第29話 学生生活が始まりましたが……

 授業が始まった。


「あーもう、なんで私が怒られなきゃならないのよ……」


 クリスティーナは頭を抱えていた。一応、子供の頃から家庭教師に読み書きや算数、この国の歴史やいろいろなことを学んできた。けれども彼女は根本的に椅子に座っての授業は苦手だった。よく授業中に居眠りをして教師に怒られている。


 それに加えて実技の授業でもやらかしてしまった。そう、今しがた、数時間ほど前のことだ。


 今日、初めての実技の授業があった。そこでは剣や魔法の実践的な授業が行われる。


 それはいつかやってくる国の危機に対処するために大切な授業である。貴族の中には自分の子供を危険にさらす実技授業に対し、危ないから廃止しろ! と訴える者も中にはいるが、民の上に立つ貴族として高貴な物の義務だとして、現在も廃止にはなっていない。


 今日は剣術の授業だった。剣の基本的な扱いを学び、それから二人一組になって模擬戦を行った。


 もちろん本物の剣を使うわけではない。木剣で相手に怪我を負わせないように配慮しながらである。当然、監督の教師もその場にいた。


 クリスティーナも剣の授業に参加した。相手は同じクラスの男子生徒だった。


 その授業てクリスティーナはやっと自分の感覚が異常であることを自覚したのである。


 まずクリスティーナは普通に木剣で素振りをした。するとそれだけで木剣がバラバラに砕け散った。


 何もしていない。ただ木剣を振っただけだ。


 それを見た同じクラスの生徒たちは言葉を失っていた。それでも授業は続き、二人一組の模擬戦が始まった。


 相手は男子生徒。そこでもクリスティーナは間違いを犯した。


 クリスティーナは今までレドラックを相手に剣の腕を磨いてきた。他には町の衛兵たちを相手に稽古を積んできた。クリスティーナはその感覚で男子生徒と模擬戦を始めてしまったのである。


 砕け散った木剣を交換し、少し加減をしながら男子生徒に斬りかかった。結果は当然クリスティーナの勝ち。男子生徒は全身の骨を複雑骨折して気を失った。


 クリスティーナはいつもの調子だった。そう、クリスティーナにとってはいつも通りだったのである。


 しかし、結果は男子生徒の骨を粉々にしてしまった。だがしかし、クリスティーナには光の力がある。クリスティーナは複雑骨折をして気を失った男子生徒を光の力で回復させ、わずか数秒であっという間に骨折から回復した男子生徒は意識を取り戻した。


