第27話 王子様は頭が良い
デモンドが引退することが決まった。デモンドは何者かに襲われ、そのショックで記憶を失い、領主としての役目を果たせないと判断され、国王の命令により一線を退き家督をすべて長女であるクリスティーナに譲ることとなった。
どうにか切り抜けることができた。どうにか誤魔化すことができた。デモンドが何かに取り憑かれていたこと、クリスティーナがデモンドを光の力でズタボロにしてしまったことはクリスティーナとエダしか知らない。
今のところデモンドが記憶を取り戻す気配はない。デモンドが記憶を取り戻し、dクリスティーナに襲われたんだ、とデモンドが証言すればすべてバレてしまうが、その危険性は低いだろう。
それにデモンドはこれから領地へ戻り療養することになっている。そうなれば、まあ、なんとかなるだろう。おそらく、たぶん。
とりあえずピンチは切り抜けた。危機的状況から逃れることができた。入学前に破滅することはないだろう。
よかったよかった、とクリスティーナはホッとしていた。
しかし、実際にはそうではなかった。
「記憶喪失、ねえ。怪しいものだよ」
男がいた。きれいに整えられた淡い金髪とコバルトブルーの瞳をした美しい青年だった。その男は自室で報告書を読みながら何やら考え事をしていた。
「デモンド・クリスペールは黒い噂の多い男だった。先日のフィニル襲撃もデモンドが関わっていた疑いがある。だがそんな男が突然記憶を失い、引退。家督はすべて長女のクリスティーナに。なんとも都合がいいと言うか、なんというか」
男の部屋にはもう一人、男よりも年下の少年がいた。髪色は男と同じ淡い金髪で男とよく似て美しく、けれども幼さの残るそんな美少年だ。
ただし目つきが悪い。男と少年は顔はよく似ていたが、少年の目つきはとても鋭かった。
「診断をした医者にも話を聞いたが、これが演技なら貴族など辞めて舞台俳優にでもなったほうがいい、と言う話だ。さて、アルベルト。お前はどう思う?」
「さあな」
アルベルトと呼ばれた目つきの悪い美少年はぶっきらぼうに返事をすると腕を組んで目を閉じる。
「興味がなさそうだね」
「ない」
「まったく。少しは国のことに興味を持ったらどうだい?」
「王家の人間としてか?」
「ああ、そうだ。この国を背負うものとしてね」
「くだらない。そういうのは兄上の仕事だろう」
「そういうわけにはいかないさ。私が死んだらキミが次期国王なんだよ」
「そうなったら終わりだな」
「そんなことを言わないでくれよ」
「なら、死ななければいい」
美男と美少年。二人は兄弟だった。そして、王家の人間だった。
美男の名前はロベルト・ラー・レジェンドル。レジェンドル王国の第一王子で、現在は次期国王候補として山積する国の諸問題に取り組んでいる。
もう一人の美少年の名前はアルベルト・レア・レジェンドル。ロベルトの弟で第二王子、今年国立学校に入学したばかりの新入生だ。
そう二人はレジェンドル王国現国王の息子たちなのである。
「で、用は何だ。小言を言うために俺を呼んだのか?」
「違うさ。キミにはフィニルの様子を見張ってもらいたいんだ」
「なぜ?」
「あの子が今、誰と仲良くしているか知っているかい?」
「知らない。誰だ?」
「クリスティーナ・クリスペール。王家とはいろいろと因縁のある家の娘さ」
因縁。ロベルトは王家とクリスペール家に何があったのかを知っている。直接見たわけではないが、先代の国王と確執があったことを知っている。
そんな家の娘が自分の妹と仲良くしている。
「フィニルが襲われたのはおそらく偶然じゃない。フィニル襲撃を計画したのはおそらくデモンド・クリスペールだ。だが計画は失敗した。フィニルを襲うために放たれたモンスターは通りすがりの男に倒され、フィニルは無事だった」
「それが? よかったじゃないか」
「その男は以前、クリスティーナ・クリスペールの仲間だったらしい。さて、これはどういうことだろうねぇ」
何かある、とロベルトは考えていた。王家の人間であるフィニルを襲おうとしたデモンド、それを阻止した娘のクリスティーナ。
クリスペール家内部で何かがあったのでは、とロベルトは考えた。そして、クリスティーナが勝利した。ロベルトは、クリスティーナが父であるデモンドを蹴落として家督を奪ったのでは、と推察していた。
もしくは自分の犯行がバレることを恐れたデモンドが娘と協力して罪を逃れようとしているのかもしれない。どちらにしても、放っておくわけにはいかない。
「クリスティーナ・クリスペール。一体何を企んでいるんだ?」
クリスティーナたちが何をしようとしているのか。それはこの国にとって良いことなのか悪いことなのか。
ロベルトはこの国のため、この国の平和を守るためにはどうすればいいのかと考えていた。次期国王として、王家の人間としてこの国のことを真剣に考え、そしてクリスティーナのことをこの国の脅威になる存在なのではと疑っていた。
しかし、その疑いは的外れである。クリスティーナは何も企てていないどころか、デモンドが王都で何をしようとしていたのかも全く知らない。
ロベルトは頭が良かった。だから深読みし過ぎてしまったのだ。偶然に偶然が重なっただけなのに、それが必然の、何者かの陰謀ではないかと、そう考えてしまったのだ。
そう、深読みし過ぎなのだ。クリスティーナの頭の中には陰謀のいの字もないのに。
「必ず暴いてあげるよ、クリスティーナ」
こうして見当違いのことを考え盛大に勘違いをしたロベルトのひとり相撲が始まったのである。
なんというか、頭が良いと言うのも不幸なことなのかもしれない。
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