悲しき過去

市長室は建物の最上階にあった。金銀宝玉がはめ込まれたマホガニー製の部屋の扉の前で、スーツ姿の職員が立ち番をしていたので、にゅうめんマンは要件を告げた。


「市長に会いたいんだが」

「今すぐに俺の視界から消えろ」


普通に話しても、まともに相手をしてもらえそうにない。――にゅうめんマンは山田から没収したヌンチャクを職員の目の前に突きつけた。


「これが何か分かるか」


にゅうめんマンは言った。ヌンチャクを見せつけられた職員は、その端っこの方に、汚い文字で「山田」という名前が書いてあることに気がついた。


「それは山田副市長のヌンチャク!なぜ貴様がそれを」

「山田からいただいたのさ」

「いただいただと?副市長が、お前みたいな覆面の変人に、愛用のヌンチャクをやすやすとゆずるはずがない。貴様、山田副市長に一体何をした!」

「山田には死んでもらった」


相手を脅かすために、にゅうめんマンはうそをついた。職員はその話を信じて唖然あぜんとした。


「死んでもらっただと……」

「ああ」

「なぜ殺した」

「顔つきが邪悪で目ざわりだったから死んでもらった。それだけだ」

「そんな理由で人を殺すなんて……てめえには人間の心がないのかよ」

「ふふっ。そんなものはとうの昔に捨ててしまったよ。高校の卒業アルバムと一緒にな」

「……事情は知らんが、何か悲しい過去があるのだな」


もちろん、これは単なるはったりであって、にゅうめんマンに悲しい過去などない。せいぜい、にゅうめんの食べすぎで栄養が偏って病気になった経験があるくらいだ。ただし、高校生活にろくな思い出がないので卒業アルバムを捨ててしまったことは事実だ。


「というわけだから市長に会わせてくれ」


にゅうめんマンは要求したが、職員は「ダメだ。死ね」と言ってこばんだ。


「あくまで拒否するわけだな……」


にゅうめんマンは呟いた。そして突然


「でやぁ!!」


という大きなかけ声とともに、職員の目の前でヌンチャクを激しく振り下ろした。相手を脅かすためだ。ヌンチャクは空気を引き裂いてうなり、ピンク色に染め上げた職員のモヒカン刈りが風圧で揺れた。


「拒否するならすればいい。まともに市民の応対もできないお前みたいな職員は、新しく手に入れたヌンチャクの練習台にしてやる」


なお、にゅうめんマンは星鬼松市民ではないし、この職員がにゅうめんマンの応対をする義理もない。


ヌンチャクを構え直して、にゅうめんマンは言った。


「そこを動くなよ。下手にヌンチャクをよけようとして変な所に当たるよりは、一撃できれいにしとめる方が苦痛は少ないから」


職員は真っ青になった。


「待ってくれ!話せば分かる!」

「話す気なんかないだろ」

「もちろんあるさ。俺たちに必要なものは暴力じゃない。友愛と対話なんだ!」

「それじゃあ、俺は市長に話があるから部屋へ入れてくれ」

「市長はここにはいない」

「いない?うそじゃないだろうな」

「本当だ」


職員は、市長がいないことを示すために扉を開けて市長室の中を見せた。ゲートボールの試合ができそうなくらい広いその部屋には、クリスマスツリーとか、ドリームキャストとか、狸の置物とか、色々な物が置いてあったが、人は誰もいなかった。


「ここは市長室だろ。なぜ市長がいないんだ。用事で出かけているのか」

「市長は仕事に飽きて遊びに出かけた」

「なんて市長だ」

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