第22話 さあ、運命の始まりだ

 覚悟をした者は迷わない。


「おめでとうございます、お嬢様!」

「ご入学おめでとうございます!」

「ありがとう! まだ先だけどね!」


 十四歳になった。クリスティーナは十四歳になっていた。


 国立学校へ入学しなければならない年齢である。


「うう、うううう……」

「嬉しい、本当に嬉しい……」


 クリスティーナは成長していた。背も高くなり、スタイルも年相応に成長していた。まだ顔つきには幼さが残るが、もうすぐ立派なレディーになるだろう。


 そんなクリスティーナは衛兵が集まる訓練場にいた。そこで衛兵たちに旅立ちの挨拶をしていたのだ。


「私がいなくなるのがそんなに寂しいの? 大丈夫! 夏休みには帰ってくるから!」


 衛兵たちは歓喜していた。しかし、それはすぐに絶望に変わった。


「帰ってきたらまた相手をしてよね。それじゃあ、行ってくるわ!」


 クリスティーナは大きく成長していた。五歳の誕生日に悪夢を見てから、その最悪の結末から逃れるためにいろいろと対策を練って来た。


 光の力の扱いを磨いてきた。何があってもいいようにいろいろと勉強して知識も蓄えた。バドラッドから魔法を学んでそれなりに使えるようにもなっている。


 そして、剣も覚えた。光の力や魔法だけでは心もとなかったクリスティーナはレドラックから剣を教えてもらい、数年前からモンスターを倒して実戦を積みながら町の衛兵たちを相手に訓練を積んできた。


 可哀そうな衛兵たち。彼らはクリスティーナの犠牲となったのだ。


 それはまさに地獄だった。クリスティーナの強さは異常で、最初の頃は何とかなっていたが、最近では衛兵たち全員が束になっても敵わない状態になっていた。


 さらに最悪なのはクリスティーナは光の力を使えると言うことだった。光の力は癒しの力。骨が折れても気絶をしても、光の力で回復させられ、クリスティーナが満足するまで衛兵たちは訓練に付き合わされた。


 クリスティーナがやってくる。それは死刑宣告と同じ意味だった。いや、素直に殺してくれるだけ死刑のほうがまだマシだ。もうやめてくれ死んでしまう、と命乞いをしても、光の力があるから大丈夫だ、と死の淵から叩き起こされるのだ。


 本当に本当に地獄だった。


 その地獄から解放される。衛兵たちはそれが嬉しくてたまらなかった。まさに天に昇るほどの気分だった。


 だがそれはすぐさま地に落ちた。夏休みには帰ってくる。その一言で再び地の底へと引きずり込まれたのである。


「もうダメだ、おしまいだぁ……」

「母さん、母さん」

「ああ、あああ……」


 衛兵たちは泣き崩れていた。しかし、クリスティーナは全く気が付かないし気にもしない。


「ありがとうみんな! 寂しいけど元気でね!」


 そう言って衛兵たちに挨拶を済ませてクリスティーナはその場を去った。


「ホント、私ってば幸せ者ね」

「本当にお嬢様は幸せですね」

「でしょう?」

「……幸せですね、本当に」


 まったく皮肉の通じないクリスティーナにエダは呆れてため息をつく。まあ、クリスティーナが鈍感なのは今に始まったことではないが、それにしても鈍感すぎる。


「さあ、お嬢様。まだまだあいさつ回りは終わっていません」


 その日は午前中から出発前のあいさつ回りをしていた。孤児院や救貧院、バドラッドやゴンドルドの工房や町の人たちに別れの挨拶をして回っていた。


 出発は明後日。まだ一日余裕はあるが、出発前日は忙しくなるだろうから今日中に全て済ませておきたい。


「本当に、入学するのね」


 クリスティーナは国立学校へ入学する。それは戦いの始まりを意味する。


 最悪の結末を迎える数々の悪夢。最後は処刑されるか追放されて野垂れ死ぬしかない絶望的な運命。


 死にたくない。とクリスティーナは心の底から思った。それはただ命が惜しいからというだけではない。


 大切な物ができたのだ。友人や仲間ができたのだ。


 もう失いたくはなかった。二度とあんな絶望感を味わいたくはない。


 生き残るのだ。とクリスティーナは誓った。絶対に生きてここへ戻るのだと覚悟を決めた。


 覚悟を決めた者に迷いはない。


「まだまだやりたいことがあるのよ。金策に、金策に、お金に、お金」

 

 そう、お金だ。お金を稼がなくてはならない。


 まだまだ足りない。もっと町を良くするためには、町に住む人々の生活を豊かにするにはまだまだお金が必要なのだ。


 やることがたくさんある。死んでなんていられない。


 だから死なない。死んでやるもんか。


「けど、戻っても、もういないのよね……」


 学校に入学して生きて帰る。それが当面の目標だ。


 けれど帰って来ても全員が町にいるわけではない。


 今日、レドラックがこの町を去る。


「まさか、衛兵を辞めるなんてね」


 レドラックが衛兵を辞める。それを聞いたのは今から一カ月前のことだった。一緒に森でモンスター狩りに出かけ、その休憩時間に突然レドラックがクリスティーナに衛兵を辞めることを打ち明けた。


