第14話 魔法使いのバドラッド

 クリスティーナの生活はだんだんと忙しくなっていった。


「袋にりんごが三つ入っています。その袋が三つあります。さて、りんごは全部で」

「ねえ、そのりんごは一ついくらなの?」

「い、いくらとは?」

「銅貨何枚? 十枚よりも安いならお買い得だわ」

「お嬢様、今は算数の授業で」

「計算してるじゃない? ほら、いくらなの?」


 と言った具合に家庭教師の授業を受ける日が増えた。


「はい、1、2、3、1、2、3。お嬢様、足の運びが違いますよ」

「うー、難しいわね」


 ダンスや貴族としてのマナーの授業も増えていった。


「クリスティーナ様!」

「クリスティーナお姉ちゃん!」

「さあ、みんな! いっぱい食べるのよ!」


 定期的に貧しい家々や聖女教団が運営する孤児院を訪問していた。


「さあ! 今日も稼ぐわよ!」

「無理はしてくれるなよ。俺が怒られるんだからな」


 数日おきにモンスター狩りへと出かけるよにもなった。


 忙しかった。けれどまったく辛くなかった。


 すべてはお金を稼ぐため。みんながお腹いっぱいになれるようにするためだ。


 そんなクリスティーナがモンスター狩りの後に必ず行く場所がある。


「バドじい! 換金してちょうだい!」

「相変わらず元気じゃのう、お嬢様は」


 クリスティーナの町には魔法使いがいる。名前はバドラッド。白くて長いヒゲと長い眉毛の魔法使いらしい魔法使いだ。


 そのバドラッドの工房には魔石を換金するためにクリスティーナは通っていたのだ。


「しかし、今日も大量じゃのう。じゃが、申し訳ないが、半分にしておくれ」

「むぅ、わかったわ。半分ね」


 クリスティーナはバドラッドに集めた魔石の半分を渡す。そして、それを受け取ったバドラッドは硬貨の入った袋をクリスティーナに渡した。


「ハンター支部があれがばいいんじゃが、この町は平和じゃからなぁ」


 ハンター支部。モンスターを狩って生計を立てるハンターと呼ばれる者たちの多くが加入している『ハンター協会』の支部のことである。そこでは討伐したモンスターの素材や魔石を適正な価格で買い取ってくれる換金所がある。


 しかし、クリスティーナの町にはハンター協会の支部所がない。理由は簡単で利点がないからだ。この一帯には凶暴な魔物はおらず、そもそも魔物自体がかなり少ない。そのため町を訪れるハンターが年に数人ほどで、そんな少人数のために支部を置くメリットがないのだ。


 そうなると素材や魔石を換金できるのは道具屋か、バドラッドのような魔法使いや錬金術師が営む工房ぐらいしかない。


 バドガルドはこの町唯一の魔法工房を営む魔法使いだ。魔石をお金にかえるとなると必然的にクリスティーナはここを利用するしかない。


「うちがもっと大きな工房なら、全部いっぺんに買い取ることもできるが。そもそもそれだけの魔石を一度に買い取れる資金がない。本当に申し訳ないのう」

「いいの、ありがとう! これだけあれば十分……。じゃないけどありがとう!」


 十分、ではない。本当ならもっとお金が欲しい。お金があれば食料がたくさん買えるし、老朽化している孤児院の建物だって建て直すことができる。


 とにかくお金だ。金だ金。


 すべてはお金なのである。


「うーん、もっとたくさんお金を稼ぐ方法はないかしら」

「おいおい、今でも十分だろうよ」

「そんなことないわ! もっともっと稼がなきゃ!」


 すべてはみんなが安心して暮らせる町にするためだ。そのためにはお金はいくらあっても足りない。


「そうだバドじい、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」

「なんじゃね? わしが答えられることならなんでも答えよう」

「ありがとう。じゃあ、質問なんだけど、モンスターを倒してるときにね、たまにね、こう、体がグワーッと熱くなることがあるのよ」

「ん? なんだ嬢ちゃんもか?」

「なに? レドラックもなの?」

「ほう、二人とも、かの」


 不思議なことがあった。どうやらそれはクリスティーナもレドラックも同じようだった。


「それはモンスターの力を吸収したからかもしれんのう」


 その不思議にバドラッドはすぐに答えを与えた。


「お嬢様、モンスターを倒すときに光の力を使いましたかな?」

「ええ、使ってるわ。そもそも使わないと倒せないし」


 クリスティーナの戦闘は光の力一辺倒だ。というかそれしかない。剣術も格闘術も弓も魔法も使えないクリスティーナは光の力で戦うしかない。


「光の力にはモンスターの闇の力を浄化する作用がありまする。そして、その浄化した力はモンスターを倒した人間に吸収され力となる」

「つまりあれか? あの体が熱くなるのは力を吸収して強くなったってことか?」

「おそらくは」

「そうか。だが、なんで俺も同じように体が熱くなるんだ? 倒したのはお嬢ちゃんだろう?」

「まあ、これはおそらく、わしの推測なんじゃが。もしかしたら共に戦う仲間にも光の力の影響があるのかもしれんのう」

「……なるほどね!」

「お嬢ちゃん、わかってねえだろ」


 まあ、クリスティーナが理解しているかはおいておくとして、どうやら光の力にはまだまだ彼女が知らないことがあるらしい。


「で、どういうことなの?」

「簡単に言うと光の力でモンスターを倒すと強くなれるってことじゃな」

「そうなのね! だったらジャンジャン倒しましょう!」

「あー、そういうとは思ったが。これからは難しくなると思うぞ」

「なんで?」

「なんでも何も、倒しすぎなんだよ。モンスターを」


 倒しすぎ。それはその通りだった。すでに何回も森にモンスター狩りへ出かけており、毎回毎回袋が破れそうになるぐらいの魔石を集めて帰ってくる。


「そもそもここいら一帯はモンスターが少ないんだ。今のペースで狩り続けたらそのうちいなくなっちまう」

「それは困るわ! お金が稼げなくなるじゃない!」

「いや、いいことなんだがな。モンスターがいなくなるのは」


 そう、その通り。モンスターがいなくなって危険が減ると言うのは良いことだ。良いことなのだがクリスティーナにとっては死活問題である。


「じゃあ、別の場所に」

「一日で帰ってこないと怒られるぞ、あのメイドに」

「お、怒られるのは嫌だわ。でも、近くにはもういないんでしょう?」

「いないわけじゃない。ただ、このペースでいくといずれはいなくなるって話だ」

「でもいなくなることは確かなのよね?」

「絶対じゃないが、まあ今よりも確実に稼げなくはなる」


 問題だ。大問題である。すぐにでも対策を練らなくてはならない。


「ならばダンジョンに潜ればよいのではないかの?」

「ダンジョン?」

「じいさん!」

「……はて、まずいことを言ったかの?」


 レドラックは、ヤバい、と思った。そして、実際にヤバかった。


「ねえ、ダンジョンて何? そこに行けばお金が稼げるの?」

「あのな、お嬢ちゃん。ダンジョンてのはな危険な場所なんだ。だから」

「危険て言うことは強いモンスターがいるってことよね? と言うことは高く売れるってことじゃない!」

「だから、あのな」

「行くわよ! ダンジョン!」

「あー、これはダメじゃのう……」


 レドラックは大きなため息をついた。バドラッドは申し訳なさそうにひげを撫でていた。


 そんな二人などお構いなしにクリスティーナはやる気に満ち溢れ、今すぐにでもダンジョンに向かいそうな勢いだった。


「ところでダンジョンてどこにあるの?」


 こうしてクリスティーナのダンジョン探索が始まったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る