隣の席の子と仲良くなった時から、俺の幼馴染の様子がおかしい

譲羽唯月

第1話 私と付き合ってほしいんだけど?

 山田滝やまだ/たきには、昔ながらの幼馴染がいる。

 黒髪のロングヘアが似合う美少女であり、そこまで感情を露わにするタイプでもなく、静か目な感じだ。


 だが、今年の六月に行われた文化祭の時から、幼馴染の橋本美来はしもと/みくの様子がおかしいのだ。

 以前よりも冷たくなったというか、そっけない態度を見かけることが多くなった気がする。


 体感的な問題ではなく、現実的に考えてもおかしいと思う。

 その原因となる理由は不明であり、首を傾げてしまう日々を滝は過ごしていたのだ。


 滝は、幼馴染に対し、以前から好意を抱いていた。

 だから、今年の文化祭の時に告白しようとしていたのだが、クラスごとの準備が重なり、その期間中だけ関わることも劇的に減ってしまっていたのだ。


 幼馴染とはこの前、たまたま一緒に下校する機会があった。悩んでいる事はないかという話を振ったのだが、別に何もないと返答された。


 高校二年生になってからはクラスも違い、学校内ではすぐに関われるような距離感ではなくなり。今では通学する時や下校時に出会う程度。

 家同士は違いが、昔ほど頻繁に会話するほどではないが、ちょっとばかし心に距離を感じていた。






 俺、何か変な事したっけ。


 そんなことが脳裏をよぎる。


 深く考え込むものの、まったくと言っていいほどに何の心当たりもなかった。


 滝はモヤモヤとした感情を抱きながらも教室に入り、自身の席に座る。


 椅子に腰を下ろしてからも、その疑問はなかなか拭えずにいた。


 どうにかして、心の距離を縮めればいいんだけど。


 何かいい策はないのか、滝は席に座ったまま、近くの窓から外の景色を眺めていた。




「おはよう!」


 刹那、明るい声で話しかけられる。

 パッと意識を右の方へ向けると、そこには隣の席の子――結城千穂ゆうき/ちほが、いつも通りの明るさで近づいてきていたのだ。


 肩くらいまでのショートヘアに、笑顔が魅力的な美少女。

 気さくな性格であり、友人も比較的多かったのだが、今年になってから彼女と関わる機会が増えた気がする。


 同じクラスになり、席も隣になり、文化祭でも準備の際、一緒に関わることもあったのだ。


 そんな彼女は通学用のバッグを机の端にさげると席に座る。


「お、おはよう……」


 滝は彼女の様子を伺って返答する。


「なんか、今日は暗いね。悩み事?」

「そういうのじゃないけど」


 本当は嘘だ。

 普通に悩んでいることがある。

 でも、相談するというのも何か違うような気がしていた。


 だから、彼女に対しては幼馴染の件について話す事はしなかった。

 いわゆる黙秘をしたのだ。


「悩み事なら話した方がいいと思うけどな」

「そんな大したことじゃないから」

「そう? なら、いいんだけどね。ちょっと悲しそうな顔をしてたからさ。物凄い悩みなのかなって」

「俺、そんな顔をしていたのか?」

「うん。普通にしていたよ」


 そうか。

 顔に出ていたのか。


 もう少しポーカーフェイスを意識して過ごした方がいいかもしれない。


「でも、問題ないならいいんだけど」


 と、千穂は満面の笑顔を見せてくれたのだ。

 彼女の笑顔は愛らしさの中に、可愛らしさがあるような自然体な表情だった。


「あのね。私ね、ちょっと行きたいところがあるの」

「どんなところ?」

「街中にある、新しくできたお店なんだけど」


 千穂は一呼吸を置いて。


「だからね、滝もどうかなって。今日は暇?」

「え、うん。そこまで大した用事もないけど」

「じゃあ、私と一緒に遊んでくれない?」

「俺でいいの?」

「別に問題はないよ。私、滝がいいから誘ったつもりなんだけど」


 滝は少し悩んだ。


 今日は幼馴染と一緒に帰宅しようというスケジュールを立てていた。

 そろそろ、幼馴染とは寄りを戻したいと思っていたからだ。


 どちらが全ての原因かはわからないが、そこだけでもハッキリとさせておきたかった。


 でも、今、千穂に誘われているのに断るというのも何か違う気がする。


 幼馴染とは家も近く、そこまで急ぐ用事でもない。


「じゃあ……その店屋に行くよ」

「本当? ありがとね」


 千穂の笑顔は眩しかった。


 幼馴染のように大人しいわけでもなく、クールな感じでもない。

 彼女には爽やかなところが、より一層好感を持てる感じだった。






