第17話 鍛冶職人のゴンドルド

 一人の鍛冶職人がいた。濃くてゴワゴワもじゃもじゃとしたヒゲとボサボサ髪の毛、立派な腕毛の生えた逞しく太い腕をした男だ。


「まったく、いきなり手紙を寄こしたと思ったらこんなとこに呼び出すとはよ」


 ある日、昔なじみの魔法使いから鍛冶職人の元に封筒が届いた。その封筒の中には一通の手紙と豆粒ほどの奇妙な金の塊が入っていた。


 その小さな金の塊を見た鍛冶職人は、すぐにその金の塊にわずかだであるが魔力が籠っていることを見抜いた。その鍛冶職人には少しではあるが魔法の素養があったので、金の塊のわずかな魔力に気が付いたのだ。


 そして、金の塊と一緒に入っていた手紙には、この金をどうすればいいのかを相談したい、と言うような内容が書かれていた。


「バドラッド。さて、元気にやってんのかねえ」


 鍛冶職人は手紙と金の塊を手に旅立った。そして、知り合いの魔法使いがいる町へと向かった。


 鍛冶職人の名前はゴンドルド。王都の近くの町に工房を持つ腕の良い鍛冶職人である。


 そんなゴンドルドが辿り着いたのは王都からかなり離れたレジェンドル王国の地方の町である。


 町に辿り着いたゴンドルドは真っ直ぐに知り合いであるバドラッドの工房へと向かった。


「よう、バドラッド。久しぶりだな。元気にしてたか?」

「おお、久しぶりじゃな。お前さんは相変わらず元気そうじゃな」

「ああ、おかげさんでな」


 バドラッドとゴンドルド。二人は久しぶりの再会を大いに喜んだ。


「しかしお前さんが来るとはのう。手紙には弟子でもいいと書いたはずだが」

「暇だったんでな。数年前に引退したんだ。工房は弟子たちに任せて、今は気ままな隠居生活よ」

「そうだったのか。いや、しかし、お前さんが来てくれたのなら心強い」


 心強い。本当に心強かった。


 なぜならゴンドルドはただの鍛冶職人ではないからだ。彼は普通の金属だけでなく魔力が籠った特殊な金属の加工もできる凄腕だったのである。


 そんな凄腕鍛冶のゴンドルドが地方の平和で平凡な町にやってきた。


「で、手紙にも書いてたが」

「ああ、そろそろ来ると思って呼んでおいたぞ。入ってくれ」


 バドラッドに呼ばれて一人の少女と一人の男が工房に現れた。


「こちらがここを治める領主の一人娘のクリスティーナ様。こっちがこの町の衛兵のレドラックじゃ」

「初めまして!」

「おう、元気がいいな、お嬢ちゃん」

「クリスティーナ様、こちらが私の古い知り合いの鍛冶職人のゴンドルドでございます」

「ご、ゴンドルド!? おい待て、こいつ、いや、この方があのゴンドルドなのか?」

「知っておったか、レドラックよ」

「おお、なんだい。俺のことを知ってんのか。嬉しいねぇ、こんなとこにまで俺の名前が轟いてるとはよ」

「いや、まあ。昔、王都にいたことがあるんで」

「なんだい、それでか」

「なんじゃ、お前さん王都におったのか」

「ま、まあな。昔、な」

「うむ。訳ありのようじゃのう」

「そういうお前も訳ありじゃねえか、バドラッド」

「どういうことなの?」

「……まあ、その話はいいじゃろ、ゴンドルドよ。それより座って話をしよう」


 そう、座ってだ。クリスティーナたちはゴンドルドに出会ってから今まで立ったまま会話をしていたのだ。


 クリスティーナたちはバドラッドが用意した椅子に座るりテーブルを囲んで改めて会話を始めた。


「で、訳ありってどういうことなの?」

「お嬢様。それは今は関係ありませんじゃ」

「あー、こいつはな、昔は王立魔導院にいたんだ。そこでいろいろあってだな」

「ゴンドルド、余計な話はせんでいい」

「で、レドラックも訳ありなの?」

「お、俺は関係ねえだろ」

「ふーん。で、どんな訳があるの?」

「だから今は関係ないだろうが」


 訳あり。どうやらレドラックもバドラッドも訳ありのようだ。そして、二人に質問しているクリスティーナもいろいろと訳ありである。


「まあ、いいわ。それよりもゴンドルド。手紙は読んでくれた?」

「ああ、読んだからここにいる」

「じゃあ、さっそくだけどこの金をどうにかしてちょうだい」


 クリスティーナはゴンドルドのテーブルの前に大人の頭ほどもある布で包まれた何かを置いた。


