第5話 王国の聖女

 聖女。それはかつて邪悪な力で世界を支配しようとした魔王の闇の力を打ち払った救世主のことである。彼女は闇を打ち払う光の力で魔王を滅ぼし世界を救った。


 それから長い長い月日が流れた。魔王が討伐されて数百年。その間も光の力は失われず、聖女から光の力を受け継いだ者が生まれた。


 そんな光の力に目覚めた一人がクリスティーナだ。彼女は聖女が持っていたという光の力を受け継いだ聖女候補の一人だった。


 そんな聖女候補はクリスティーナの他に二人いた。


 一人はクリスティーナの暮らすレジェンドル王国の第二王女であるフィニル王女。そして、もう一人はアンナと言う平民の少女だった。


 クリスティーナ、フィニル、そしてアンナ。この三人が現在の聖女候補たちである。


「でも、どの悪夢でも私は聖女にならないのよねぇ……」


 クリスティーナは自室で一人、日記帳とにらめっこをしていた。どうにかして最悪の運命を回避するための対策を考えていた。


「他の二人は聖女に選ばれるのに、私は殺されるわ、追放されるわ、魔王に体を乗っ取られるわ……」


 はあ、とクリスティーナは大きなため息をつく。


「まあ、いいわ。今は聖女になる方法じゃなくて、生き残る方法を考えなきゃ」


 そう、生き残る方法だ。この数々の悪夢から逃れる方法である。


 ただ、クリスティーナはまだ半信半疑だった。確かにニナという少女が自分の屋敷にメイドとして働き始めたが、それは偶然かもしれない。


 だが、偶然ではないかもしれない。もし偶然ではなく悪夢が予知夢か正夢だとしたら。


「考えるの、考えるのよ、クリスティーナ」


 考える。考えるには考えるための材料が必要だ。


「まずはニナ、それに使用人たちね」


 日記帳に記された数々の悪夢。その中にはニナに殺される悪夢や彼女がクビにした使用人たちに復讐される悪夢もある。


 当面はこれだ。ニナと屋敷の使用人たちをどうにかするのがいいだろう。


「でも、どうすればいいの? さっぱりだわ」


 さっぱり、さっぱりわからない。どうすればいいのか見当もつかない。


「そもそもどうして私が恨まれなきゃならないの? 私は聖女なのに」


 聖女。そう、自分は聖女なのだ。聖女候補の一人なのだ。

 

 一人なのだけれど、悪夢の中では一度も聖女に選ばれなかった。


「……いや、そんなことはないわ。私は、聖女だもん」


 けれども悪夢の中では全く一度も聖女になれなかった。なれなかったが、クリスティーナはその事実を認めたくなかった。


 聖女になれない。じゃあ、自分は何なのだろう。


「……私は、聖女、なの」


 聖女。聖女だから何をしても許される。けれど、聖女じゃないとしたら。


「……とにかく、対策を考えないと」


 悪夢は悪夢。どんなに現実味があっても所詮は夢。夢なのだ。


 夢なのだ。とクリスティーナは自分に強く言い聞かせる。あんなものは夢で、きっと自分は聖女になれるのだと。


 聖女になれる。もし、なれなかったとしたら。


「イヤ、絶対に、イヤよ」


 クリスティーナはキュッと唇を噛み、何度も何度も日記を読み返していた。

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