バス

思ったより時間がかかったものの、にゅうめんマンは何とかバス乗り場にたどり着いた。そこで数分待つと、にゅうめんマンの目的地である市役所へ行くバスも到着した。窓ガラスが全部割れていたが、雨でも降らない限り問題はないだろう。


巨大都市、星鬼松市の中心駅に来るバスだけあって、乗客はとても多かった。いすに座れるのはごく一部で、車内は結構ぎゅうぎゅう詰めだ。


にゅうめんマンは前の乗客に続いてバスに乗り込み、車内の奥の方へ進み、そこで立ち止まってバスが出発するのを待とうとしたが、突然背後から後頭部を強打された。


「!?」


にゅうめんマンは前方に転倒し、それより前に立っていた乗客たちも将棋倒しになった。


「いきなり何をするんだ!」


にゅうめんマンは立ち上がり、自分を殴ったと思われる真後ろの男にどなった。男はどなり返した。


「もっと前に詰めろ!後ろがつっかえてんだよ!」

「口で言えばいいだろうが!普通に会話ができないのか!」

「拳で語るのが俺の会話だ!!一昨日来やがれすっとこどっこい!ぼんくら!あほんだら!あんぽんたん!おたんこなす!ひょうろくだま!どてかぼちゃ!おたんちん!うすらばか!ひるあんどん!でべそ!情弱!女の敵!はなもげら!……」


にゅうめんマンは、この男を言い負かす自信もなかったし、相手をするのが面倒くさくなって素直に前に詰めた。程なく、何事もなかったかのようにバスは出発した。


乗客の柄は悪いが、進むのが速いのが星鬼松市のバスのいいところではあったかもしれない。ただし、スピードが少し速すぎた。街中なのに多分200キロくらい出ている。割れた窓から路上へ目をやると、事故で横転したり炎上したりした自動車が散見された。


やはり電車に乗るべきだったと、にゅうめんマンは後悔したが、幸いバスは事故を起こしたりせず順調に進んだ。だが、しばらくすると後ろの方にいた乗客の1人が、座席に座っている別の乗客に言った。


「俺、早朝から歩きっぱなしで疲れてるんだ。席を譲ってくれねえかな」

「譲るわけないだろ。死ねよ」


男はこの心無い返事に怒り、そばに立っているおばちゃんが持っていたこん棒を奪い取って、座っていた男を殴った。殴られた男は全力で殴り返し、激しいけんかになった。2人は混雑した車内で暴れまくったので、周りの乗客たちも巻き添えをくらい、すぐに乗客全体を巻き込む乱闘に発展した。


ここまではよかったのだが、暴れていた乗客の1人が調子に乗って運転手をどついた。星鬼松市民として比較的温厚な運転手は、乱闘をうっとうしく思いながらも黙って運転を続けていたが、ついにかんにん袋の緒が切れて、時速200キロくらいで走っていたバスに急ブレーキをかけた。


乗客たちは割れ残っていたフロントガラスを突き破って道路に放り出されたり、車内の物にぶつかったりして、それまで以上にバイオレントな状況になった。にゅうめんマンは、事故が起こることを予期して十分に注意していたので無事だった。


「不良乗客どもめ!ぶち殺してやる!!」


車内アナウンス用のマイクに向かってそう叫ぶと、運転手は、乗客をかきわけてバスの真ん中あたりに進み、手当たりしだいに乗客を殴りまくった。


「オラ、オラ、オラ、オラアアアァァァーーー!!!」


運転者にノックアウトされた乗客たちは、白目をむいて、積み重なるようにバタバタと倒れた。


苛烈な環境に適応した星鬼松市民たちは特別体が丈夫なので、この程度の事ならどうということはないが、なかなかの惨状だ。被害をまぬがれたのは、にゅうめんマンを含む一部の乗客だけだった。


やがてバスは市役所前のバス停に到着し、にゅうめんマンはそこで下車した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る