 その布が開かれる。するとその中からやはり大人の頭ほどもある金の塊が現れた。


「こいつは、すげえな」

「でしょう?」

「どうやって運んできたんだ? 重かっただろう?」

「それがね、全然重たくないのよ。私でも少し頑張れば運べるぐらい」

「なるほど、そいつは不思議だ」


 ゴンドルドは目の前に置かれた金塊をいろいろな角度からじっくりと眺める。


「当然、調べてるんだろうな、バドラッド」

「ああ、調べておる。この金は鉄よりも固く、鉄よりも軽い、魔力を帯びた金。いうなれば魔法金じゃな」

「魔法金。魔法銀なら知ってるが」

「魔法銀てのはミスリルのことか?」

「そうだ。魔法銀とミスリルは同じもんだ」


 ミスリル。それは伝説にも現れる魔法の金属だ。ミスリルは鉄よりも頑丈で、同じ大きさの鉄よりもはるかに軽く、そして魔法を弾く性質を持っている。


「ミスリルか。確かミスリルの鉱脈を手に入れたら、一生どころか末代まで遊んで暮らせるぐらい儲かるって話だが」

「ミスリルを探しに行きましょう!」

「お嬢様。それは昔の話ですじゃ。今はミスリルの鉱脈を見つけたらすべて王政府に報告する義務があります。それを破ると死罪になりますぞ」

「死罪!? そんなの絶対にイヤよ!」


 イヤ。絶対にイヤだ。処刑や追放は悪夢の中だけで十分である。


「それになお嬢ちゃん。鉱脈を見つけても今じゃ自分の物にはならない。全部国が取り上げちまう」

「なんでよ!」

「考えてもみろ。ミスリルは鉄より硬くて軽い。さらには魔法を弾く性質もある。そんな物で武器や防具を作ったらどうなると思う?」

「それは、最強ね!」

「そうだ、最強だ。ただ、それだけならいいんだが」

「なに? 何か問題があるの?」

「もしその最強の武器や防具を持った奴らが反乱を起こしたら?」

「大変よ!」

「ああ、大変だ。だから国が没収するんだ。この国には国や国王に不満を抱く貴族や何やらがいるからな」

「危険を未然に防ぐ。そのための措置じゃよ」

「むう、残念ね」


 ミスリルは貴重な金属である。そのミスリルで作られた武器や防具は質が良く、高値で取引されると同時に、恐怖でもある。


 もし今の国政を良く思わない連中にそのミスリルが渡ったら。反乱を企てる者たちがミスリルの装備で暴れ始めたら。


 そんな事態を防ぐためにミスリル鉱山はすべて国有化されることになっている。事実、レジェンドル王国は三つほどミスリルの鉱山を所有しており、そのすべてが貴族から没収したものである。


「で、この魔法金はミスリルと同じなのか? だとしたら国に報告しなくちゃならないが」

「うむ、同じだとしたらゴンドルドの言う通りじゃ。だが、これはミスリルとは違う」

 

 そう、違う。この魔法金はミスリルとは反対の性質を持っていた。


「この魔法金は魔法を弾くのではなく吸収する性質を持っておるのじゃ」


 魔法金。その性質はミスリルとよく似ている。鉄より硬くて軽く、魔力が籠った魔法の金属だ。


 しかし、魔法金は魔法を弾かない。魔法を吸収し、魔力をため込む性質を持っているのだ。


「つまりこれは魔法銀、ミスリルではない。と言うことは国に報告する義務はない、ということじゃ」

「おいおいバドじいさん、本当に大丈夫なのか? 確かに、そうかもしれないが」

「ほっほっほ。法律がないのだから従う必要もないじゃろう?」

「がっはっはっ! 相変わらずだなバドラッド!」


 ゴンドルドは楽しそうに笑っていた。笑い事ではないような気もするのだが、本当に楽しそうに笑っていた。


「なになに? 何が面白いの?」

「面白いさ。さあ、お嬢ちゃんも笑おうや」

「そう? じゃあ、笑おうかしら」

 

 クリスティーナは話の内容をあまり理解していなかった。けれど、楽しそうだからゴンドルドの言葉に従い笑い始めた。


「楽しいわね!」

「ああ、そうだろう? がっはっはっは!」


 クリスティーナとバドラッドとゴンドルド。三人は楽しそうに笑っていた。しかし一人だけ、レドラックだけはこれで本当に大丈夫なのか、と不安げな顔をしながら、笑う三人を眺めていた。

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