第2話 俺と幼馴染は――

「じゃあ、また明日ね」

「うん、ここで」


 山田滝やまだ/たきは数分ほど前に街中のスイーツ専門店を後にし、今は学校より少し進んだバス停で降りたところだった。


 バス停付近で滝は彼女に対し、帰り際の挨拶を交わす。


「明日の返答待ってるから」


 結城千穂ゆうき/ちほは全力で笑顔を見せ、そう言うと背を向け、駆け足でその場から立ち去って行く。


 滝は彼女の後ろ姿を見ていた。

 千穂はもう一度、遠くの方から手を振ってくれていた。でも、その時の彼女の表情は少しだけ暗く見えた。

 それを最後に、滝もその場所から歩き出す。


 夕暮れ時の今、七月なだけあって、まだ明るい方である。


 日は完璧に沈んではいないが、滝はどこにも立ち寄らずに迷うことなく自宅へ繋がっている道を進む。


 今日は千穂と共に放課後を過ごしたが普通に楽しかった。

 この頃、誰かとプライベートで遊ぶ事がなく、本当に平凡な生活をしていたのだ。

 そういった諸事情もあり、気分転換にもなったと思う。


 けれど、今一つだけ解消されていない悩みがあり。それは、千穂に対し、気持ちを返答する事である。


 千穂の事が好きかどうかと言われると、まだハッキリとは断定できなかった。


 今日、可能であれば幼馴染の美来の家に行き、一回でもいいから会話したい。

 それから今後の事を判断したいのだ。


「……家にいるかな」


 家は近くなのに、近頃、そこまで関係性が良好というわけでもない事から、自発的に彼女の家に向かうのも抵抗があった。


「でも……気持ちに整理がつかないまま過ごすっていうのも違うよな」


 モヤモヤとした感情のままでは、自身が抱えている悩みの解消には繋がらないと思う。


 心だけは、少なくともハッキリとさせた方がいい。


 そう決心を固め、道を歩いている最中だった。


 十字路のところで、とある子とバッタリと遭遇する。

 ぶつかりそうになった、その子は幼馴染の橋本美来はしもと/みくだった。


 美来の手元を見てみると、彼女は買い物袋を手にしていたのだ。


「み、美来か……どこかの帰りか?」


 滝は反射的に言葉を漏らす。


「スーパーの帰り」

「そうなんだ」

「滝こそ、どこに行ってたの? まだ家に帰っていなかったの」


 彼女は表情を変えず、ぶっきら棒に話しかけてくる。


「まあ、そうだな。ちょっとさ、街中に行ってて」

「一人で?」

「えっと……」


 ここで本当の事を言おうかどうか迷う。


 滝は彼女の様子を伺うように見やった。


 彼女はジト目で、滝の事を見つめてきている。


「友達と」

「でも、今日の放課後。女の子といなかった?」

「え」

「どうなの? あの子って友達?」


 美来はグッと距離を詰めてきた。


「友達……っていうか。文化祭の時から少し仲良くなって。それと、この頃、席が隣だから、会話する回数が増えたから親しくなった感じ」

「ただ、親しいから一緒にいるだけ?」

「そ、そうだね」

「友達以上って事はないよね」

「ど、どうして、そんな事を聞いてくるの?」

「え! べ、別になんでもないけど。気になっただけ。ただそれだけだから」


 美来は何度も口元を震わせながら、目をキョロキョロさせていた。


 普段から落ち着いた立ち振る舞いなのに、焦っているところを見ると不自然さを感じた。


 でも、なぜか、普通に会話していた。

 この頃、心に距離を感じていたのにも関わらず、気が付けば自然と会話が続いていたのだ。


「まあ、別になんだっていいんだけど。滝ってこれから用事ってあるの?」

「ないけど」

「じゃ、じゃあ。今日、ちょっと家に寄って行かない?」

「え」

「来るよね?」


 美来からまじまじと顔を見られながら問われていた。


「いいんだけど。どうしたの?」

「ちょっと話しておきたいことがあって」

「話したいことって?」

「重要なこと」

「まあ、俺も美来の家に行こうと思っていたところでさ」

「そ、そうなの? なんか、奇遇な感じ」

「そうだな」

「同じ考えなら、問題ないね」


 彼女はホッと胸を撫で下ろすが、滝の事が何かと気になっているらしく、その場所から歩き出してからも、滝はチラチラとした視線を横から感じていた。




 美来の家は、滝の自宅から徒歩で三分ほど離れたところにあり、近いような遠いような距離感である。


「入って」


 美来が扉を開けてくれた。

 滝は玄関に入り、靴を脱いで家に上がる。


「アレ? 他の人はいない感じ?」

「うん。今日は両親も不在なの」

「……そうか」


 なんか変な緊張感に襲われる。

 変に彼女の事を意識してしまっているからだろうか。


「私が料理を作るから、滝はソファにでも座って待ってて」

