第4話ご主人様の転機

 ある日、電話というものが鳴ったようだにゃ。母上様はパタパタと電話という機器に向かう。

「ああ、ミケ。明美が別れたそうよ。もうすぐこの家の生活もできなくなるかもしれないわ」

 母上様は悲しみの表情をしている。

 そんな悲しそうな表情で見てこないでほしいにゃ。

「にゃー」と鳴いて母上様の周りをクルクルと回る。

「ああ。ミケもさみしいのよね。やはりミケに飼い主はどちらがいいか選んでもらいましょう」

 ご主人様と言いにくくなってしまったにゃ。

 母上様が何を考えているのかわからないけれど

 これで嫌な思いをしなくてよいと思うと嬉しくなるにゃ。


「仕事が終わったらこちらに来るそうよ。今日中に会えるなんて羨ましいわ」


 どちらを拠点にすればいいのか悩む時間は全くないようだ。

 ご主人様の元に行くだけにゃ。

 そう簡単なことだったはずなんにゃ。


 ☆☆☆


「はい。どちらを選ぶかしら」


 母上様が持ってきたのは最高級のおやつとまたたびだにゃ。

 このかぐわしい匂いに堪らないの。

 母上様の周りをぐるぐるして膝にぴょんぴょんと前足をかけ、催促してみるの。


「フフフ。これ、このまま同居するのだったら、週に一回はあげるわよ」

 そのほかにもこんなものもあるわ。見せてきたのはたくさんのおもちゃ。

「お母さん、本気でミケを住まわそうとしているの?」

「だってかわいいんだもの。ミケちゃん。それにあなたの部屋では満足に遊ばせるほどの広さもないし、温度管理だってできていないでしょ」


「そこまでの費用を捻出できないんだよ……」


「この温暖化して酷暑が続いているのに!? 一人でいる時間が長すぎるのにも問題がるのに空調管理までできないですって?」

「……はい」


 若いうちはそれでもいいかと思っているらしいご主人様。

 確かに暑い日は地獄のようだにゃ。水を飲んでももう生ぬるいし本当にツライ。

 それでもご主人さまの帰ってくる3時間前にはタイマーというものが働いて何やら涼しくなるのだ。

 まぁ、一番熱い時間に作動しないから本当に地獄のような暑さなのだ。

「命を預かっているという自覚がないわ。だから安易に困ったときに両親に頼るのよ。私が勉強しなければいけない状況を作り出したのはほかでもないあなたなのよ」

「確かにそうです」

「考える時間が欲しければペットホテルに預ければいいでしょう。プロなら基本的な知識はあるわ。多少お金をかけて悩めばいいことだった」

「はい」

 ご主人様はシュンとしている。こんなご主人様は初めて見た。

「命を何だと思っているの?」

「すみませんでした」

「まったく。とにかく夏場になったら私の家に預けること」

「お母さん――」

「昇給はまだまだ先なのでしょ。だったらウチに預けなさい。真夏の間だけでも」

「はい」

「そのうえで、ミケちゃんはどちらにきたいかしら?」

 右にはご主人様の香りがする。左にはまたたびをもった母上様がいる。

 ご主人様といえど……


 またたびの魅力には誰も勝てない。


「こんな小細工に惑わされるようじゃ、大した絆も築けていないようね」

「ミケ……」

「しばらく反省してなさい。ミケちゃんの世話代は私たちが出すわ。その間にペットを飼うことの重さをしっかりと認識なさい」

「はい」

 ご主人様は返す言葉もないようだったにゃ。だってここの家は本当に快適で……。

 ご主人様は好きだけどこんなに好きがあふれている空間を抜け出すなんてつらいんだにゃ。この空間にご主人様も来てくれたらいいのににゃ。

「また来るね。ミケ。今度はふさわしい飼い主になってくるね」

「にゃー」

 ご主人様の周りをぐるぐるグルグル回って匂いを覚えておくにゃ。決して嫌いになったわけではないのにゃ。母上様が偉大過ぎるだけなのにゃ。

「さて、ちょっとまだ早いけどおやつの時間にしましょ。ミケ」

「にゃー」

 ちょっとの間、ご主人さまは交代のようだにゃ。

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