第24話 クリスペール家

 上級貴族クリスペール家。その領地はかつて王都の近くにあった。


 しかし、今のクリスペールの領地は王都からかなり離れた場所にある。


 なぜ今と昔で違うのか。


 それはクリスティーナの祖父、レイモンド・クリスペールが関係している。


 レイモンド・クリスペールは今の領主でありデモンドの父であり、先代のクリスペール家の当主である。レイモンドはとても真面目で誠実で頭もよく、国のため民のためを想う立派な貴族だった。


 そんなレイモンドはこの国を良くするため、国民の生活を楽にするためにいろいろなことを当時の国王に進言した。王国の改善点を指摘したり、新たな法案を国王に提案したりしていた。


 しかし、当時の国王はそんなレイモンドが気にくわなかった。上級貴族と言ってもたかが一貴族、そんな人間に国王である自分がとやかく言われる筋合いはない、とそう思っていたのだろう。


 しかもレイモンドは他の貴族や王国の民からも人気があった。それも気にくわなかった当時の国王はレイモンドを疎ましく思っていた。


 当時の国王はレイモンドが大嫌いだった。視界に入れることすら嫌がり、その名前も聞きたくないほどにである。


 しかし、レイモンドを無下にすることもできない。そんな時、ある事件が起こった。


 国王暗殺未遂事件である。そして、その事件を企てたのはレイモンドだった。


 もちろん濡れ衣である。そもそもその暗殺未遂事件自体が当時の国王の自作自演だった。


 だが、証拠がなかった。当時の国王の自作自演であるという証拠はなく、逆にレイモンドが主犯であると言う証拠がいくつも出てきた。


 レイモンドは無実を訴えた。しかし、聞き入れてもらえなかった。


 国王暗殺は当然死罪だ。だが暗殺は未遂で終わり、当時の国王の寛大な処置で上級貴族の身分もはく奪されず、領地替えのみで許された。


 そしてクリスペール家は元の領地を追われ、王国の外れのほうに追いやられたのである。


 それでもレイモンドは諦めなかった。王国のためを思い、民の生活を案じ、そして無実を訴え続けた。


 そんなレイモンドの姿を幼いデモンドは近くで見ていた。無実の罪を着せられ、王都から遠く離れた地に追いやられても希望を失わず、この国を良くしようと努力する父の姿を一番近くで見ていた。


 だが、どうにもならなかった。奮闘虚しくレイモンドは病に倒れ、幼いデモンドを残して失意の中でこの世を去ったのである。


 それから月日が流れ、デモンドが十二歳の頃。あることが起こった。


「これは、父上が考えた法案じゃないか……!」


 レイモンドを王都近くの領地から追い出した当時の国王はあまり良い国王ではなかった。国民からも人気がなく、貴族たちからも慕われてはいなかった。


 それをどうにかするため当時の国王はいろいろと手を尽くした。民の税を軽くしたり、新しい法を作ったりと、いうなれば人気取りを行った。


 そして、そのどれもがかつてレイモンドが王に進言したものとそっくりそのまま同じだったのだ。レイモンドの近くで様々な物を見聞きしてきたデモンドはすぐにそのことに気が付いたのである。


 デモンドはその時、国王への復讐を誓った。自分の父に非道な行いをし、あげく父が国や国民のためを思って必死に考えた物を、まるで自分の物のように扱う国王が許せなかった。


 国王だけではない。デモンドは王家の存在そのものが許せなくなっていた。だからデモンドは国王と王家に対して復讐することを誓ったのである。


「許さない、絶対に、許さない」


 復讐に燃えるデモンドは二十二歳でセレスティーナという女性と結婚し、その五年後に一人の女の子を授かった。


 娘の名前はクリスティーナ。そして、その赤ん坊を生んだセレスティーナは産後に体調を崩してそのまま帰らぬ人となった。


 しかし、復讐に支配されたデモンドはクリスティーナに興味を示さなかった。彼はセレスティーナの死を見届けると生まれたばかりのクリスティーナを残して領地を離れた。そして王都で暮らすようになり、デモンドはそこで王家に復讐するため動き出した。


 三歳の時にクリスティーナは光の力に目覚めた。それでもデモンドは娘に興味を示さなかった。


 いや、娘自体に興味はなかったが、彼女が光の力に目覚めたことには興味を示した。


 もし、クリスティーナが聖女に選ばれたら。かつて無実の罪を着せて陥れたクリスペール家の娘が聖女になったとしたら、それは盛大な復讐になる、と。


 デモンドは復讐に取り憑かれていた。表向きは領地を放り出して王都で遊び惚けるロクデナシ貴族を演じながら、裏では王家打倒のために暗躍していた。


 デモンドには復讐しかなかった。かつてこの国のためにと必死に働き、国に尽くそうとした父を死に追いやった者たちへの復讐を果たすため、デモンドは鬼になってしまっていた。自分の娘さえ復讐の道具として利用するほどに。


 そして、月日が流れ、デモンドは学校へ向かう途中のフィニルを魔物に襲撃させた。聖女候補であるフィニルを殺し、競争相手を減らすためだ。


 だが、その計画は失敗に終わった。フィニルは無事に学校へたどり着いたのだ。


 それでもデモンドは復讐をやめようとはしなかった。憎しみを止めようとはしなかった。


 デモンドは復讐と言う闇に囚われていた。


 そして、その闇にはおぞましい何かが潜んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る