第26話 初めまして、お父様。そして……

 夜、デモンドのところに思わぬ人物が現れた。


「初めまして、お父様。クリスティーナでございます」


 娘がやってきた。生まれたときに顔を会われたきりの娘が王都の屋敷にやってきた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳あり」

「なんのようだ?」


 十数年ぶりの親子の再会。しかしそこに感動などはなかった。デモンドの執務室には重苦しい空気が充満していた。


「用件はなんだと聞いている」


 デモンドの態度は非常に冷たかった。自分の娘に対するものではなかった。


「お久しぶりです、旦那様。エダでございます。憶えていないかと思いますが」

「知らん。で、何が目的だ?」


 クリスティーナは黙り込む。そんなクリスティーナをデモンドは鋭く睨む。


「用がないなら帰れ。私は忙しい」


 クリスティーナは黙っていた。エダに言われた通り何も言わず、代わりにエダが話を続けた。


「今日、第二王女のフィニル様がお嬢様のところへいらっしゃいました」

「……だからなんだ?」

「療養地からこちらに来るまでいろいろと大変だったようで」


 エダとデモンドは互いに見つめ合い黙り込む。


 そして先に口を開いたのはエダだった。


「旦那様、引退なさってはいかがでしょうか」

「なんだと?」


 引退。つまりは家督をクリスティーナに譲って隠居でもしろとエダはデモンドに言ったのだ。一使用人でしかないエダが主であり貴族であるデモンドに対してだ。


 無礼極まる。上級貴族に対して不敬である。


 しかしデモンドは何も言わなかった。黙ってエダを睨みつけていた。


「見ての通りお嬢様は立派にご成長なされました。旦那様が必要ないほどに」

「だから、退けと?」

「はい」


 エダとデモンドの会話は続く。その間、クリスティーナはエダに言われた通り黙っていた。


 黙ってデモンドを見ていた。


 そんなデモンドをじーっと眺めていたクリスティーナは気になる物を見つけた。


「何かしら、あのモヤモヤ……?」


 クリスティーナは二人の会話を聞きながらテモンドの体にまとわりついている黒いモヤのような物が気になっていた。そのモヤにクリスティーナは心当たりがある気がしていた。


「そうだ、モンスターだわ……」


 二人の会話の邪魔をしないようにクリスティーナはぼそりと呟き、考えを巡らす。


 デモンドの体にまとわりつくモヤのようなもの。あれはモンスターから感じる闇の力に似ている。


 闇の力。それを持っているのはモンスターだけだ。人間が闇の力に直接触れると火傷のように皮膚がタダレたり、最悪死ぬこともある。


 そして、クリスティーナはその時あることを思い出した。バドラッドに教えられたことを。


 モンスターの中には人間に擬態する物がいる。姿だけではなく声や仕草まで真似て人間を騙して襲いかかるのだ。


 クリスティーナはそのことを思い出し、ある結論に達した。


 今、目の前にいるデモンドは偽物なのでは、と。


 とすれば相手は人間ではなくモンスターだ。モンスターだとすればおそらく魔石を持っている。


 つまりはお金になる。そう気が付いたクリスティーナの行動は早かった。


「ですので旦那様。あとのことはすべてお嬢様に任せて」

「ホーリー……」

「え?」


 モンスターを倒すときは相手に気付かれないように、だ。


「バスタアアアアアアアアアアアア!」


 クリスティーナは迷うことなく光の力をデモンドに向けてぶっ放した。その光の激流はデモンドだけでなくデモンドの前にあった机や後ろの壁もすべて吹き飛ばしてしまった。


「お、お嬢様!?」

「よし!」

「何が、よし! なんですか!?」


 突然のクリスティーナの凶行にエダは驚き混乱していた。しかしクリスティーナの方は非常に冷静で、光の波動が直撃し、床に仰向けに倒れるデモンドを観察していた。


「……なぜだ。なぜ、わかった」


 光の力でぼろぼろになったデモンドがゆっくりと起き上がる。


「おのれ、光の、聖女め。またしても、我のけいか」

「バスター!」

「ぐわああああああ!!」


 クリスティーナは容赦がなかった。相手がしゃべる前に二発目を食らわせ、二度と口が開けないようにしてしまった。


「これでよし!」

「これでよしではありません! 一体何をしてるんですか!」

「何って、モンスター退治よ?」

「も、モンスター?」


 訳がわからなかった。理解しているのはクリスティーナだけだった。


「そうよ。モンスターを倒すときは相手に気付かれる前に仕留めるのは当然でしょ?」

「何を言っているのか理解できません……」


 エダは目眩がしてきた。そんなエダなどお構いなしにクリスティーナは倒れたデモンドに駆け寄ると魔石を回収しようとデモンドの死体に触れた。


「ぐ、あ……」


 いや、死体ではなかった。デモンドはまだ生きていたのである。


「おかしいわね。魔石の感覚かないわ。いつもなら触ったらどこにあるのか大体わかるのに」


 おかしい。魔石をどこにも感じない。それに闇の力の気配もなくなっている。


「旦那様! 旦那様!」

「エダ、こいつはお父様じゃないわ。お父様に化けたモンスターよ」

「冗談は後にしてください! 旦那様! 今助けます!」


 助ける。エダはそう言うとデモンドの体に手をかざす。するとエダの手とデモンドの体が淡い光を放ち始めたのである。


 光の力だ。六歳の誕生日の時にクリスティーナが渡した光の力が籠められた魔法金の指輪をエダは使用したのだ。


 みるみるうちにデモンドの傷が癒えていく。それを見たクリスティーナはやっと自分の間違いに気がついた。


 光の力。それはモンスターの天敵。モンスターは光の力を浴びても回復せず消滅するか爆散するはずだ。


 けれどデモンドは消滅も爆散もしていない。つまり、このデモンドは。


「あ、あれえ?」


 危なかった。危うく親殺しの罪を背負うところだった。


 しかし、結果オーライだ。デモンドは生きているし、なんだか怪しい闇の気配もなくなったのだ。よかったよかった。


「覚悟、しておけ。聖女よ。我が、倒れても、必ず次の、魔王が――」


 どこかから声が聞こえてきたような気もするが、まあ気のせいだろう。


 クリスティーナの攻撃でボロボロになったデモンドは、光の力でなんとか無事に一命をとりとめることができた。そこへ騒ぎを聞きつけたデモンドの屋敷の者たちが執務室へと駆けつけてきた。


 部屋に集まった使用人とクリスティーナたちはデモンドの名を呼び、それに応えるようにデモンドはゆっくりと目を開いた。


 そして、少しぼんやりとした目で集まった者たちの顔を眺め、デモンドはこう言った。


「……ここは、どこだ? あなたたちは、誰?」


 デモンドは無事に目を覚ました。だが、デモンドは何も憶えていなかった。


「私は、誰、なんだ?」


 デモンドは自分の名前すらも憶えていなかった。

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