第7話 清らかな心

 聖女になるには光の力に目覚めなくてはならない。そして、伝説の聖女が持っていたとされる『光の聖杖せいじょう』に選ばれなくてはならない。


 光の聖杖。その杖に選ばれて晴れて聖女となるとことができる。


「ねえ、ニナ。清らかな心ってどんな心?」

「清らかな心、ですか?」


 クリスティーナは今日も日記帳とにらめっこをしていた。最悪の夢しか書かれていない日記帳をである。


「聖女に選ばれるには清らかな心を持ってないとダメなのよ。だから清らかな心が必要なの」


 聖杖に選ばれるには清らかな心を持ってないなくてはならない。だが、クリスティーナは数々の悪夢の中で一度も聖女に選ばれたことがない。


 つまりクリスティーナは清らかな心を持っていないと言うことになる。


「私の心はとても清らかだと思うのだけれど」

「そ、そうですね」

「そうでしょ? でも、まだ足りないのよ」


 クリスティーナは少し、いやかなりズレていた。自己認識と現実がかなり離れている。


 ただそれは無理もないことだった。生まれてから今まで上級貴族の娘だと、未来の聖女だとちやほやさらて来た。その結果が今のクリスティーナである。


「ねえ、エダはどう思う? どうしたら清らかな心を手に入れられるかしら」

「……そもそもその発想が間違っているのでは」

「ん? なにか言った?」

「いえ、何も」


 エダは自分の呟きを誤魔化した。しかし、その考えはもっともだ。


 清らかな心は手に入れる物ではない。なるものだ。それに気が付かない限りクリスティーナは聖女にはなれないだろう。


「あ、あの。困っている人を助けるのは、どうでしょうか」

「困ってる人?」

 

 クリスティーナはニナの言葉に首を傾げる。


「困ってる人を助けると清らかな心が手に入るの?」

「わかりません。でも、清らかな心の人は困ってる人を助けたり、いっぱい良いことをする人だと、思うので」

「なるほど。確かにそうかも」

「そ、それに、伝説の聖女様も、きっとそんな人だと思います」

「ふーん。エダはどう思う?」

「ニナの意見に賛成ですね。清らかな人は悪口を言ったり誰かを罵ったりワガママを言わない良い人かと」

「なる、ほど?」


 なんだろう。なにか言葉にトゲがあるような、とクリスティーナは感じたが、それがなんなのか気が付く前にニナが言葉を挟んだ。


「と、とにかく良いことをしましょう」

「そうね。困ってる人をいっぱい助けましょう!」


 と言うことでクリスティーナの困っている人探しが始まったのだが。


「ねえ、何か困ってることはない?」

「え、困っていること、ですか? いえ、とくには」

「なによ、使えないわね」


 クリスティーナは屋敷の者たちに困っていることはないか、と聞いて回ったのだが。


「ねえ、困ってることは?」

「いや、今は、それほど」

「役立たず!」


 次から次へと聞いて回ったのだか。


「ねえ、困ってない?」

「いえ、私はとくには」

「あなたは?」

「わ、私も別に」

 

 最終的に屋敷の使用人たち全員に聞いて回ったのだが、成果は全くない得られなかったのである。


「どうして誰も困ってないのよ!」

「お嬢様、それは良いことなのでは?」

「良くないわよ! これじゃあ清らかな心が手に入らないじゃない!」


 やはりクリスティーナは根本的に間違っている。そして何もわかっていない。


 なぜなら屋敷の使用人たちはそれぞれ大なり小なり困っていたからだ。ではなぜクリスティーナにそのことを伝いなかったかと言うと、伝えてもロクなどことにならないとわかっていたからである。


 そもそも手伝うと言ってもクリスティーナは何もできない。料理も洗濯も裁縫も掃除もすべて使用人任せ。彼女にできるのは文句を言うこととワガママを言って困らせることくらいである。


 つまりロクデナシと言うことだ。そして自分がロクデナシだと言うことにクリスティーナはもちろん全く気付いていない。


 そんなロクデナシのクリスティーナは考えた。どこかに困っている人はいないものかと。


 そして考えた末にクリスティーナはある結論に辿り着いたのである。


「そうよ、数が少なすぎるのよ!」


 屋敷には何人もの使用人たちがいる。しかし、たかが十数人程度だ。


 ならもっと聞いて回ればいい。たくさんの人間に聞けば困っている人間はいるだろう。


「町にいくわよ!」

「今からですか?」

「そうよ! エダ! ニナ! 準備をなさい!」


 こうしてクリスティーナたち三人は町へ出ることとなったのだった。

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