第19話 魔法金

 魔法金。それは不思議な金属である。


「見ての通り、魔法金に魔法をかけるとその属性によって色が変わる」


 そこはバドラッドの魔法工房。今日はクリスティーナとレドラックとバドラッドの三人がそこにいる。


 バドラッド。彼はどうやらかなり優秀な魔法使いらしい。彼は魔法金の性質をあっという間に看破し、その活用法まで考えていた。


「しかし、まだ光の力は試しておらん。そもそも魔法とは性質が違うからのう。魔法金が力を吸収するかもわからん」

「じゃあ試してみましょう!」

「うむ、そうしてくれ」


 クリスティーナはバドラッドに促されて小さな魔法金の塊に光の力を込めた。


 すると魔法金は真っ白になってしまった。


「うむ、成功じゃな。光の力が魔法金に宿ったようじゃ」

「やったわ! さすが私! 天才ね!」

「そうじゃな、天才じゃな」


 クリスティーナもバドラッドも嬉しそうだった。クリスティーナはバドラッドに褒められて、バドラッドは自分の考えた魔法金の使い方が正しかったことが証明出来てである。


「レドラックよ。これでお前さんも光の力が使えるぞ」

「ん? どういうことだ?」

「ふむ。こういうことじゃ」


 バドラッドは光の力が宿った魔法金を手に取り、それを握りしめて念じる。するとクリスティーナたちの目の前に白い光の玉が現れたのである。


「このように魔法金に宿った力を他の人間が使用することができる」

「そいつは、すげえな」

「ああ。これでモンスター退治も楽になるし、怪我や毒にも簡単に対処できる」

「怪我や毒?」

「そうじゃ。光の力には傷を癒し毒を浄化する作用がもともと備わっておる」

「そうなの?」

「そうなの、って。お嬢様、知らんかったのか?」

「うん、まあね!」

「自慢することじゃねえけどな」


 そう、知らなかった。いろいろと勉強するようにはなったが、まだまだいろいろと学ばなければならないことが多く、クリスティーナは知らないことが多いのだ。


 仕方ないと言えば仕方ない。そうでないと言えばその通り。悪夢の中の自分がもっと勉強していれば、今のクリスティーナはもっと博識だったかもしれないと考えると、無知なのは自業自得と言えなくもない。


「しかし、このままでは使いにくい。使いにくいが道具に加工するにはまだ時間がかかる。ゴンドルドの工房には特殊金属を加工するための設備が整っておらんからのう。もう少し待っておくれ」

「うん、ありがとうバドじい。この件はバドじいに全部任せてるから自由にやってちょうだい!」


 バドラッドはとても優秀だった。王国でも有名な鍛冶職人であるゴンドルドを町に招き、彼の工房の場所まで用意してくれた。あとは特殊な工具や設備がそろえば魔法金の本格的な加工ができるようになるだろう。


「ところで、相談なんだけど」

「なんじゃな?」

「鍛冶仕事を教えてもらいたいの」

「お嬢様にかい?」

「違うわ。子供たちに」


 ゴンドルドは今、まだ自分の工房が整っていないため町にいる鍛冶職人のところで働いている。というか指導を行っている。


 町にいる鍛冶職人たちはゴンドルドが町に来たことが信じられず、本当に来たとわかると彼の元へ教えを請いに来た。現代の名工、神域に達せし名匠、鍛冶神と称されるほど腕の立つ職人であるゴンドルドが小さな町に来たのだ。職人たちが混乱しても無理はなかった。


 ただ本人はと言うと。


「俺は普通に働きたいんだがなぁ」


 と少々困っているようだった。ゴンドルドにしたら自分は一線から退いたただの隠居ジジイの気分なのだ。名工だの名匠だのという堅苦しい肩書は捨てて、ただの一人の鍛冶職人として生活したいと思っていたのに、である。


 まあそれは仕方がない。実際に凄腕なのだ。引退したとはいえ、地方の町の鍛冶職人などとは比べ物にならないほどの技術を持っている。


 それを知ったクリスティーナはあることを思いついた。


「やっぱり、手に職だと思うのよ」


 そう、職だ。職である。生きていくには何か特技があるほうが有利なのだ。


 クリスティーナはいろいろと考えた。


 自分には何もない、光の力は持っているが、それ以外は何もできない。


 もし自分に光の力以外に何かできることがあったとしたら。


 裁縫ができたら針仕事で食べていけるだろう。洗濯だって仕事になる。料理は説明するまでもない。掃除だって立派な食い扶持になるはずだ。


 そして鍛冶仕事。金属加工の技術を磨けば生活するには困らなくなる。それに魔法や調薬も、だ。


「みんなにお金を稼ぐ方法を教えてほしいの。ゴンドルドには鍛冶のことを、バドラッドには魔法を、子供たちや手に職をつけたい人たちに教えてあげてほしい」


 今はいい。クリスティーナがお金を稼ぎ、子供たちを養っていけばいい。


 けれど、自分がいなくなったら。悪夢で見たような最悪の結末を迎えるとしたら。


 そうなったら誰が子供たちを助けてくれるのか。もしかしたら誰も助けてくれないかもしれない。


 ならば、職だ。特技や技術や知識だ。それがあれば自分の力で生きていくことができる。


「お願いバドラッド」

「うむ、わかった。考えてみよう」

「ありがとうバドじい!」


 クリスティーナはたいそう喜んだ。そして、そんなクリスティーナにバドラッドは心の底から感心しながら小声でつぶやく。


「まだ五歳だと言うのに、ここまでいろいろと考えているとは」


 大人だってそこまで考えられる人間は少ない。施しを与え、それで満足してしまう者たちの多いこと、だ。


 けれどクリスティーナは違う。その先を見ている。今だけでなく将来も見据えて子供たちや町のことを考えているのだ。


 立派である。感心してしまう。その志の高さに驚くばかりだ。


 その想いにバドラッドは応えてあげたいと思ったのだ。残りの人生をこの幼い少女に賭けてみようか、と思うくらいに。


「まあ、わしに任せておきなさい」


 とバドラッドは快くクリスティーナの願いを受け入れたのである。


 だが、それはそれ、これはこれだ。


「しかし、それは受け取れないのう」


 そう言うとバドラッドはクリスティーナの後ろにある物に目を向ける。


 そこにあるのは大量の魔法金といくつものでっかい魔石だった。


「そろそろうちの倉庫も限界じゃ」

「えー、どうにかならない?」

「そもそもじゃな、やり過ぎなんじゃよ。ゴーレム狩りもほどほどにしてくれ、頼むから」

「イヤよ!」

「ワガママじゃのう……」


 バドラッドは疲れた様子でため息をつく。志は高く先見の明があるかもしれないが、このワガママな部分はどうにかしてもらいたい、とバドラッドは思うのだった。

 

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