第2話 悪夢を見たの

 クリスティーナ・クリスペール。上級貴族であるクリスペール家の長女であり『光の力』に選ばれた聖女候補の一人である。


 彼女は生まれた時から恵まれており何不自由なく暮らしてきた。そして、三歳の時に光の力に目覚めたことで、周りの人間はさらに彼女を崇め奉り甘やかすようになった。


 その結果、クリスティーナはワガママで自分勝手なお嬢様になり果ててしまった。


 そんな彼女が夢を見た。それはとんでもない悪夢だった。


「……最悪だわ。本当に最悪。なんで私がこんな目にあわなければならないの」


 悪夢。それは本当に悪夢だった。すべての悪夢でクリスティーナは死を迎え、最後に見た夢では魔王に体を乗っ取られて、最後は跡形もなく消滅してしまうというものだった。


「これは夢よ。現実になるはずがない。……でも、これが本当になったら、私は」


 夢を思い出すだけで体が震える。そのおぞましさに背筋が寒くなる。


「と、とにかく死ぬのはごめんよ! 死んでたまるもんですか!」


 恐怖。クリスティーナは恐怖していた。


「エダ!」


 その恐怖を振り払うかのようにクリスティーナは部屋のドアに向かって声を張り上げる。すると一人のメイドが部屋に入ってくる。


「いかがされましたか、お嬢様」

「お茶! お茶の準備をして!」

「お茶、ですか。ですが、お嬢様。もうすぐ昼食の」

「うるさい! 私が飲みたいって言ったら飲みたいの! さっさともってきなさいよグズ!」


 大声でクリスティーナはエダをののしると持っていたペンをエダに投げつける。けれどそれはいつものこと。エダは表情一つ変えずクリスティーナの言葉に従い、お茶の準備をするために部屋を出ていった。


「まったく! 私の言うことを大人しく聞いていればいいのよ!」


 そう言うとクリスティーナは代わりのペンを取り、日記帳に目を向ける。


 日記帳。そこには彼女が見た悪夢が記されている。


「なんで、なんで私がこんな目に合わないといけないの。私は、聖女なのに」


 クリスティーナは日記帳に書かれた悪夢を何度も何度も読み返す。そのどれもがひどい結末を迎える、悪夢の日記を読み返す。


「ふ、ふんっ! こんなもの夢に決まってる! 夢に決まってるわ!」


 クリスティーナは何度も何度も自分にそう言い聞かせ、不安を抑え込もうとする。けれど、抑え込もうとすればするほど不安が濃くなっていく。


 ならば、とクリスティーナは別のことをことを考えることにした。


「そうよ。今日は私の誕生日。夜には盛大なパーティーがあるのよ! こんなくだらない夢で落ち込んでるヒマなんてないじゃない!」


 そう、今日はクリスティーナの六歳の誕生日。夜には彼女の誕生日パーティーが開かれる。

 

「こんなことしていられないわ! エダ!」

「はい。なんでしょうか!」

「お茶はいらないわ! ドレスの準備をしなきゃ!」

「……承知しました」


 今日は楽しい誕生日。一年に一度の晴れの日だ。


「パーッと楽しまなくちゃね!」


 そう楽しまないと。悪夢なんて忘れて。


 悪夢なんて忘れて。

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