第30話 三人の聖女候補

 クリスティーナが部屋に戻るとそこにはお茶の準備をしているニナと、フィニルとレドラックがいた。


「お邪魔していますよ、クリスティーナ」


 フィニルはレドラックの隣に座っていた。そして、その距離が妙に近い。


「ごめんなさい、先にいただいています」

「大丈夫ですよ。それよりも。さ、入って」


 クリスティーナは自分の後ろにいるアンナを部屋に招き入れる。


「あ、あの」

「そちらの方は、確か」

「アンナと申します、姫様」

「そうなの、あなたが。でも、どうしてクリスティーナと?」

「まあ、いろいろとあってね」

「アンナ様、こちらへどうぞ。今、お茶を入れますね」

「あ、ありがとうございます」

「遠慮しないでね、アンナ。ニナ、しっかりおもてなししてね」

「はい、もちろん」


 こうして三人の聖女候補の突然のお茶会が始まった。


「――そうなの、そんなことがあったのね」


 お茶会が始まってすぐにクリスティーナは先ほど何があったのかをフィニルたちに説明した。


「ひどい話だな」

「そうです。平民だからってひどい扱いをしていいわけがありません。ねえ、レドラック」

「そうですね、姫様の言う通りです」

「わたくしは違います。ねえ、レドラック」

「そうですね。姫様は平民の俺にも……。あの、姫様」

「なんですか?」

「少し離れていただけますか? お茶が飲みにくいんですが」

「わたくしは大丈夫ですよ?」

「俺が大丈夫じゃないんですがね……」


 本当に最近フィニルとレドラックの物理的距離が近い。それがおそらくフィニルなりの行動なのだろうが、少々レドラックは迷惑していた。


 迷惑だが、面と向かって迷惑だとは言いづらかった。どうもフィニルには悪意はないようだし、そもそも普段の距離が近いだけで、人目がある場所ではちゃんとわきまえてくれている。距離が近いのはクリスティーナなど親しい人間の前だけだ。


 まあ、それでも邪魔と言えば邪魔なのだが。お前は邪魔なんだよ、とは言えなかった。


 そんな話はさておき、考えるべきはアンナのことだ。


「教室ではどうなのですか?」

「……良くは、ありませんね」

「そうなのですか。同じ教室なら、よかったのですけれど」


 クリスティーナ、フィニル、アンナの三人ともクラスが違う。今年の新入生は三つの教室に分けられ、聖女候補が一人ずつ割り当てられている。


「誰か助けてくれる人はいないの?」

「どうでしょうか。あまり、お話をしたことがないので」

「……そう言えば、アンナさんのクラスにはわたくしの弟がいたと思いますけれど」

「弟?」

「はい。わたくしの弟のアルベルトです」


 弟。それは第二王子のアルベルトだ。アルベルトはフィニルの弟だが、フィニルが二年遅れで学校に入学したため、姉と弟であるが同級生なのだ。


「じゃあ、その弟に助けてもらえばいいのね!」

「そうできたらいいのですけれど。わたくしは、アルベルトとほとんど顔を合わせたことがないので」


 フィニルは生まれた時から体が弱かった。そのため今までの人生のほとんどの時間を王都から離れた療養地で暮らしてきた。そのため両親である国王や王妃、姉や兄、弟のアルベルトとは数えるほどしか会ったことがない。


 なので関係性が構築できていない。フィニルが、お願い、と言ってもそれをアルベルトが聞いてくれるだろうか。


 と、そんなことを悩んでいるときだった。

 

 誰かが部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼する」


 ドアをノックした人物。その人物は部屋の主であるクリスティーナの返事も聞かず、勝手に部屋に入って来た。


「……やはりここにいたのですね、姉上」

「アルベルト……」


 突然入ってきた人物。それは今しがた話題に上がったフィニルの弟のアルベルトだった。


「えっと、この人が」

「はい、弟のアルベルトです。でも、どうして?」

「お前がクリスティーナ・クリスペールか」

「はい、そうですけど?」

「俺は回りくどいことが嫌いだ。単刀直入に聞く」

「はい、どうぞ」

「クリスティーナ・クリスペール。お前は何を企んでいる」

「……はへ?」


 突然だった。入って来た時と同じでアルベルトは突然おかしなことを言い始めた。


「企む?」

「そうだ。父を追い落とし家督を奪い取って何をしようとしている」

「アルベルト、失礼ですよ。その言い方は、クリスティーナが自分のお父上を陥れたような」

「そうだ」

「そうだ、って……」


 アルベルトはクリスティーナを睨む。

 

 さて睨まれたとうのクリスティーナだが、あまりのことに思考が停止し、無意識にお茶を飲んでいた。


「あ、お代わりちょうだい」

「話を聞いているのか?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと何言ってるかわからなくて、つい」

