ひどい市長
放っておいてもよさそうではあるが、念のため様子を見ようと、にゅうめんマンは乱闘している人たちのそばへ移動した。そのとき、にゅうめんマンとほぼ同時に、ややくたびれたスーツを着て、立派な口ひげを蓄えたガタイのいいおっさんがやって来て、けんかをしている人たちに言った。
「やめろ、お前ら。次のレースができなくなるだろ」
《競技用の自転車で観客をどつきまくっている時点で、もうレースなんて無理だろ》
と、にゅうめんマンは思ったが、多分口をはさんでもろくなことにならないので黙っていた。
乱闘していた人たちは、口ひげのおっさんから「やめろ」と言われても、けんかをやめなかった。それどころか暴れていた観客の1人はこの男の態度にいらついて
「なんだてめえは」
と食ってかかった。すると、おっさんが、ものすごい平手打ちをこの男にくらわした。
「ぶむぉぁあ”っっっ!!」
男は、文字で表現しづらいうめき声を上げて無残に倒れた。
「愚民が。生意気な口をききやがって」
口ひげのおっさんは、意識を失い倒れた男に唾をはき捨てた。その様子を見ていた別の男が言った。
「あんたはもしや、
これを聞くと、おっさんは、この男にも恐るべき平手打ちをくらわした。
「ぶふぃぉう”ぇっっ!!」
ビンタをくらった男は競走路の床に崩れ落ちた。
「俺をあんた呼ばわりするとは何様だ。身の程をわきまえろ!貴様ら市民などゴミ以下の存在だということを忘れるな!!」
口ひげのおっさんは大声でどなりつけたが、張り倒された男はすでに気を失っていた。
おっさんが田山田という副市長であることが分かったので、市長がこの競輪場のどこにいるか知らないか、にゅうめんマンはきいてみることにした。
「ちょっとききたい事があるんだけど」
と、にゅうめんマンが声をかけると、やはり猛烈なビンタが飛んで来た。だが、にゅうめんマンはさっと片手を上げてそれを受け止めた。
「ほう、なかなかできるようだな」
田山田は言った。
「どうも」
「お前の強さを評価して俺との会話を許してやる。ききたい事とは何だ」
「市長がこの競輪場に来ていると聞いたんだが、どこにいるか知らないか」
「市長なら、レースの予想が外れたのに腹を立てて、暴れながら競輪場を出て行ったぞ」
「はた迷惑な……もしかして、通路に気絶した観客がぽつぽつ倒れているのは市長がやったのか」
「そうだ。腹いせにな」
「ひどいな。普段から腹いせに観客を殴り倒すような人物が、なんで選挙に当選できたんだ」
「他の市長候補はもっとひどかったからな」
「これ以上ひどいのを想像できないんだが……」
こんな自治体が選挙を実施しているだけでも、すごい事なのかもしれない。
「しかし、そんなに暴れるってことは、市長は余程の大金をすったんだろうな」
「いいや。賭けたのは全部市民の税金だから、市長は痛くもかゆくもない。純粋に、自分の予想が外れたことが気に入らなかっただけだ」
「仕事をさぼって競輪場へ遊びに来て、市民の税金を賭けて、予想が外れたら腹いせに市民を殴り倒す市長……迷惑すぎるだろ」
「今はやりの、自由な生き方ってやつさ」
「限度がある」
すがすばしいほどの無法ぶりだ。――田山田もやはり市民の税金を賭けているのだろうかと思って、にゅうめんマンはきいてみた。
「お前も税金で賭けてるのか」
「そうだ。市民からしぼりとった税金でする競輪は楽しいぞ」
「だろうね。市の財政が困るかもしれんが」
「心配するな。この競輪は市営だ。つまり、こうして俺たちが賭けた市の税金は、競輪の事業を通じて、また市へと返っていくわけだな……美しいシステムだとは思わんかね」
「ただの公金横領だろ。美しくもなんともないぞ」
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