第4話 最初の兆し

 誕生日パーティーから数日後。一人の少女がクリスティーナの屋敷にやって来た。


「今日からこちらで働くニナ・レインです」


 その名前を聞いた時、クリスティーナの顔は雪よりも白くなっていた。


「に、ニナ・レイン……」


 ニーナ・レイン。それはクリスティーナよりも二歳年上の少女だった。ウェーブのかかった濃い茶髪とソバカスの少女だ。


「に、ニナ、です。よろしく、お願い、します」

 

 クリスティーナはニナを見て震えあがっていた。


 そして。


「お、お嬢様!」


 気を失った。


「……な、なんで。あれは、夢のはず」


 目覚めたとき、すでにあたりは暗くなっていた。それがまたクリスティーナの不安を駆り立てた。


「ぐ、偶然よ。偶然……」


 偶然、偶然なんだとクリスティーナは何度も自分に言い聞かせた。だが、それに反して体は自然と日記帳を手に取っていた。


「ニナ・レイン。下級貴族レイン家の三女。確か、夢では私の従者で、それで、私を……」


 誕生日の朝に見た悪夢。その中の一つでクリスティーナはメイドに殺されていた。


 そのメイドの名前はニナ・レイン。ウェーブのかかった濃い茶髪とソバカスの少女。


「そんな、そんなまさか。この夢は、本当に……」


 クリスティーナは何度も何度も日記に記した悪夢を読み返す。しかし、何度読んでも変わらない。


「こ、殺される。私、殺される……」


 クリスティーナは震えあがった。リアルに思い返される恐怖と、腹に食い込む刃物の感触と、痛みと生ぬるい血のぬめりを。


「嫌、イヤ、イヤよ。絶対にイヤ!」


 これは偶然なのか。しかし、こんな偶然があるのか。


 もしやこの悪夢は予知夢なのか。だとしたら、だとしたら。


「どうにかしないと……!」


 クリスティーナは考える。ニナに殺されないようにするにはどうすればいいのかと。


「殺される前に、やってしまえば……」


 ニナに殺される前に彼女を排除してしまえばいい。しかし、それでは自分が犯罪者になってしまう。


 殺人は重罪。それに、理由がない。


「私は聖女よ。人を殺しても、きっと……」


 許される、のだろうか。そんなことが。


 だが、殺してしまえば悪夢の一つは回避できる。それに下級貴族の娘が一人いなくなっても、何も問題は。


「とにかく、とにかく対策を考えないと」


 クリスティーナはもう一度日記帳をじっくりと読み返す。


「ニナは、私にイジメられて、それで、その恨みを晴らすために、私を殺す……」

 

 日記帳にはそのことが詳しく書かれている。


 ニナは下級貴族の三女に生まれ、そのパッとしない容姿と要領の悪さから二人の姉や二人の兄たちからイジメを受け、両親からも見放され、半ば放置されていた。


 そんなニナは花嫁修業の名目でクリスティーナの家に奉公へ出された。と言うのは建前で、本当は口減らしと、上級貴族であるクリスペール家とのパイプを作るために利用されただけだった。


 そして、クリスティーナは自分のところへやって来たニナをイジメにイジメ抜き、最終的には彼女に刺されて息絶える。


 と言うのが悪夢の一つだ。


「……私が、悪いの?」


 なぜ殺されねばならないのかクリスティーナにはわからなかった。ただイジメただけでどうして殺されねばならないのか。


 わからない、でも死ぬのは嫌だ。


 どうにか、どうにかしないと。


「と、とにかくあいつに恨まれなきゃいいのよね。そうすれば、殺されることなんてない」

 

 そう、ニナをイジメるから殺されるのだ。ならば、彼女をイジメなければいいのだと、クリスティーナは考えた。


「それに私が殺されるのは王立学校に入学してから。まだ十年ぐらいは時間があるわ」


 十年。ニナに刺殺されるのは王立学校に入学して二年目の春だ。


「もしかしたらあいつの気も変わるかもしれないし。そうよ、それがいいわ」


 とにかくニナをイジメない。そうすれば彼女の恨みも買うことがない。恨みを買わなければ殺されないのだし、そうなればこちらがニナを殺さなくても済む。


「私ったら天才ね! さすが聖女だわ!」


 クリスティーナは調子に乗っていた。しかし、そんな彼女をいさめるように心の奥から何かが叫んだ。


「……ほ、ほかにも気をつけなければいけないことは」


 クリスティーナはニナと出会った。そして、その日からクリスティーナは本格的に悪夢をただの夢にするために動き出したのである。


「使用人たちにも優しくしたほうがいいのかしら。この夢には、彼らに裏切られるって――」


 最悪の運命を回避するための対策が始まった。

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