第3話 秘密

1000円カットでしか髪を切っていない僕がカリスマディレクターと名乗るおしゃれ男にカットされ、カラーされセットされ、約2時程で僕は磨き上がった。

自分とは思えない容姿になり鏡に映る姿をまじまじと見入ってしまう。現場作業で焼けた小麦肌も合わさり僕の人生史上最高点に辿り着いた。


「渋木君、思った以上の仕上がりね」


「ありがとうございます。

こんな姿、自分だと思えません。」


「君は自分を過小評価しすぎなのね」


「このお礼はどうすればいいですか?」


「今日はとても大事な日で、君の秘密を使ってもらいたいの。

高額案件のクライアントが来所されるんだけれど、金額的な事以外に先方とのズレを感じていてその溝を埋める手伝いをしてほしいの。相手は年配の男性よ」


事務所へと戻る道中、クライアントとの価格交渉以外で僕ができることを思案し始めた。


僕は人の吐息で喜怒哀楽がわかる。


匂いや温度、二酸化炭素の量やオーラのような色が見える秘密をもっている。


それを生かして彼女の役に立ちたい。人のために自分の力を使うことは今まで一度もなかった。でも、今は彼女の吐息の中にある情熱を感じている。それは僕への期待の色に見えた。


「僕にタブレットを一台貸して頂けませんか?


「やってくれるのね。

すぐ用意する」




クライアントの猿渡玄三郎氏が来所され僕はチームの一員として会議に参加する事になった。



「いらっしゃいませ。猿渡さん

こちらへどうぞ」


「よろしく頼むよ」と猿渡氏の一言



来所した猿渡氏の吐息は冷たく、感情が感じられない。

ひどく冷静な息。

氷のようなアイスブルーの吐息。

吐く息が全て下降線を辿り床に落ちて行く。




いきなりの難問を突きつけられた衝撃で

僕は固った。

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