 その放課後。


「滝、一緒に帰ろ」

「ちょっと待って」


 滝は焦りながら、黒板に書かれている文章をノートに書き写していた。


「あ、あともう少し」


 滝は素早い動きで、書き残しなく終わらせることに成功した。


 その後でノートや教科書。それから、今日の課題を通学用のリュックに詰め込んで、それを背負う。


「準備は終わったよ」

「じゃ、さっそく行こ! 今日はそのお店の割引券があるの。これでちょっとだけは安く利用できると思うからさ」

「そういうのあるんだね」

「うん。そうなんだよね。この前ね、アプリサイトで抽選イベントがあって、それで当たったの」


 千穂は割引券が表示されているスマホの画面を見せてくれた。


「これでバッチリだよ」


 滝は千穂から腕を掴まれ、早急に教室を後にすることになった。


 校舎の昇降口に到着した頃合い。

 その場所で、チラッと別クラスの幼馴染の美来と視線が合う。


 けれど、幼馴染の方から特に話しかけてくることはなかった。


 それどころか、滝の事を気にしないように咄嗟に視線を逸らし、外履きに履き替え、さっさと昇降口から立ち去って行ってしまったのだ。


 今が丁度チャンスだったかもしれないのに、このタイミングを逃してしまったことに、滝は後悔を感じていた。


「何かあった感じ?」

「な、なんでもない」

「じゃ、あともう少しでバスが出ちゃうし、急がなきゃ」


 強引に彼女から腕を引っ張られ、学校近くのバス停に向かうことになったのだ。






「ここのお店なんだけどね」


 バス停から降りて、街中を数分ほど歩いたところあるお店。


 そこはスイーツ専門店である。

 新しいお店であり、少々で混んでいる印象だ。


 少し待たないといけないらしく、皆と同様に二人は現在の最後尾に並ぶことになった。


「割引券をお持ちの方は待たずに入店できます。割引券をお持ちの方はおられますか?」


 スイーツ店の女性店員が、店屋の外までやってきて案内をしていた。


「私、持ってます!」


 千穂はさっそく、スマホのアプリ画面を見せる。


「はい。それで大丈夫ですので、こちらからご入店お願いします」


 店員から親切に促される。


 他の客はずるいとか羨ましいとか、そんな発言を小声で言う人もいたが、その横を通り過ぎるように二人は店内に入る。


 入店直後。店員に案内され、二人は席に座った。


「ご注文がお決まりになりましたら、お声かけお願いします」


 メニュー表を見せた後、店員はそこから立ち去って行った。


「ね、何にする? 私は、このパフェが好きなんだけど」


 千穂はメニュー表を見ながら、好きなスイーツを指さしながら話し始めていた。

 どれもこれも美味しそうに見える。


 周りの席に座っているお客らが購入しているスイーツも彩りよく魅力的に、滝の瞳には映っていたのだ。




 大体の注文を終え、後はスイーツが届けられるまで待つだけだった。


「あのね、滝には話したいことがあって」

「どんな事?」

「あの子とは、今どういう関係?」

「美来と?」

「うん。それが気になってて」

「今は何もないけど」

「今は? じゃあ、私と付き合ってほしいんだけど」

「結城さんと?」

「うん。だから、二人っきりになれる場所に誘ったんだけどね。滝が、あの子と付き合っていないなら、私とこれから付き合ってほしいなって」


 幼馴染の美来とは彼氏彼女の関係ではない。

 昔からの仲ではあるが、現状、心に距離がある状態であり、そこまで親しい状況でもなかった。


「でも、すぐには答えられないかも」

「どうして?」

「まだ、少し」


 多少は美来に対して、心の残りがある。

 今年の文化祭の時、幼馴染に告白しようとしていた。

 でも、そのチャンスを逃してしまったのだ。


 そんな状況で、千穂と付き合うというのもできなかった。


「もしかして、本当はあの子と付き合っているとか?」

「そうじゃないけど……返答はあとにしてほしいんだ」

「いつ頃なら良さそう?」

「……明日かな。明日になら答えられると思うから。それまで待ってほしい」

「別にいいけど。わかった。滝の心に迷いがなくなってからの方がいいし。じゃあ、明日の返答を楽しみにしてるね♡」


 千穂から笑顔を向けられ、滝は応じるように軽く笑みを返した。

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