第20話 最高のパーティー

 月日が流れた。


「お嬢様、もうすぐお誕生日なのですが」


 六歳の誕生日が近づいていた。一年と言うのは本当に早いものである。


「……あ」

「忘れていたのですか?」


 五歳の誕生日を迎えてからいろいろとあった。悪夢を見て、その悪夢が見せた最悪の未来を回避しようとして、いつの間にか運命回避のために必要なのかわからないことをいろいろとやり始めた。


 孤児院の手伝いを始めた。貧しい人たちへの炊き出しも定期的に行うようになった。モンスター狩りをして孤児院の運営や貧しい人たちへ施しをするための資金を稼ぐようにもなった。


 仲間も増えた。レドラックと一緒にモンスター狩りをして、魔法使いのバドラッドに魔石の換金や魔法を教えてもらうようにもなった。ゴンドルドの工房にも設備が増え、魔法金の加工ができるようにもなった。


 その魔法金で作られた指輪やネックレスにクリスティーナは光の力を籠めるという仕事もできた。光の力にはもともと傷を癒したり毒を消したりする作用があり、魔法金でできた装備品に光の力を与えることで、治癒や解毒の魔法道具として使えるようにするためだ。


 すでに数千個の光の魔法道具が出来上がっている。クリスティーナは数えるのが嫌になるぐらい魔法金で作られた魔法道具に光の力を籠めていた。


 そんな忙しい毎日を送っていたらいつの間にか一年が過ぎていた。


「パーティの準備はいかがいたしましょう」

「んー、いらない」

「……なんとなくそういうと思っておりました」


 クリスティーナは本当に本当に変わってしまった。一年前ならば誕生日のパーティーを開くとなれば、招待客はあの人がいい、飾り付けはこうだ、料理はあれにしろと騒いでいただろう。


「ですが、しないというわけには」

「貴族として? そんなお金にもならない見栄なんてどうでもいいわ。というかそんな物にお金を使うよりもっと別のことに使うべきよ」


 お金、お金、お金である。クリスティーナはすっかり立派な守銭奴に変わってしまった。


 ただ、お金にはこだわるが、その使い道は自分のためではない。町の困っている人のため、貧しい人のため、辛い生活を強いられている子供たちのために、である。


 立派なのか俗っぽいのかよくわからない人間にクリスティーナは成長していた。


「あ、あの。でしたら、みんなでやるというのは」


 そう言ったのはニナだった。この一年でニナも成長し、メイドとしていろいろな仕事をこなせるようになってきた。


 そして、今ではクリスティーナの一番の信奉者である。クリスティーナのおかげで食事をまともにとれるようになり、ニナの瘦せていた体は標準体型より少し太めに育っていた。


「みんな?」

「はい。せっかくのクリスティーナ様のお誕生日です。お祝いしないなんてそんなの絶対にいけません」

「でも、別にしようがしまいが、変わらないし」

「ダメです。絶対ダメです」

「そ、そう?」

「そうです」

「うーん、そうなのかなぁ……?」


 ここに来たばかりの気弱だったニナも、今ではすっかり物申すようになっていた。立派なことである。


「クリスティーナ様は光の聖女になるお方です。そんな高貴なお方の誕生を祝わないなんて罰当たり、罪深いことです!」


 ニナは本当に立派なクリスティーナ全肯定メイドに成長していた。


「で、でも、みんなって言うのは?」

「孤児院の子供たちやいつもお世話になっている方々と一緒にお祝いするんです。みんなでお祝いすればきっと楽しいですよ」

「そうね。そうかも」


 と言うことで日ごろお世話になっている人たちを集めてパーティーを開くことになったのである。


「お嬢様、料理はいかがいたしましょう?」

「まかせるわ! うちの料理人の作る物はなんだって美味しいもの!」


 と言うことで料理は完全に料理人におまかせした。それを聞いた料理人は感激のあまり泣き崩れたという。


「手伝うわ!」

「いいえ、お嬢様はお忙しいのですから、ここは私たちが」

「何言ってるの! 私の誕生日なんだから私が準備して当然でしょ!」


 と言うことでクリスティーナは張り切ってパーティー会場の飾りつけを行った。一緒に飾りつけをした使用人たちは、笑顔で楽しそうに飾りつけをするクリスティーナを微笑ましく思った。


「プレゼントは何にしようかしら?」

「お嬢様。これはお嬢様の誕生日なのですが」

「せっかく来てくれるんだからおみやげぐらい渡すべきでしょ?」

「まあ、それはそうかもしれませんが」


 と言うことで招待客に何かプレゼントすることになった。そして、これが後々大問題になってくるのだが、まあ、それはかなり先の話である。


 そんなこんなで準備をして、誕生日当日がやって来た。


「さあみんな! 私の誕生を祝うのよ!」


 六歳の誕生日。その日、屋敷に招待された者たちの中に貴族はひとりもいなかった。


「おめでとうお姉ちゃん!」

「ありがとう! ちゃんと食べてる? 足りないものはない?」

「大丈夫!」

「そう。それじゃあ今日は楽しんでいってね」

「うん!」


 クリスティーナのドレスも質素な物だった。アクセサリーなども身に着けず、と言うかそもそもアクセサリー類はとっくに売り払っていてほとんど残っていなかった。


「よう、お嬢ちゃん。今日はありがとうよ」

「レドラック! ありがとう、これからもよろしくね!」

「あー、よろしくされたくはないが。よろしくな」

「よろしく!」


 一年前とは何もかもが違った。


「お嬢様、おめでとう」

「バドラッドもありがとう!」

「早いねえ一年は。ちっと背が伸びたかい?」

「ゴンドルド! プレゼント持ってきてくれた?」

「ああ、人数分用意してある」

「ありがとう!」


 皆が笑っていた。怒鳴り声はどこからも聞こえてこなかった。


「さあみんな! お腹いっぱい食べて歌って踊るわよ!」


 本当に楽しかった。今までで一番楽しい誕生日だった。


 生まれてから今までの誕生日の中でも、悪夢の中で何度も迎えた誕生日の中でも、一番最高の誕生日だった。


「お誕生日おめでございます、お嬢様」

「おめでとうございます、クリスティーナ様!」

「エダもニナもありがとう!」

 

 皆が心からクリスティーナの誕生日をお祝いしていた。誰もクリスティーナの悪口を言う者はいなかった。


 それは本当に幸せなことだった。


「みんな! これからもよろしくね!」


 まだまだやることがたくさんある。やらなければならないことはいくらでもある。


 終わりはまだ遠い。そもそも終わりがあるのかすらわからない。


 けれどやりたいことはわかっている。


 みんなが、少なくともこの町の子供たちが、お腹いっぱいになって安心して眠れるように。それがクリスティーナの夢である。


 一日が終わる。誕生日が終わっていく。


 そして、新たな一年が始まった。

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