつくと鼻の穴が大きくなる」

「なっ!?」


 アルベルトは慌てて鼻を隠す。その姿を見たロベルトは呆れたように小さなため息をつく。 


「……嘘だよ」

「くっ……」


 アルベルトは顔をそらす。やはりアルベルトは嘘をつくのが下手だった。


「まあ、いい。何を考えているかは知らないが」


 ロベルトは机に頬杖をついて何かを考え始める。


「いいだろう。許可を取っておこう。ただし、無茶なことはしないように」

「すまない、兄上」

「いいさ。かわいい弟のためだ」

「……気持ち悪いな」

「はは、そこは正直にならなくても結構」


 何か隠し事をがある様子のアルベルトだったが、ロベルトはそのことをこれ以上追及しなかった。


「その代わり監視役をつけさせてもらう。いいね?」

「わかった」


 了解の意を示すとアルベルトはソファーから腰を上げる。


「……俺は強くなりたい」

「そうだね。知っているよ」

「俺にはそれしかない」

「そうだね、と言ってほしいのかい?」

「兄上」

「なんだい?」

「俺は、この国の役に立てるのだろうか」

「なれるか、じゃない。なるんだろう?」

「……そうだな」


 アルベルトは何かを考えるようにしばらく目を閉じていた。それからゆっくりと目を開け、ロベルトのほうへと向き直ると深く一礼をしてから部屋を出ていった。


「不器用だね、本当に。うらやましいよ」


 アルベルトの後姿を眺めながらロベルトは小声でつぶやく。


 うらやましい。それはロベルトの本心だった。素直で純粋なアルベルトがロベルトはうらやましかった。


「キミがそのままでいられるように、私もがんばるとしよう」


 何かが起こる。そんな気がする。しかし、何が起こっても構わない。それをどうにかするのが自分の仕事だと、ロベルトはそう考えている。


 この国のために、民のために、そして王家の、自分の家族のために。

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