「……ふざけた女だ」


 ふざける。いや、ふざけてはいない。クリスティーナはいたって真面目、いつも通りのクリスティーナだ。


「えっと、私がお父様に何かをして無理矢理家督を奪い取ったと?」

「そうだ」

「なんで?」

「なんで?」

「はい、なんででしょうか?」

「それは……」


 アルベルトは顎に手を当てて黙り込む。


「……わからん」

「わからないんですか?」

「そういうことを考えるのは兄上の仕事だ」

「あー、そうなんですね。とりあえず、お茶でもどうですか?」

「……いただこう」


 というわけでアルベルトもお茶会に参加することになった。


 さて、読者の皆様はお気づきだろう。


 そう、アルベルトは馬鹿なのである。


「で、何を話していたんだ? 国を陥れる策略か?」

「いえ、アンナに対するイジメのことで」

「イジメ?」

「そうなんですよ、アルベルト。アンナさんは平民だからって同じ教室の生徒からイジメられてるみたいで」

「そうなのか?」

「えっと、それは」

「はっきりしろ」

「……はい、その通りです」


 アルベルトに睨まれたアンナは肩を縮めて委縮する。アルベルトは顔も良いし性格も悪くはないのだが、目つきが少々鋭く、無意識に他人を威圧してしまうことが多かった。


 まあ、悪い人間ではないのだが、目つき一つで損である。


「それで、アルベルト。あなたにアンナさんを守ってもらいたいのです」

「俺が?」

「あの、それは。殿下に守っていただくのは」

「なんだ? 俺では不満か?」

「いえ、アルベルト様のお手を煩わせるようなことでは……」

 

 アルベルトはアンナを睨む。本当は睨んでいるわけではなくただ見ているだけなのだが、その視線にアンナはさらに体を縮める。


「アルベルト様、お願いします。この子は平民で、頼れる人がいないんです。助けてあげられませんか?」

「そうですよ、王子様。民を守るのが王家の血を引く者の仕事でしょう? それとも女の子一人守る自信がないのですか?」

「……貴様、侮辱する気か?」


 アルベルトはレドラックを睨みつける。


「何者だ、お前は」

「あー、俺は」

「失礼ですよ、アルベルト。この方はわたくしの命の恩人でわたくし専属の護衛騎士のレドラックです」

「レドラック。貴様が……」


 レドラックを睨むアルベルトの視線が更に鋭くなる。


「貴様、グリフォンの首を一太刀で切り落としたらしいな」

「いやいや、王子様の耳にまで入っているとは」

「で、本当なのか?」

「本当ですわ! わたしがこの目で見たのですから! ああ、あの時のレドラックは本当にかっこよかった。わたくしの命の危機に颯爽と現れて、怖ろしいモンスターをあっという間に」

「あの、フィニル様。そのお話はまたの機会に」

「そうですよ、姫様。今はアンナ様の話を」

「いけません、そうでしたね。で、アルベルトはわたくしたちの願いを聞いてくださるの?」

「……断る」


 アルベルトはレドラックから視線を外し、視線をアンナのほうに戻す。


「虐げられると言うことは弱いからだ。光の力を持つ聖女候補なら自分で切り抜けられるはずだ」

「そんな、ひどいですわ!」

「ひどい? こんなところでイジメられて泣くような人間が聖女候補だということのほうがひどい話だと思うが?」


 アルベルトの言葉にアンナはうつむく。その表情は今にも泣きだしそうで、それを見たフィニルはアルベルトの態度に怒りをあらわにしそうになっていた。


「弱い人間は何をされても文句は言えない。ということでよろしいですか、王子様」


 フィニルが声を上げる前にレドラックが口を開いた。


「そうだ」

「弱い人間が悪いと?」

「すべてではない。だが、聖女候補である以上、弱いことは罪だ」

「そうですか」


 レドラックは一つため息をつくと椅子から立ち上がる。


「弱い者は強い人間に従うべきだ、と言うことでよろしいですね?」

「基本的にはな」

「なるほど。では俺に従ってもらいます」

「なんだと?」


 レドラックの発言を聞いたアルベルトはレドラックを睨みつけながら立ち上がる。


「俺がお前より弱いと?」

「はい、その通りです」

「ふざけたことを」

「いいえ、事実です。王子様」


 レドラックとアルベルトは睨み合う。そんな緊迫した空気の中、クリスティーナだけはいつも通りだった。


「何してんの? トイレにでも行きたくなった?」

「あのなあ、お嬢ちゃん。この状況でどうしてトイレなんだよ」

「クリスティーナ様。お二人はこれから決闘を行おうとしているのですよ」

「決闘? って、戦うの?」


 クリスティーナはレドラックとアルベルトの顔を見比べる。


「やめといたほうがいいんじゃない? 本気でやったら死ぬわよ」

「ほう、こいつがか?」

「違います、あなたがです。アルベルト様」


 アルベルトはクリスティーナの言葉に顔を引きつらせる。


「ずいぶん舐められたものだな」

「いいえ、事実です。わかりませんか?」

「……ここまで馬鹿にされたのは初めてだよ」


 アルベルトは怒りに震えていた。二人に煽られて頭に血が上っていた。


 まあ、わざと煽ったのはレドラックのほうだけだ。クリスティーナのほうは天然である。そう思ったからそう発言しただけである。


 しかし、煽られたほうにはそんなことなど関係ない。


「表に出ろ、レドラック」


 こうしてアルベルトとレドラックの決闘が決まったのである。

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