第18話 ある日のクリスティーナ

 クリスティーナはモッシャモッシャと携帯食料を食べていた。


「お嬢ちゃん、本当に貴族なのか?」

「ふぉが? ふぉがまごもご」

「飲み込んでからしゃべれ」

「……んっく。何言ってるの? どこからどう見ても貴族じゃない」

「貴族はな、地べたに座って携帯食料を美味そうに食ったりしないと思うが?」


 昼時、その日は森でスライムなどの下級モンスターの狩りをしていた。その途中、昼食をとるためクリスティーナたちは木陰で休んでいた。


「そんなに美味いか?」

「美味しくはないわね」


 そう、美味しくはない。携帯食料は固くてパサパサした味の無いクッキーのような物である。食べると口の中の水分が奪われて、だんだんと粘土のようになっていく。そんな物が美味しいわけがない。


「でもお腹はふくれるわ」

「確かにそうだがよ」

「何か問題あるの?」

「もっと美味いもん食いたいとは?」

「食べてるわよ? 家では料理人が毎日……」

「どうした?」

「別に毎日美味しい物を食べなくてもいいんじゃない? そうすれば食費が浮くわ」

「本当にお前さんは貴族なのか?」


 本当におかしなお嬢様だ、とレドラックは思う。もちろん良い意味でだ。


「そんなに金を稼いでどうするんだ?」

「うーん、孤児院の修理かしら。最近雨漏りするようになったみたいなの。それに炊き出しの食材を買うお金もいるし、町の道路の修理に、あとは」

「わかったわかった。要するにたくさんいるんだな」

「そうね、たくさんいるわ。だがらもっと稼がなきゃ」

「もう十分だと思うがなあ」


 十分。本当に十分だ。町の周りのモンスターは獲りすぎて数が減っているし、ダンジョンの金ピカゴーレムも同じだ。


 クリスティーナたちが見つけたダンジョンには金ピカのゴーレムがいた。だが無限にわいてくるわけではない。十体ほど討伐すると六日間は出現しなくなる。そのためゴーレムが出てくるまでは今まで通り森のモンスター狩りをするしかない。


 ただ、それは良いことでもある。十体倒せばしばらくいなくなると言うことは、その間はダンジョンからモンスターが外に出てこないと言うことだ。一応はバドラッドに頼んでダンジョンの入口に結界を張ってはもらったが、それでも心配は心配だ。モンスターが出現しないならそれはそれで安心である。


 いろいろと制限がある中、それなりに順調に金策は進んでいる。クリスティーナにはまだ足りないようだが、レドラックの言うように十分なのだろう。


「さあ、午後も頑張るわよ!」

「へいへい、無理はしないでくださいよ」


 そして、その日の午後もいつも通りモンスター狩りを行い、夕方頃に屋敷に帰宅した。


「お嬢様」

「むが? もごもがごも」

「飲み込んでから話してください」


 夕暮れ時、クリスティーナは自室で本を読んでいた。


「何を調べていらっしゃるのですか?」

「んー? 光の力について。まだまだ知らないことが多いから、ちゃんと勉強しないとね」

「それは、良い心がけですね」

「でしょ?」


 変わった。思い切り変わった。エダには今のクリスティーナが別人に見える。


「で、エダ。何か用なの?」

「そろそろ夕食のお時間です」

「え? 今日はいらないって言ったはずだけど」

「いけません。食事はちゃんとしなくては」

「んー、でも食べてるわよ。ほら、これ」

「それは?」

「携帯食料」

「ダメです」

「えー、なんで」


 本当に変わってしまった。以前もワガママを言って食事を拒否したことはあるが、今は以前とは違う。


「大丈夫大丈夫。食べてるから。それに一食抜けばその分の食費が浮くでしょ? その分を子供たちの食費にあてれば」

「お嬢様」

「なに?」


 クリスティーナは変わった。けれど手がかかることには変わりない。


「お嬢様の志は大変立派だとは思います。皆が飢えず心安らかに暮らすことができるようにする。それは良いことだと思います」

「ならいいじゃない」

「ですが、その夢を果たす前にお嬢様が倒れてしまっては意味がないのでは?」

「倒れる?」

「はい。お嬢様はまだ五歳。しっかりとした食事をとらなければ病気になってしまいます」

「うーん、でも、食費が」

「あなたが倒れたら、誰があの子たちを守るのですか?」


 あの子たち。その言葉にクリスティーナはハッとした。


「……ごめんなさい。そうね、その通りね。まだ、やることはたくさんあるのに」


 そうだ。やりたいことがたくさんある。やらなければならないことはいくらでもある。


 なのに、なんで気が付かなかったのだろう。みんなのお腹と同じように自分のお腹も大切だと言うことに。


「腹が減っては戦は出来ない。さ、食事にいたしましょう」

「うん、ちゃんと食べなきゃね」


 クリスティーナは本を閉じる。そしてエダと共に夕食へと向かったのだった。



 

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