第12話 兵士レドラック

 モンスターを倒しに行く! とクリスティーナが言い出してから数日後。エダの手配によりクリスティーナの護衛が彼女の元にやってきた。


 その男は二十代後半ぐらいの冴えない男だった。


「レドラックだ。あー、よろしく頼むよ、お嬢様」


 その男はレドラックと名乗った。その声にはあまりやる気が感じられず、そしてものすごく面倒くさそうな態度だった。


「よろしくね、レドラック! さあ、さっそく魔物を倒してお金を稼ぎに行きましょう!」


 しかし、そんなレドラックの声も態度もクリスティーナは全く気にも留めなかった。良くも悪くもクリスティーナは他人の感情に無頓着なのだ。


「あのなあ、お嬢様。悪いことは言わないが、やめといたほうがいい。怪我じゃすまないかもしれないぞ」

「大丈夫よ! なんてったって私には光の力があるんだから!」


 レドラックは町の衛兵の一人である。階級は一番下っ端。兵士たちの間では怠け者のレドラックとして知られるそんな男だ。


 そんなレドラックがクリスティーナの護衛に選ばれた。もちろん自分から名乗り出たわけではない。


「ったく、面倒なことを押し付けやがって」


 レドラックは心底面倒くさそうにため息をつく。この仕事にやる気などはまったくなく、むしろ今すぐ帰りたい。そんな心をレドラックは全く隠そうともしなかった。


「貴族のご令嬢のおもり。あーあ、ったくよう……」


 帰りたい。帰って一杯やって寝たい。レドラックはそう思っていた。


 しかし、そんなことなどクリスティーナは全く知らない。知ろうともしない。彼女は自分の目的のためただ邁進するのみである。


「いいか? 城壁を出たら危険地帯だ。城壁にはモンスター除けの魔法がかけられてるが、そこから離れたら命はない。ここいらは危険なモンスターはほとんどいないが、それでも子供が」

「何をごちゃごちゃ言ってるの? さっさと行くわよ日が暮れるわ!」

「……話を聞けよ」


 どうにかこうにかクリスティーナを引き留めて屋敷に連れて帰る、それがレドラックの仕事だ。もしくは少し脅かしてクリスティーナが自分から屋敷に逃げ帰るように仕向ける、それがレドラックに与えられた命令だった。


「だからな、お嬢ちゃん。外は危険で」

「そんなこと知ってるわ。危険は承知の上よ」

「おいおい、甘く見るんじゃないよ。子供が考えるよりずっと」

「わかっているわ。最初はスライムなんかの下級モンスターぐらいでいいわ」


 クリスティーナの言葉を聞いたレドラックは少し驚いた。クリスティーナが考えもなしに突っ走ろうとしているとそう考えていたからだ。


「モンスターは怖い物、危険な物。それは十分わかってるつもり。何度も殺されてるから」

「殺されてる?」


 クリスティーナの妙な言葉にレドラックは眉をひそめる。その言葉はまるで、今までモンスターに何度も襲われたことがあるかのような、そんな風だったからだ。


 そして事実、クリスティーナは何度もモンスターに襲われて死んでいた。それは悪夢の中の話ではあるが、何度もである。


 だからモンスターの恐ろしさは身に染みている。だからこそ、いろいろと考えてきた。


 最初はゆっくり、そして徐々に、だ。最初は雑魚モンスターをたくさん倒し、力がついてきたらもっと強いモンスターに挑戦する。そうやって実力をつけていき、その間にモンスターを倒したお金をためていく。それがクリスティーナの考えたプランだ。


「このあたりにスライムなんかの下級モンスターは?」

「まあ、いないわけじゃない。ただ、この辺りには本当にモンスターが少ないんだ。だからハンターなんかも寄り付かない。金にならねえからな」

「そうなのね。でも、いることはいるんでしょ?」

「ああ、探せばな」

「じゃあ探しましょう!」


 と言うことでクリスティーナとレドラックは森へと向かったのである。


「大声を出すんじゃねえぞ。モンスターが寄ってきたら危ないからな」

「じゃあ、大声を出せば」

「やめろってんだよ。ったく……」


 どうにもおかしなお嬢様だ。


「モンスターに気付かれないように近づくんだ。そうすりゃ、襲ってくる前に、やれる」

「なるほど、確かにそうね」

「わかったら静かにしろ」


 変なお嬢様だ。とレドラックは思った。そして、そんな変わったお嬢様に対してレドラックは少しだけ興味がわいた。


「……まあ、ちょっと脅かせば、逃げて帰るだろ」


 どうにもクリスティーナを止められそうにない。乱暴に扱って万が一にも怪我をされたら自分がどうなるかわからない。


 だから慎重に、丁重に。レドラックは細心の注意を払いながら森へと入っていった。


「……いた」

「スライムね」


 スライム。それは半透明の液体のような生き物だ。その内部には赤い球のような物が浮いて見える。


「スライムってのは個体によって色が違う。まあ、色が違うだけで大した違いはないが」

「あれは高いの?」

「んー、まあ、銅貨五枚ってとこだな」


 銅貨五枚。それはあまりいい金額とは言えない。銅貨五枚で固い大きめの黒パンがひとつ買えるぐらいの金額である。


「まずは、俺が見本を見せる」


 そう言うとレドラックは息を整えて隠れていた茂みを飛び出しスライムめがけて剣を振り下ろした。


「ビョギッ」


 スライムの中にある赤い球体に剣が突き刺さる。そしてスライムは力を失いだらりととろけて地面にしみこんでいった。


「この赤いのがスライムの『コア』だ。まあ、人間で言うと心臓みたいなもんだな。こいつを傷つけるとスライムは溶けてなくなる。そして、この中には、っと」


 そう言うとレドラックは剣の刺さった隙間を手で開き、中から小さな赤黒い石を取り出した。


「これが魔石だ。これを売ると金になる。他にもモンスターの素材なんかも金になるが、スライムはこれだけだ。倒した途端に消えちまうからな」


 レドラックは説明を終えると腰に下げた布袋の中に魔石を突っ込んだ。


「さて、次の獲物を探そうか」

「……ねえ、次は私にやらせてくれる?」


 移動しようとしたレドラックの足が止まる。


「ダメだ」

「危険なのはわかってる。でも、私は強くなりたいの」


 強くなりたい。それはクリスティーナの切実な願いだった。


 あの時のあの悪夢。もしあの時、自分に力があったら、強盗を倒せるぐらい強かったら。そう思うとクリスティーナは胸がざわざわして苦しくて仕方なかった。


「強くならなきゃいけないの。今度こそ、今度こそ、失わないために」


 クリスティーナの決意は固かった。その決意をレドラックは感じ取ったのだろう。


「わかった。ただし、危険だと思ったらすぐに帰るからな」


 そう言うとレドラックはため息をつく。そんなレドラックにクリスティーナは笑顔でこう言った。


「ありがとう、レドラック。頼りにしてるわ」


 こうしてクリスティーナの魔物討伐生活が始まったのである。

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