第4話 アイスブルーの吐息

都心に土地を持つ猿渡氏の要望に叶う設計プランを提示して、反応をみる未知瑠。長年所有する土地に商業施設を作ることに難色を示しているのか、猿渡氏は微笑み一つない。


「私も、老い先長くはないので新しい建物が作られるのは構わないと思っているです。デザインも悪くないし」


「この鉄筋コンクリート構造であれば震度10でも倒壊の恐れがないような耐震設計になっていますし、高台の場所に立つこの街の新しいシンボルとなりますよ」


「シンボルねー」


猿渡氏の反応はいつも今ひとつピンとこないような反応が続く。

未知瑠はちらりと白玖を見る。貸与したタブレットにペンを小刻みに揺らしながら猿渡氏を観察しては何かを書いている。


「やはりまだ決めきれないな」つぶやく猿渡氏


「まだまだ改善できます」食い下がる未知瑠


「現地に行ってみてはだめですか?」白玖が突然声を上げた。


「行ってもいいけれど、以前に下見は何度も重ねてきてるのよ」


「僕も、見てみたいんです。その場所の空気感とか、土とか街との調和みたいなものを」


新参者の白玖が提案したことに周りの社員達は不穏なざわめきを立てながら厳しい目を向ける。


「いいですね。行きましょう」と、意外にも猿渡氏の一言ですんなりと現地に向かう事になった。




タクシーに猿渡氏と未知瑠と白玖それにデザイナーの4人で現地へ向かう。

狭い車内の中に吐息が混ざり合う。未知瑠の話声から漏れる息の色がオレンジがかった黄色に対して猿渡氏はいまだに薄いブルーのままである。この氷を溶かすのが僕の仕事だ。思い切って猿渡氏に話しかけて解決の糸口を見つけたい。


「猿渡さん、その土地には住んでいたことがあるんですか?」白玖が声をかける。


「あぁ、子供の頃だけなんだが、昔はアパートが建っていてね、たくさんの子供達がいる賑やかな所だったんだ」


突然、猿渡氏の息の色が変わった。ブルーの中に赤みがさす。すかさず白玖は畳み掛ける。


「大事な思い出の場所なんですね。ルーツですか?」


「そうなんだよ。貧しい暮らしの中にも助け合って暮らしてきたんだ。この場所があったから、今の私がいる気がしてね。恋も青春も挫折も色々詰まってるんだ」


猿渡氏の息の色に様々な色が混ざってきている。白玖は忘れないようにタブレットのペンを動かした。


現地に着いて猿渡氏の色は緑色の穏やかな色が大半を占めていた。


「かつては、雑木林があってよく遊んだもんさ。今は土が固くなって何にも生えてこないけれどね」


「猿渡さんは、この場所に緑の緑地や公園をお望みだったんですか?」未知瑠が気づく。


「あぁ、そうですね、緑地があったらいいですね。交流できるような憩いの場ができたら嬉しいです」


未知瑠は驚いた。今まで一度も猿渡氏は自分の思い出話をする事はなく、商業施設化も躊躇うような発言ばかりだったのだが、ここにきて表情は和らぎ懐かしい想い出に浸っている。ルーツを大事にしたい気持ちに猿渡氏本人も気づかぬままいたことが話が進まない原因だった。

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