 そして、クリスティーナはこう言った。


「さあ、続きをしましょう。これぐらいでへばってたらダメよ」


 それからクリスティーナは再び男子生徒に斬りかかり、相手の骨を粉々にし、光の力で回復させて模擬戦を続けようとした。


 そこでやっと監督の教師が割って入った。模擬戦を中止させ、クリスティーナの相手の男子生徒を医務室に連れてゆき、その日の授業は解散となった。


 そして、呼び出された。クリスティーナは校長室に呼び出されそこで厳重注意を受けたのである。


「まあ、私も相手の実力を確認しなかったのは悪かったと思うけど……」


 クリスティーナにしては加減をしたつもりだったようだが、それは普通の人間からしたら加減になっていない。


 今までの剣の相手はレドラックだったのだ。クリスティーナと一緒にモンスターを狩り、ダンジョンで金ピカゴーレムを狩り続けて来たレドラックだ。


 そう、レドラックも強くなっていた。クリスティーナと渡り合える程度にはである。


「あーあ、帰りたいなぁ。モンスター狩りしたい、金策したい、みんなに会いたい……」


 校長室から自室へ戻る途中、クリスティーナは故郷のことを思い出していた。まだ離れて一カ月も経っていないがクリスティーナはホームシックになっていた。


「お金稼ぎたい……」


 学校を卒業するまでは以前のようにモンスターを狩ってお金を稼ぐことはできないだろう。それどころか生活費がかかるため収入はマイナスである。


 辞めてしまおうか、とクリスティーナはぼんやりと考えていた。だが、おそらく無理だろう。


 国立学校の入学は義務ではない。その証拠に十四歳になっても入学してこない者もいる。


 そして基本的には貴族しかいない。平民にはよほど優秀でない限り入学資格がないのである。


 だが、クリスティーナたち聖女候補は違う。彼女たちの入学は義務であり、入学しないという選択肢はないのである。


「そもそも学校に入学するから破滅するんじゃないの? 確か、私が入学しない悪夢は一つもなかったはずで――」


 そう言えばしばらく日記帳を確認していないな、とそう思ったクリスティーナは久しぶりに悪夢を調べてみようと考えた。まだまだ破滅の道へと進むルートがあるかもしれないのだ。今のうちに対策を練っておいたほうがいいだろう。


 それなら善は急げだ。部屋に帰ってお茶でも飲みながら考えよう。


「今日のおやつは何かなぁ。ニナ、また腕を上げたみたいだし」


 そんなことを考えながらクリスティーナは歩いていた。


 そんな時だった。


「平民のくせに生意気なのよ!」

 

 どこかから人の声が聞こえた。


「あなたが聖女になれるわけないでしょう」

「平民が聖女なんて有り得ないわ」

「光の力があるからって私たちを馬鹿にしているんじゃないの?」

「平民のくせに」

「ねえ、何してるの?」

「!!!??」


 クリスティーナは迷わずに声をかけた。何やら一人の少女に対して寄ってたかって罵声を浴びせている少女の集団にである。


「あ、もしかしてイジメ? ダメよ、そんなことしちゃ」

「そ、そんなことしてないわよ!」

「そうよ! 私たちはただ、この子に忠告を」

「そうなの。じゃあ、私も忠告しようかな」


 クリスティーナは少女に罵声を浴びせていた集団をぐるりと見渡すと低い声でこう言った。


「破滅するわよ、あなたたち」


 その言葉に少女たちは震えあがった。言葉を失い硬直し、その場から動けなくなってしまった。


「散りなさい。この子をイジメても何の得にもならないわよ」

「ひ、ひぃぃ」


 罵声を浴びせていた少女たちは恐ろしさのあまりその場から脱兎のごとく逃げだした。残されたのは罵声を浴びせられていた少女とクリスティーナだけである。


「あ、あの」

「わかってないのねぇ。イジメをすると処刑か追放なんだから」

「しょ、処刑?」


 何やら物騒な言葉にその少女は震えあがる。


「ああ、こっちの話。それより大丈夫? 何もされてない?」

「は、はい。その、えっと」

「クリスティーナよ。アンナさん」

「どうして、私の名前を」


 そう、クリスティーナはその少女の名前を知っていた。悪夢の中で何度も見たことがあった。


 いや、見たことがあるだけではない。何度も何度も彼女をイジメ、そのせいで処刑され追放されたのだ。


「ま、ここじゃなんだし私の部屋に行きましょうか」


 三人目の聖女候補、平民でありながら光の力に目覚めた少女、アンナ。


 これがアンナとクリスティーナの最初の出会いだった。と言うかそもそもクリスティーナはアンナと関わる気は全くなかった。


 なにせ悪夢の中では彼女と関わってもロクなことにならなかったからだ。まあ、彼女をイジメなければ破滅もしなかったのだが、そんな悪夢はひとつもなかった。


 しかし、放っておくわけにもいかなかった。イジメられている人間を無視できなかったのだ。


「あの、あ、ありがとうございます」

「いいのいいの。こっちのほうが謝らなくちゃならないんだから」

「え? あの、それはどういう……?」


 その通り。クリスティーナはアンナに謝らなければならない。悪夢の中で散々ひどいことをしてごめんなさい、と。


「まあいいから。行きましょう」

「は、はい」


 クリスティーナはアンナは並んで廊下を歩く。


「そもそもアンナさんにひどいことしなければいいんだし。大丈夫よね?」


 と少しばかり不安になりながらクリスティーナはアンナを連れて部屋へと向かった。

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