「なあ、お嬢ちゃん。前に俺が王都にいたって言ったよな」

「言ったっけ?」

「……まあ、だいぶ昔だから憶えてねえか」


 以前、クリスティーナが五歳の時、ゴンドルドが町にやって来た時だ。


「俺が訳ありだって話だ」

「んー? そんな話をしたような、してないような?」


 まあ、クリスティーナはそんなことなど憶えていなかったが、それでもレドラックは話をつづけた。


「俺は王都に、王国軍にいたんだ」


 レドラックは以前、王国軍にいた。今のような下っ端ではなく小隊長という肩書を持ち、数人の部下を従え、モンスター退治などの仕事をしていた。


 そんな時、ある作戦に従事することとなった。それは簡単なモンスターの討伐任務だった。


 そう、本当に簡単な任務だったはずだ。簡単な任務だったから、あんなことになったのかもしれない。


「俺は部下を従えて作戦に参加した。そこには俺にいろいろと教えてくれた元上官もいたんだ」


 レドラックの元上官はレドラックにとって恩人と言ってもいいほどの人物だった。この人みたいになりたい、とレドラックが思うほど立派で人柄もよく、多くの兵士から慕われる、そんな男だった。


 レドラックはその元上官と共に作戦に従事した。


 そう、そこまでは良かったんだ。


「ただ、その作戦の指揮をしていたのは別の奴だった。まあこれが貴族のお坊ちゃんでね。親のコネで士官になったような、そんな奴さ」


 簡単な任務だった。その簡単な任務の指揮官に貴族のお坊ちゃんが選ばれた。簡単な任務で指揮官としての経験を積み、実績を作るためだったのだろう。


 だが、そううまくはいかなかった。想定していない凶暴なモンスターの群れと遭遇してしまったのだ。


 その時レドラックの元上官はすぐさま撤退を指揮官に進言した。だが、指揮官はそれを断固として受け入れず、兵士たちに突撃を命じた。


 撤退。それは任務の失敗を意味する。それを嫌がった指揮官は無理矢理にでも任務を完遂しようとしたのだ。


 しかし、結果はほぼ全滅。生き残ったのはその指揮官と指揮官を連れて逃げたレドラックと他数名だった。


「自分の経歴に傷がつくからってのが理由だ。ひどい話さ。それに、もっとひどいのはこの後だった。その貴族のお坊ちゃんには何のお咎めも無しだった」


 作戦は失敗した。しかしその責任を指揮官は負わなかった。そして、その責任は撤退を進言したレドラックの元上官に押し付けられた。

 

 理由はその指揮官が貴族でレドラックの元上官は平民だったからだ。そう、明らかな身分による差別だった。


「俺はそんな軍が嫌になって、辞めた。軍を辞めて、行く当てもなく国中をさ迷って、それでこの町に辿り着いた。けど、俺には剣を振る以外にできることがなかった。で、今に至るってわけだ」

「そんな過去があったのね」

「意外か?」

「そうでもないわ。人間、いろいろとあるもの」

「はは、達観したことを言うじゃないか。子供のくせに」

「あら、子供は子供でいろいろ考えてるものよ」


 レドラックは絶望した。軍に不信感を抱いてしまった。


 レドラックは何もかもが嫌になった。国中をふらふらと当てもなくさ迷い歩き、この町へとたどり着いた。しかし、そこでもやはり何もやる気になれなかった。剣を振ることしか能がなかったレドラックは食い扶持を稼ぐために仕方なく衛兵となったが、仕事にやる気を持つことができなかった。


 そんな時、クリスティーナと出会った。クリスティーナと出会い、モンスターを狩り、ダンジョンに潜り、そんなことを続けていくうちに少しずつ少しずつレドラックは変わっていった。


 そして、レドラックはこう思った。


 もう一度、何かをやってみよう、と。


「俺は衛兵を辞める。もう決めたことだ。まあ、辞めて何するかはまだ決めてないが。そのうち見つかるだろ」


 レドラックがこの町を去る。彼はもう決意していた。


 そして今日、レドラックは旅立つ。クリスティーナが旅立つより先に、この町を出ていく。


「本当にお見送りはよろしいのですか?」

「うん。別れはもうすませたから」


 昨日、クリスティーナはレドラックと最後の剣の稽古をした。そこでレドラックを倒し、別れは告げたつもりだ。


 別れの品も送った。魔法金で作られたゴンドルド製の剣だ。その剣にクリスティーナの光の力を宿らせた白い刀身の魔法剣である。


 あとは無事を祈るだけだ。また無事に会えるように。 


「それに、顔を合わせたら、泣いちゃうかもしれないし」


 泣き顔は見られたくない。恥ずかしいわけじゃないけれど。


「きっとまた会えるわ。そんな気がするの」


 きっとまた会える。クリスティーナの中にはその確信があった。


 そして、その確信が本物だとすぐに証明されることとなる。


「さあ、あいさつ回りを済ませて入学準備をするわよ!」


 クリスティーナは着々と入学の準備を済ませ、二日後にはエダとニナの二人のメイドを連れて町を旅立った。


 そして。


「レドラック!? なんであなたが学校にいるの!?」


 レドラックと別れてから七日後、クリスティーナは彼との再会を果たしたのである。


「あー、なんだ。これにはいろいろと訳があってだな」

「レドラック、こちらの方は?」


 入学式の数日前。クリスティーナは学校の寮に入寮し、これからの生活のための準備をしていた。その最中、学校の設備を見てみようと思い立ったクリスティーナは散歩に出かけたのだ。


 そこでレドラックと再会した。そして、その後ろによく見知ったある人物がいた。


 そう、何度も見てよく知っていた。悪夢の中で何度もだ。


 悪夢。その中で何度も顔を合わせ、聖女の座を争った女。


「はじめまして。わたくしはレジェンドル王国第二王女、フィニル・リーン・レジェンドルです」


 レドラックの側に光の力に目覚めた聖女候補の王女様がいた。

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