第28話 感謝の気持ちは行動で
クリスティーナは何とか入学する前に破滅するという最悪の運命を回避することができた。
けれど、平和にというわけにはいかなかった。
入学式は滞りなく行われた。その後の新入生歓迎パーティーも問題なく終わった。
ただ、誰もクリスティーナに話しかけてはこなかった。おそらくいろいろと噂が出回っていたのだろう。入学式の時もその後のパーティーの時も、誰もクリスティーナに声をかける者はいなかった。
まあ、それでも別にクリスティーナは何も気にしていなかった。入学式の時は退屈すぎて居眠りをしていたし、パーティーの時も人間よりも料理に夢中で人と会話することを忘れていたからだ。そのため周囲の生徒から避けられていることさえ気が付かなかったほどである。
つまりクリスティーナはいつも通りだった。だが、そのいつも通りの態度が他の学生たちには不気味に、得体の知れない生き物に見えたのだろう。
新入生たちはクリスティーナを意図的に避けているようだった。けれど、そんな中でもフィニルだけは変わらなかった。
「クリスティーナ」
「フィニル様。お体のほうはもうよろしいのですか?」
「ええ、心配をかけてしまいましたね。人が多い場所はあまり慣れていなくて」
新入生歓迎パーティーの時、フィニルは体調を崩して途中で部屋に帰った。理由は彼女が人気者だからだ。
病弱でほとんど表舞台に顔を出すことのなかったお姫様。光の力に目覚めた聖女候補の一人。そして、次期国王と目される美しい王子ロベルトの妹。
入学式の時もその後のパーティーの時もフィニルの周りには人だかりができていた。フィニルを一目見ようと、できるならばお近づきになろうとする者たちでいっぱいだった。
そして、優しいフィニルはそんな大勢の生徒たちを追い返したりせず、一人ひとり言葉を交わそうと頑張った。そのせいで途中で体調を崩してしまったのだ。
フィニルは話の途中でめまいを起こし、その場に倒れこんでしまったのだ。
お姫様が突然倒れて周囲は大騒ぎ。学生たちが慌てる中、クリスティーナは倒れたフィニルを助け起こして彼女を会場の外へと連れ出したのである。
「あんなに大勢の人とお話しするのは初めてでした」
「本当に、倒れたときはびっくりしましたよ」
「迷惑をかけてしまいましたね、クリスティーナ」
「いいえ。体調が戻ってよかったです。それにお礼をするならレドラックです。会場から運び出したのは私ですけど、部屋へ運んだのはレドラックですから」
「それはもう、ちゃんとお礼は何度も伝えました。でも……」
「何かあったのですか?」
フィニルは真剣な面持ちだった。何か深刻な悩みでもあるようである。
「はい。レドラックには助けられてばかりで、もっと感謝を伝えたいのですが。レドラックは何もいらないと言うのです」
それほど深刻な悩みでもなさそうだった。だが、おそらくフィニルにとっては真剣な悩みなのだろう。
そんな悩みにクリスティーナは何も悩まずすぐに答えを出した。
「だったら物じゃなくて行動で示せばいいんですよ!」
「行動?」
「そうです! たくさんねぎらいの言葉をかけたり、感謝の手紙を送ったり。とにかく行動すればいいんです!」
行動。クリスティーナは行動と言ったがその言葉に深い意味はなかった。ただ単純にプレゼントを贈るよりも簡単だしお金もかからないだろうとそう思っただけだ。
けれど、フィニルは違った。
「感謝の気持ちは態度で示す! 気持ちは言葉で伝えないとわかりませんからね!」
気持ちは態度や言葉にしないと伝わらない。
「私も全然わからないので言葉にしてくれるとありがたいです!」
クリスティーナは他人の気持ちに無頓着である。鈍感で察しが悪く、突拍子もない行動で周囲に迷惑をかけることも多いうえに、余計なことを考えてしまい勘違いすることも多々あった。
だから言葉だ。と言うか言葉にしてくれないとクリスティーナは理解できないのだ。
そう、クリスティーナは自分のことを例にして、行動だ、とフィニルに伝えたのだ。しかし、どうやらフィニルはその言葉を別の意味で理解したらしい。
「行動、ですね。わかりました」
フィニルは決意に満ち満ちていた。さて、彼女は何を考えているのやら。
と言うことがあったのが入学式の翌日のことだった。
それから数日後。デモンドが王都を離れる日が訪れた。
「お父様をよろしくね、エダ」
「はい、お任せください。というか、私はお嬢様のほうが心配なのですが」
「大丈夫よ、ニナもいるしね」
「それが心配なのです」
記憶を失ったデモンドは領地に戻って療養することとなった。しかし、デモンド一人を戻らせるわけにもいかず、付き添いでエダも屋敷に戻ることとなった。
「旦那様を送り届けたらすぐに戻ってきますので」
「大丈夫だって。ゆっくりしてきたらいいじゃない」
「そうですよ。クリスティーナ様のことはわたしにお任せください」
エダは不安だった。非常に不安だった。
エダはクリスティーナのことを良く知っている。彼女があまり物事を深く考えず、勢いで行動することを知っている。
そして、ニナはそんなクリスティーナを全肯定していることもエダは理解している。つまり、エダがいなくなるとクリスティーナを止める人間がいなくなると言うことなのだ。
不安だ。ものすごく不安だ。
「心配しなさんなよ。俺もついてる。お嬢ちゃんが暴走しそうになったらどうにかするさ」
「お願いしますよ、レドラック。あなただけが頼りなのですから」
「おう、任せろ」
こうしてエダは大きな不安を抱きながらもデモンドと共に馬車で王都を離れたのだ。
「無事につくといいわね」
「ああ、そうだな」
「そうですね、レドラック」
クリスティーナたちは離れていく馬車を見送っていた。そして、その中になぜかフィニルの姿もあった。
「さあ、行きましょう、レドラック」
「……あのう、姫様。少し離れていただけないでしょうか」
「嫌です」
フィニルはレドラックの腕を掴みぴったりと体を寄せている。そんなフィニルはとても幸せそうで、ものすごく嬉しそうだった。
反対にレドラックのほうはというと困惑していると言うか困っているというか、なんだか複雑な表情をしていた。
「感謝の気持ちは行動で、ですから」
おそらくフィニルは間違っている。間違っているのだが、それを指摘する人間がここにはいない。
「姫様、動きにくいんですが」
「わたくしは大丈夫です」
「いや、あの、こっちが」
「大丈夫です」
どうやらフィニルもワガママ姫だったようだ。
可哀そうなレドラック。ワガママ二人に囲まれて大変である。
「レドラック、このあとちょっと付き合ってよ。今度、初めての実技の授業があるから、少しならしておきたいの」
「いいえ。レドラックはわたくしと一緒です。わたくし専属の護衛騎士なのですから」
「でしたら、一緒にお茶でもどうでしょうか。外で稽古をしながら」
「……俺の意見は?」
可哀そうにレドラック。彼の気持ちを考えてくれる人間はそこには誰もいないのだった。
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