第21話 ある行商人の話
レジェンドル王国の王都からかなり離れた場所にある小さな町。その町には一人の老魔法使いがいる。その魔法使いは町にある唯一の魔法工房の主だ。そして、その工房に出入りする一人の行商人がいた。
あるとき行商人はその魔法使いから大量の魔石を渡された。これを大きな町のハンター協会で換金してほしいと依頼された。
依頼料は魔石の買い取り価格の三割。行商人はその依頼を快諾し、町へと向かった。
そして大きな町へ向かった行商人は魔法使いの依頼通りにハンター協会の支部で魔石を換金し、その金を魔法使いに渡した。ただし、買い取り金額を少し誤魔化してである。買い取り金額を少しばかり少なく報告し、自分の取り分を多くしたのだ。
しかし、それはすぐに見破られた。その魔法使いは買い取り金額をピタリと言い当て行商人の不正を追及したのだ。
これには行商人も驚き、この魔法使いには敵わないと感じてすぐに不正を認めた。すると魔法使いはそれ以上行商人を責めず、次からは嘘をつかないようにと釘を刺すだけで終わりにした。
その後も行商人と魔法使いの関係は続いた。大量の魔石を大きな町のハンター協会の支部に持ち込んで換金し、その金から三割を自分の報酬として受け取って残りを魔法使いに渡した。
そんなことがしばらく続いたある日、行商人は魔法使いから別の依頼を受けた。それは今までと同じように魔石の換金だったのだが、そのサイズが違ったのだ。
行商人が預かった魔石は小さめのスイカほどの大きな物だった。さすがにそのサイズの魔石など見たことがなかった行商人は驚いたが、言われたとおりにその魔石をハンター協会に持ち込んで換金した。
換金する際も騒ぎになった。ハンター協会の支部の職員たちの騒ぎの果てにその支部の支部長まで出てきくらいだ。
そして行商人は支部長から問い詰められた。この魔石をどこで手に入れたのかと。
しかし行商人は口を割らなかった。この魔石の出どころは誰にも教えないようにと魔法使いと約束していたからだ。
行商人は言った。これ以上追及するとこの魔石は別のところへ納品すると。
すると支部長はそれは困ると焦りだした。ハンター協会はハンターが納めた魔石やモンスターの素材を買い取り、それをまた別の業者に卸すことで成り立っている。その代わりにハンターたちに必要なサービスを提供するのがハンター協会の仕事だ。
そして、納められた品物の質や量や様々な依頼の達成度が協会支部の実績となる。ハンターたちが良い品を支部に納めれば、支部の評価が上がるのだ。
支部長は言った。こんな大きな魔石は珍しい。ぜひうちに納品してもらいたい。
行商人は言った。なら出どころは追及しないでもらいたい。そう約束してくれたなら、今後もここに納品させてもらう。
そんなやり取りが交わされ、行商人と支部長はある約束をした。
行商人が持ち込む品物の出どころは二度と追及しない。ただし、絶対に別の支部には納品しないようにしてほしい。と言う約束である。
こうして行商人と大きな町のハンター協会支部は独占契約を結んだのである。
その後も行商人は魔法使いから大きな魔石の換金を頼まれ、それを大きな町のハンター協会の支部に持ち込んだ。次第にその量も増え、最初は一つだったものが二つになり、三つ、四つと増えていった。
それからしばらくすると再び魔法使いは行商人に新たな依頼をお願いした。今度は魔石ではなくナイフなどの金属製品の換金だった。
その頃、行商人はある噂を耳にしていた。いつも出入りしている魔法工房がある小さな町に鍛冶の神様と呼ばれる凄腕の職人が引っ越してきたという噂だ。
最初、どうせ噂だろうと行商人は半信半疑だった。しかし、魔法使いから渡されたナイフを見たとき、噂は本当なのだと思い知った。
そのナイフは芸術品のようだった。飾り気のない大人の手のひらほどの刃渡りのナイフだったのだが、そのナイフの切れ味は尋常ではなかった。
魔法使いは行商人にナイフを渡すときあるパフォーマンスをして見せた。近くにあった鉄の鍋をまるで柔らかくなったバターを切るように簡単に切って見せたのだ。
これには行商人も驚いた。話を聞くとそのナイフは噂の鍛冶職人の作だと言う。
もちろん行商人は魔法使いの依頼を引き受けた。そして、いつものように大きな魔石を数個とナイフ二十本をお金に換えるためにハンター協会の支部に持ち込んだ。
するとこれまた大きな町のハンター協会支部は大騒ぎになった。そのナイフの素晴らしい見た目と信じられないほどの切れ味に驚いていた。
するとまた支部長が現れた。このナイフはどこで手に入れたのか、と行商人を問い詰めた。
けれども行商人は口を割らなかった。そして大きな魔石の時と同じように交渉し、独占契約を結んだのである。
こうして行商人は魔石とナイフを魔法使いから受け取り、それをハンター協会の支部へ持ち込んで換金し、その換金した金から三割を受け取り、残りを魔法使いへ渡すと言うことを続けていった。
すると半年もしないうちにとんでもない額のお金が手に入った。行商人は自分の店を持つことが夢だったが、その額は店を一軒どころか二・三件は楽に建てることができるほどだった。
しかし、行商人は店を建てなかった。店を建てずに行商人を続けた。
時が経つにつれ魔法使いが依頼してくる魔石の量もナイフなどの金属製品の量も増えていった。行商人はそれを換金し、その換金した金額の三割を懐に納めた。
すると一年もしないうちに十年は余裕で遊び暮らせる金額が手に入った。けれど、行商人は行商をやめるなかった。
そして一年が経った。最初に魔法使いから依頼を受けてから一年ほど経った頃、行商人は自分の店を開いた。
それは小さな雑貨店だった。行商人は魔法使いが住んでいる小さな町に小さな雑貨屋を開いた。
『ハインツ雑貨店』。その店はほとんど閉まっているが、開店しているときはいつも大賑わいだった。なにせその店の品物は大きな町で買うよりも信じられないほど安く、これでどうやって利益を出せるのかと不思議になるほどだったのだ。
そんなハインツ雑貨店には常連がいる。
「これとこれとこれ、全部ちょうだい!」
「はいはいはい、いつも毎度ありがとうございます。お嬢様」
それは貴族のご令嬢だった。小さな町がある領地を治める領主の娘だ。噂では自分勝手でワガママ放題、周りを困らせてばかりの憎たらしいお嬢様だと言うことだった。
だが、噂は噂だった。そのご令嬢は噂とは違っていた。貧しい人や身寄りのない子供たちのために自ら働き、お金を稼ぐために自分でモンスター狩りまで行うという立派な少女だった。
いつも質素な身なりで、いつも誰かのことを気にかけていた。ただまあ、ワガママだと言うのは本当だったようで、そのご令嬢は行商人にたまに無理なことを言って困らせたが、噂ほどひどい物ではなかった。
行商人はその小さな町が気に入っていた。店を構えたが魔法使いの依頼を断ることはなく、定期的に魔法使いから受け取った品物をハンター協会の支部に納品し、その利益を受け取っていた。
そのため雑貨店は店を閉めていることが多かった。雑貨店は行商人一人で切り盛りしていたので、魔法使いの依頼を受けると店を閉めるしかなかったのだ。
それでもよかった。利益は十分あったのだ。
もう十分稼いでいた。だから雑貨店で売る品物は不安になるほど安くても問題なかった。
今日も行商人は大きな町へ向かう。自分の店のある小さな町のことを思いながら。
その町の名前はリントット。優しい人が暮らす小さな町。
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