「わかった。でも、手伝わなくてもいいのか?」

「それは大丈夫。私が作るから。一人でやらせてほしいし。それと、一人で作る予定だったから、好きにやりたいの」


 美来からキッパリと断られてしまった。


「そんなに言うなら、何も口出ししないけど」

「ありがと。それと、待ってるまでの間、何か飲みたいものってある?」

「なんでもいいよ。お茶でもいいし」

「じゃあ、後で持っていくから」

「いや、それくらいは俺がやるよ」

「いいから、滝はリビングに行っておいて」


 美来から背を押され、リビングへと誘導されることになった。




 滝がソファに座って待っている際、キッチンの方から包丁で材料を切っている音が聞こえていた。


 何を作ってくれているのだろうか。


 気になるものの、絶対にキッチンの方には絶対に来ないでと念を押されていた。


 やっと、普通に会話できるようになったのに、変に関係性を拗らせてもよくないと思う。


 滝は静かに、コップのお茶を飲んで過ごす事にした。


 それから四〇分ほど時間が経過した頃合い、キッチンの方から足音が聞こえる。


 音がする方を見やると、そこにはエプロン姿の美来が、トレーに夕食を乗せ、持ってきてくれたのだ。


 そのトレーには、ご飯とわかめのスープ。ハンバーグと、その近くにはポテトサラダが添えられてあった。


「はい、どうぞ。食べてみて」

「す、凄いな。ちゃんと手作りなんだな」

「そうだよ。この頃、料理の弁当もしていたんだからね」

「へえ、そうなんだ」

「自信作だから、早く温かいうちに食べて」

「じゃあ……」


 滝は箸を手にして、いただきますと一言添え、食べ始めることにした。


「どうかな?」


 美来は滝の右隣に座っており、緊張した面持ちで味の良し悪しを質問してくる。


「普通に美味しいと思うよ」

「口に合うって事?」

「そうだね。ここまで上達していたなんてね」

「私だって、努力はするから。昔とは全然違うよ」


 美来は照れ臭そうに言う。


「元々、滝のために努力しようと思って。だから必死に頑張っていたの」

「俺のために?」

「だって、料理も出来なかったら、よくないでしょ?」

「まあ、そうかもな」

「それとね、滝に話したいことがあるって言ったじゃない。その件なんだけど」


 彼女は軽く深呼吸をした後――


「あの子とは本当に付き合っていない? 違うなら、違うって言ってほしくて。私ね、この頃、そればかりが気になってたの」


 美来の言葉を聞いて、そういう事だったのかと知った。


「今は付き合っていないけど」

「今って事は」


 彼女は急に激しく動揺したのち、滝の顔をまじまじと見つめてきていた。


「それに関しては、俺も美来に話したいことがあって」

「え?」

「美来が俺のことどう思っているのかなって。俺も気になってたんだ。美来次第ではあるんだけど、美来が良ければ、俺は美来と付き合おうと考えていたところで。それで、今日悩んでいたんだ」

「そ、そうなの⁉」


 美来はパッと顔を紅潮させていた。


「美来はどうかな? 俺、美来がどう思っているか知りたくて」

「わ、私もね……滝とは付き合いたかったから」

「じゃあ、意外と両想いだったって事?」

「そ、そうなるかもね」


 滝も今知った。

 最初っから勇気を持って話しかけていれば問題はなかったようだ。


「じゃあ、俺の早とちりだったか」

「滝はどう思っていたの?」

「俺は、急に冷たくされたから嫌われていると思ってて」

「そ、そんなことないじゃない。私は滝に対する想いは昔から変わってないから。むしろ、滝が文化祭の時から、あの子と一緒いたし、結構仲良さそうだったから、そういう関係になったとばかり」

「美来も勘違いしてたってことか」


 互いに些細な心のすれ違いをしていただけだった。


「俺さ、心に決心がついたよ」


 滝は心がスーッとした。

 大きな悩みから解放された感じがする。


「どういうこと?」

「美来と付き合う事に決心がついたってこと」


 滝は迷いのない表情で、言葉を切り返す。


「じゃあ、これから正式によろしくって事でいいの?」

「そういう事だな」


 滝の言葉に、美来はリラックスするかのように肩の荷を落とし、幸せそうな笑顔を見せてくれる。


 これからも美来との思い出を作って行こうと思った。

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隣の席の子と仲良くなった時から、俺の幼馴染の様子がおかしい 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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