食事

市長は競輪場へ遊びに行ったということだったので、にゅうめんマンもそこへ行くことにした。


市長室を出たにゅうめんマンが階段で1階へ下りると、杖を持っている例の老人がまだ残っていた。老人は、にゅうめんマンの姿を見るなり


「杖を傷つけられた恨み、その身に受けるがよい!」


と叫び、低めの体勢で突進して、激しいショルダータックルを浴びせた。にゅうめんマンは、予想だにしない攻撃に不意を突かれて、もろにタックルをくらい、床に打ち倒された。


次いで老人は、にゅうめんマンの腹にエルボードロップをぶち込み、流れるような動きで腕ひしぎ十字固めに移行したが、残念ながら、にゅうめんマンの力が規格外に強かったせいで、十字固めを破られてしまった。いまいましそうに老人はどなった。


「このボケナス!わしの杖をどうしてくれる!!」

「あんなに激しいショルダータックルをする元気があるんだから杖なんて要らないだろ!」

「ファッションなんじゃ!」


老人の怒りは収まらなかった。にゅうめんマンは老人をなだめるために、要らなくなった山田のヌンチャクをプレゼントとして押しつけ、市役所を後にした。


   *   *   *


昼前になって腹が減ったので、市役所を出てすぐに、にゅうめんマンは何か食べることにした。ちょうどそばに小さなうどん屋があったのでその店に入った。


昼のピーク時にはまだ少し早く、それほど混んではいなかった。にゅうめんマンが空いているカウンター席に座ると、それと入れ替わるように、別のカウンター席にいた男が立ち上がった。


「今週はちょいと懐具合が苦しいんだ。次に来るときまで、つけにしといてくれ」


と言って、男は金を払わずに出て行こうとした。しかし次の瞬間、店主が、他の客に出すために手に持っていたうどんのどんぶり鉢を、ラケットを振り下ろすテニスプレイヤーのような勢いで、カウンター越しに、男の頭に振り下ろした。


どんぶり鉢は砕け散り、殴られた頭はへこみ、男はどうっと床に倒れた。店主はカウンターから出て来て、倒れた男の服のポケットを探り、財布を見つけ出して自分の服のポケットにしまった。それから襟首をつかんで男の体をつかみ上げ、戸を開けて、店の表の歩道へ投げ捨てた。折しも、その歩道を走って来たオートバイの集団が、男の体を次々に踏んづけて去って行った。


にゅうめんマンはそれを見てあっけにとられたが、こんな事で一々驚いていたら星鬼松市では何もできないので、気を取り直して店主に食べ物を注文した。


「にゅうめんを頼む」


だが、注文をするやいなや、店主の鉄拳が、にゅうめんマンの顔面に炸裂さくれつした。


「うちはうどん屋だ。にゅうめんみたいな、わけの分からん食い物があるわけないだろ。一昨日来やがれべらぼうめ」


はき捨てるように店主は言った。にゅうめんマンはぼやいた。


「いたたたた……にゅうめんすらないなんて品ぞろえの悪い店だ」


にゅうめんマンが余計な口答えをしたせいで店主の怒りはついに頂点に達した。店主はそばにあった片手鍋を引っつかみ、その鍋でにゅうめんマンを殴り倒し、怒り狂ってめった打ちにしてから、無銭飲食の男と同じように、表の歩道ににゅうめんマンを投げ捨てた。


歩道に投げ出されたにゅうめんマンは、隣に倒れている無銭飲食の男が何かうめいているのに気がついた。ことによると助けでも求めているのかもしれない。にゅうめんマンは男の方へはい寄って耳を傾けた。


「イカが……イカが来る……!」


どうやら無意識のうわ言らしい。気は失っているし、頭も陥没かんぼつしているが、見たところ十分に元気そうだ。にゅうめんマンは、再びオートバイなどにひかれないよう男の体を道の端へ寄せてから、次なる飯屋を求めて出発した。

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